第126話 サクラ王国へ

  翌朝。
  龍麻が独りで旅立つことを強硬に反対すると思ったマリィは、ぐっと唇を噛んだものの、すぐに「ワカッタ」と頷いた。
  龍麻がそれに驚いてすぐに言葉を返せずにいると、マリィは「アノネ、夢ヲ見タノ」と小さく言った。

「夢?」
「ウン…。翡翠ノオ兄チャント、醍醐ノオ兄チャン、ソレニ、アランチャンモ」
「四神の皆が?」
「ウン。アノネ。マリィ達ハ、龍麻パパヲ守ル為ニ生マレテキタノ。デモ、イツデモ龍麻パパノ傍ニイル事ダケガ、守ル事トハ違ウッテ…。龍麻パパガキチント決メタ事ナラ従ウノモ……マリィ達ノ星ダッテ」
「星…」
「その夢はあながちただの夢じゃないかもしれんな」

  黙って龍麻たちの横に立っていた犬神がふと口を挟んだ。

「四神はいつでも思念を通じて互いの存在を確かめ合い、互いの使命を損なう事がないように支え合う、いわば一蓮托生の存在だ。お前の夢に玄武たちがそうして現れたということは、現況を感じ取ってお前にメッセージを送ってきたのかもしれない。お前はお前の成すべき事をしろと」
「マリィノ成スベキコト?」
「そうだ」
「マリィノ使命ハ龍麻パパヲ守ル事ダケド…」
「マリィ」

  逡巡するようなマリィに、それで龍麻はすっと屈んでその小さな手を取った。

「それじゃ、俺が不安にならなくて済むように、安心して先に進めるように――、先に秋月に行ってくれる? マリィの夢に翡翠たちが出てきたんなら、きっとあいつらも無事だと思うけど…。俺の村の事も心配だから。マリィに、行って欲しいんだ。危険かもしれないけど…皆を呼んで、もう一度あそこへ戻って欲しい」
「……ウン」
「それから……もしも、俺を独りにしたって言ってマリィを怒る奴がいたとしたら、後でちゃんと教えてな? 俺がそうしろって言ったんだから、マリィを怒る奴は俺が許さないって、俺がそいつを怒ってやるから」
「マリィハ大丈夫。アノネ、龍麻パパ…デモネ…龍麻パパハ、本当ニ、大丈夫、ダヨネ?」
「勿論。俺は、絶対」

  正直、先の分からない土地をたった独りで行くことに不安がないと言えば嘘になった。
  しかしそんな素振りは欠片も見せてはいけない。例え犬神がついていてくれるとは言え、マリィはマリィで、きっと自分と離れたら大変なのだ。あの仲間たちが小さなマリィを責めることはないと思うが、それでも彼女自身が、龍麻と離れることを選択したことによって後悔の念に苛まれるかもしれない。
  そうならない為にも、龍麻は自分がしっかりしなければと意を決していた。

「まぁそう力むな」

  するとその心内を読んだように、ふと犬神が声を掛けた。

「昨日はお前の覚悟を見たくて、俺も脅すような言い方になったかもしれんが…。この娘のことは、お前らの拠点である国へ連れて行くまでは俺が引き受けるし、お前はお前で…まぁ、大丈夫だろうよ」
「え?」

  犬神のいやに楽観的な言葉に、龍麻は思わずきょとんとして首をかしげた。
  すると犬神は「ともかく、行くぞ」と顎先を動かし、先に地上の道へと先導し始めた。
  それで龍麻たちもその後を素直についていく。ややくねくねと折り曲がった地下通路を上へ上へと上がって行き、やがて地上の風を感じた時、先を歩いていた犬神が木戸を開いてその世界を見せた。

「うわ…」
「サムーイ!」

  当たり一面は、だだっ広い荒野。遠くにぽつぽつと枯れ木の姿が見えるくらいで、周囲360度、生き物も建物の姿も見えはしない。
  どこまでも広がる空は今にも降り出しそうな灰色をしていて、肌に刺さる風は冷たかった。マリィがぶるると身震いすると、龍麻もつられてくしゅんと1つくしゃみをした。

「暫く行けばもう少し緑も見えてくるし、家畜の放牧場なんかもあるだろう。だが、それを狙ったモンスターも多く出没する。方向を誤るなよ」
「はい…。でも、途中で戦闘とかしていたらどっちの方角を歩いているか分からなくなりそう…」
「…ったく、頼りないことを。大方、これまでは仲間たちの誘導に任せて自主的に進んでこなかったのだろう」
「う…そ、そうです」

  反論の余地がなく龍麻が項垂れると、犬神はあからさまなため息をついた後、懐からおもむろに一枚の紙片を取りだした。
  それはヒト型をした白い紙だった。

「それは…?」

  見覚えがあると思いながら龍麻がそれに目を向けると、犬神は何やらぶつぶつと呪文のようなものを唱えた後、その紙をひゅっと軽く片手で飛ばした。

「わっ!?」

  するとその紙は龍麻の上でひらひらと舞った後、やがてやや前方を指し示すようにぴたりと東の方を向き、動きを止めた。

「式に案内させてやる。こいつが進む方へ進んで行け。昨日教えた大樹までこいつが連れて行ってくれる」
「式?」
「お前には高位の魔法使いの仲間もいたと思うが。見たことはなかったか」
「あ、あると…思います。あの…」
「何だ?」
「その…例えば、この式…さん、は、ヒトの姿になることも出来ますか?」
「俺の力ではそこまでのことは出来んが、よほど熟練した魔法使いならばそれも可能だろう」
「………もし、この紙が燃えてしまったら、この式さんは死んじゃうんですか?」
「は…? ……何故そんなことを訊くのかは知らんが、この紙が燃えてなくなったとしても、その“式”が消えることはないだろう。式は主である術者の魔力を吹き込んだもの。術者が無事ならば、式も無事だ。そういう意味では、式は何度滅ぼうが、何度でも蘇る」
「……良かった」
「ん?」
「……いえ。何でもないです。先生、いろいろありがとうございました」

  龍麻は敢えて考えないようにしていた一つの懸念を払拭できたことで晴れ晴れとし、犬神に微笑んだ。
  そうしてマリィの頭を一つ撫で、必ず自分も皆の元へ戻ることを約束すると、遂に独りで旅立った。

  龍麻の向かう先はサクラ王国。
  勇者の仲間として戦った者の末裔が治めている国である。

  以下次号…!!



  《現在の龍麻…Lv21/HP130/MP100/GOLD118550》


【つづく。】
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