第123話 離脱

  龍麻は気づけば足を動かし、村の奥へと走り始めていた。

「嘘だッ…。こんなの…!」

  俄かには信じられない。ここが自分の故郷だなどと。確かに見覚えのある大木はある。「それらしき」面影を残す建物の「残骸」も。
  こんなのは知らないと言えば、嘘になる。
  それでも。

「父さん! 焚実…!!」

  走っているせいだけではない胸の鼓動。嫌な予感を抱きながら龍麻は一心不乱に自宅や親友の焚実の家がある場所へと向かった。
  しかし。

「う…!?」
「龍麻さん、来てはいけません!」
「御門…!」

  凄まじい「熱さ」と耳をつんざくような「轟音」。
  それらを切り裂くように割って入ってきたかのような御門の声。
  龍麻は咄嗟に動きを止めた。
  目の前には御門の背中が見える。
  そしてさらにその背後には。

「な…」

  今まさに燃え盛っている火の手の向こうには、恐らく自分の家だったモノが崩れ落ちていた。
  けれどそのことに驚愕する暇もない。
  龍麻たちの目前には巨大な、見たこともない獣―禿鷹のような顔面に蛇のような鱗、そして羽の生えた奇獣―が、群れを成して次々と口から炎を吐き出していた。

  キメラ、キメラエイジ、スターキメラ、メタルキメラ、そして……キメーラが数十匹、現れた!!

「龍麻さん、お下がりなさい! 朱雀、貴女もです! 炎属性の貴女ではこのモンスターたちとは相性が悪い!」
「イヤ! マリィも龍麻パパを守る為にタタカウ!」

  見れば御門のすぐ傍にはすでに火の煤で頬を黒くしているマリィがいた。この状況に怯えても良さそうなものを、少女は毅然とした眼でモンスターの前に立ちはだかっている。
  けれど御門はそんなマリィを冷たくあしらった。

「いるだけ足手まといです! 芙蓉のようになりたくなくば、下がりなさい!」
「ふ、芙蓉さん…?」

  切羽詰まったような御門の声に龍麻がぎくりとして身体を強張らせた。
  そしてふと足元を見やる。
  そこにはちぎれ、黒焦げになったヒト型の紙片が落ちていた…。

「芙蓉さんは…御門…」
「説明している暇はない! ひとまず撤退なさい!」
「て、撤退!?」
「このモノたちは私が引き止めましょう、ですが、さすがにこれだけの数を倒すのは容易ではない…! マヒャド…!!」

  御門はヒャド系の呪文を唱えた!!
  キメラグループにそれぞれダメージを与えた!!
  しかしボス級キメーラには軽度のダメージでしかないようだ!!
  御門は舌打ちし、それから未だ固まって動けない龍麻を叱咤しようとして――、ふと、別方向からやってきた影に気づいてそちらへはっきりとした怒りを向けた。

「遅い!!」
「扉は死守した。一時的な結界だが、ともかく彼らが通過したら閉じてくれ」

  御門の文句を無視して如月が素早く答えた。
  それにより御門もキメラたちの攻撃を交わしつつ、厳しくもやや冷静な顔つきに戻る。

「貴方は行かせませんよ。ここはここで大変なんです」
「分かっている。朱雀!」
「ハ…ハイッ!」
「龍麻と行け。左斜めの地下通路だ。秋月と連絡の取れる店を探して、そこから誰でもいいから救援を頼め」
「エ、翡翠ノオ兄チャン達ハ…!?」
「後から行く。――龍麻」
「………」
「龍麻!!」
「はっ!?」

  激しく両肩を揺さぶられて龍麻はハッと我に返った。すぐ目の前には如月の顔がある。

「翡翠…家が…」
「しっかりしろ。モンスターがここだけじゃない、この村全体を囲んでいる。狙われているのは君だ」
「父さんは…? た、焚実や、村の人が…」
「ここにはいない」
「な、んで…俺、探さないと、だって…焚実――」
「龍麻! 気をしっかりと持て! ……きっと逃げたんだ。そう思って、今は君もこの場を去れ」
「そ…嫌だッ! そんなの、冗談じゃ――」
「龍麻!」

  さらにきつく名を呼ばれて龍麻はびくりと身体を揺らした。背後ではすでに如月が行けと行った出口付近に新たなモンスターが現れており、マリィが一人で戦っている。
  それをちらりとだけ眺め、如月は再度龍麻の肩をぎゅっと掴むと強い口調で言った。

「龍麻、いいか。君は間違いなく、この世界を救う人間だ。だが、まだ力が足りない。だからここを守ることも、僕ら全員で脱出することも叶わないんだ」
「嫌だ、俺は…」
「だが、そんな君が今の僕らの…僕の、希望なんだ。君は道標だ。だから行け。……後から必ず後を追う」
「そんな、だって、こんなに…」

  モンスターが。
  声を発しようとした龍麻は、しかし如月に強く身体を押され、その場にもんどり打って倒れた。

「翡翠!?」

  そしてその直後、龍麻らがいた場所はキメーラの放つ煉獄の炎によって燃え上がった。
  視界が遮断され、如月の姿も御門の姿も見えなくなる。

「翡翠! 御門!」
「龍麻パパ、コッチへキテ!!」

  マリィが、慌ててそちらへ向かおうとする龍麻の両腕をぐいと掴んで自分の方へ引き寄せた。

「マリィ!」
「ダメ! 龍麻パパを守るコトがマリィノ使命!」
「2人を置いていけない!」
「ダメ! 言うコト聞いてクレナキャ、マリィ…キャア!」
「…ッ!!」

  マリィの背後から新たなモンスターの攻撃!!
  龍麻は咄嗟にマリィを庇った!
  56のダメージ!!

「龍麻パパ!」
「く…そ…ッ!」

  龍麻の攻撃!
  会心の一撃!!
  モンスターに250のダメージを与えた!!

≪ギシャアアアアア!!!≫

  モンスターを倒した!
  しかしその一群は他に5〜6体はいる!
  見るとマリィも既にあちこちに攻撃をされており、ダメージが深い。

「く…!」

  龍麻はモンスターの群れから逃げ出した!!
  そしてマリィをおぶると、そのまま如月が言っていた地下通路へ飛び込む!!
  中は暗いが、仄かな明かりがついている。恐らく如月がつけたものだ。

「龍麻パパ、アレ! アノ旅の扉を使エッテ、翡翠ノオ兄チャンガ!」
「何でこんな所に…俺の村にもこの泉があったなんて…!」

  しかし驚く龍麻に躊躇している時間はない。
  背後からさらに襲い来るモンスターたち。
  龍麻は未だ地上で多数のモンスターらと戦っている御門や如月を想い、本当に一瞬だけ足を止めたが。

「………ッ!」

  龍麻はマリィと共に≪旅人の泉≫を使い、故郷だった土地から離脱した!!



  《現在の龍麻…Lv21/HP74/MP100/GOLD118850》


【つづく。】
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