第125話 行くべき道 |
「娘はもう眠ったのか」 犬神が龍麻を休ませていた部屋へやってきたのは、夜も大分更けた頃。 それでも龍麻がマリィのいる部屋から出てきてすぐのことではあった。 「先生…寝ていなかったんですか」 「お前らがいつまでもごそごそと騒がしかったんでな」 「すみません」 「……冗談だ。娘の手当てはしてやれたか?」 龍麻が殊勝に謝るので犬神も厭味を言う気を失くしたらしい。傍の椅子に座ると、テーブルの上、そのままになっている食事を見てため息をつく。 「お前が断食したところで、置いてきた仲間がどうなるわけでもないぞ」 「分かっています…。でも、食欲がなくて」 「娘の方は食べたのか」 「何とか。それでさっきようやく眠って。ありがとうございます、先生、いろいろ…救急箱も」 「お前の手当てでは心もとないが仕方がないな。今のあの娘にはお前しか触れられないのだから」 「はい…。あの、呪いって言っていましたけど、それって美里っていう仲間がマリィにかけた魔法なんです。美里はマリィを自分の娘にするって言ってて…それで、心配できっと凄い魔法をかけちゃったんだと。彼女って何だかいろいろ無茶苦茶なんだけど、本当に強いから」 「そのようだな。俺もいろいろな呪いを見てきたが、ああいう類のものを見るのは初めてだ」 「………」 「そんなに強い仲間がいるなら、どうして同伴させない?」 「今、どこにいるのか知らないんです。ただ、マリィだけは朱雀だからって俺の元へ寄越してくれて」 「そうか。……だが、あの娘をこの先連れて行くのはやめた方がいいな。どこかの街か村かで別れた方がいい」 「え?」 犬神の言葉に龍麻は驚いて顔を上げた。 犬神の方は相変わらずとても静かな顔をしている。 「怪我をしたから言っているのじゃない。確かに、あの娘には四神の朱雀たる潜在能力を強く感じる。このまま戦いを重ね、経験を積ませていけば、あの娘はお前にとって大いなる力になるだろう。だが、まだ幼い。時代の巡り合わせとはいえ、あんなに小さい娘が朱雀では、本来の四神たる力を発揮するのはとても無理だろう」 「………」 「どうした? たった一人の仲間と離れるのは不安か?」 「いえ、そういうわけじゃ。マリィはきっと嫌がるだろうけど、俺もその方がいいかもしれないって思います。でも、意外です、先生がそんなアドバイスをしてくれるなんて」 「アドバイス?」 「だって後は自分たちで考えろって言ったじゃないですか。もう関わり合いになりたくないって」 「……ふん」 「先生って結局おひとよしなんですね」 「調子に乗るな。……親父に似てきているぞ、そういうところは」 「先生って、うちの父さんとはどういう関係なんですか?」 「別に。ただの腐れ縁だ」 ふいと横を向いて煙管を手にし始めた犬神を、龍麻は不思議な想いで見つめた。 龍麻は犬神の記憶を多く持たない。とてもお世話になったという想いはあるのに、この目の前の「先生」との思い出を紐解こうとすると、何故かぼんやりと記憶が曖昧になってうまくイメージを浮き立たせることが出来ないのだ。 「先生。父さんは、無事ですよね?」 「………」 「焚実も。村の皆も。皆は、先生のこの家と繋がっているあの扉を渡ってきてはいないんですか」 「誰も来ていない。元々、あの回廊を知っていたのは外れ村でも鳴瀧以下、僅かな人数だけだろう。もしも大量のモンスターが襲ってきた場合は、尚更あそこを使おうとは思わなかったろうな」 「どうして?」 「あの扉はいずれ時が来た時にお前が使う為に用意された、お前の為の回廊だ。俺は塞げと言ってはいたが……あいつにとって重要なのは腐れ縁との約束よりも、次代の勇者を新しい旅路へ誘うことだろうから」 「次代の勇者……」 「お前のことだよ、龍麻」 「……よく分からないです。いえ、自覚がないとかそういう話じゃないです。でも、父さんはある日突然俺が勇者だなんて言って、いきなり家を追い出して。何の説明もしてくれなかったんです」 「まったく、あいつらしいな」 「それで、ようやく俺も改めて父さんにいろいろ訊こうと思っていたのに。なのに、いきなり村があんなことになっていて…父さんも焚実も消えていて…こんなのって……」 「だが、お前は皆が生きていると信じているんだろう」 「……っ。それは、勿論…!」 「ならばそう信じ続けるがいいさ。ヒトの想いってのは、強ければ強いほどその力を発揮する。ヒトにはそういう不思議な力がある」 「………はい」 「それで? 明日からどうする?」 「先生、マリィを頼むことは出来ますか」 「ん…」 「マリィを、出来れば安全にルイダンと連絡の取れる街か村まで連れて行って欲しいんです。マリィは絶対俺から離れないと言うと思うけど…でも、この先は俺一人で行きます」 「村へ戻る方法を探るのか」 「そうしたいけど……。先生の話を聞く限りじゃ、そう簡単に戻れるわけじゃないみたいだし、俺、父さんや焚実が生きているって信じているのと同様、翡翠と御門も絶対大丈夫だって思っています。だから…ここへ来た俺が、今しなければならないことをしようって…そうしなきゃいけないって」 「……そう、感じたのだな?」 「え?」 「お前はそういう風に感じたのだな?」 「は、はい……」 犬神の念を押すような問いに、龍麻は戸惑いながらもしっかりと頷いた。 すると犬神は手にしていた煙管を置き、「分かった」と応えた後、真っ直ぐな視線を寄越して言った。 「ならばお前に、次へ進む道を教えよう。あの村にあった旅人の扉は、元々勇者の自覚を持ったお前が現れた時にのみ使用されるべきもの。そしてその橋渡しをするよう、鳴瀧に頼まれていたのが俺だ。俺は断ったんだがな……来ちまったもんは仕方がない」 「次の……」 「ここから地上へ上がり、東の方角へ進め。直、遠目からもよく見える巨大な樹木の姿が現れる。その大樹をひたすら目指し、そこにある国を訪れるがいい」 「国?」 「サクラ王国だ」 「サクラ……あ、そこって……」 「その国の女王に会い、彼女の望みを叶えろ。そうすれば自ずと、お前はお前の行くべき次の道を指し示されることになる」 「行くべき道が」 「そうだ。行けるか」 「はい」 「ふっ……返事が早いな。覚悟は出来たか?」 犬神の初めて見せたような柔らかな笑顔に、龍麻は少しだけ気持ちが緩んで自分も肩の力を抜いた。 それから改めてそっと訊ねてみる。 「先生はどうして…勇者……俺とは、もう関わり合いになりたくないって思ったんですか」 「………」 「い、言いたくなければ……いいんですけど」 「……お前のせいじゃない」 犬神はふっと嘆息した後、暗い表情を見せた龍麻を慰めるようにぐしゃりとその黒髪を掻き混ぜて撫でた。 そして以前にもよく見たような――酷く懐かしい面差しで呟くように言葉を出した。 「俺はもう随分と長く生きているから……お前とそっくりな男のこともよく知っている。……だから、同じ別れになるのなら、はじめから関わり合いになりたくないというだけだ」 犬神のその台詞に、龍麻は何も応えられなかった。 《現在の龍麻…Lv21/HP130/MP100/GOLD118550》 |
【つづく。】 |
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