第128話 待たせたな

  マガミノ街は確かに活気があって賑やかだ。女性は皆オシャレに着飾っていて綺麗だし、男性はそんな女性たちにとても優しくジェントルマン。通りに並ぶ店には色とりどりの花屋や衣服屋、果物やお菓子などの食べ物屋もたくさんあり、見ているだけで楽しくなれる。

「う……」

  しかし龍麻は街に入ってものの5分もしないうちに不幸のどん底に陥った。

「ない! お金が1ゴールドもない〜〜!!!」

  龍麻は入国して早々、ひったくりの被害に遭ってしまったのだった!!!
  龍麻の所持金は0になった!!!!!





「うぅ…お腹減ったなぁ……」

  落ち込みながらとぼとぼと当てもなく歩いていたら、いつの間にか街の外れにまで来てしまった。
  ここまで来るとあれほど人でざわついていた喧噪もほとんどない。ぽつぽつと人家や武器屋などが軒を連ねる以外は、牧草地が点在、そのさらに視界の向こうには大きな城が見える。

「あれがサクラ王国のお城かぁ…。お金ないって言ったら、ちょっと貸してもらえるかなぁ」

  しかしいきなり「俺は勇者です!お金貸して下さい!」などと言っても怪しさ全開である。
  かと言って、再度あの荒野へ戻って戦闘し小銭を稼ぐにしては、もう日が暮れかかっている。如何にレベルアップした龍麻と言えど、見知らぬ土地の夜の時間帯がどれほど危険かはそれなりに分かっているつもりだった。

「今日はそこらへんで野宿かな…。それにしてもお腹減った…」

  何かないかと龍麻は手荷物の中を漁ろうとした……が!

「え、ええええ!? ないっ!? 荷物もない!!」

  何と龍麻は美里から貰った四次元ポケット(?)のカバンまでなくしてしまっていた!しかも今の今までなかった事にも気づかないとは……いかにボンヤリ天然ひーちゃんが売りと言えども、あまりに痛いミスと言えた。

「そんな…文無しな上に荷物もゼロなんて。飢えを凌ぐ為に薬草を噛むことすら出来ないのか」←憐れ

  そんなひもじい龍麻の鼻先を、ふと美味しそうな匂いが掠める。
  思わずそちらへ目をやると、いつからそこにあったのだろうか、移動式の屋台がドンと鎮座しており、のぼりに「ラーメン」という文字が見えた。

「ラーメン屋さんかぁ…。いいなぁ…それに……」

  京一がいたらさぞかし喜んだだろうな、と。龍麻はふと思って何気なく夕暮れ時の空を見上げた。
  マガミノ街はラーメンが名物なのだろうか、あの屋台だけでなく、街中にもたくさんのラーメン屋が並んでいた。秋月で京一とラーメンを食べたことなどが思い出され、龍麻は急に心細くなった。仲間がいないと何も出来ない、そういう自分が嫌だから、何とか1人でも頑張ろうと決めたはずなのに、もう皆が恋しくなっている。
  独りでいることはこんなにも寂しい。

「……京一」

  龍麻は思わずといった風に、1番最初に仲間になってくれた頼もしい友だちの名前を口にした。

「おい」

  その時だった。膝を抱え俯く龍麻の頭に、ふっと黒い複数の影が覆いかぶさった。
  龍麻が驚き顔を上げると、そこには如何にも柄の悪そうな男たちが数人、真っ暗な黒い服に身を包み、龍麻を取り囲むようにして見下ろしていた。

「な、何ですか……」
「テメエ、旅人だろう。誰の許可を取って、俺らのシマを歩いてやがる?」
「え…? しま??」
「とぼけるんじゃねェッ! ヨソモンがこの街を歩く時はなぁ! 事前にこのサクマ組にショバ代払ってから往来を歩くって相場が決まってンだッ! オラ払え今すぐ払え!!」
「それとも、身体で払ってもらうかぁ!?」
「へ? しょばだい? 何言ってんですか、何か言われている意味が……」

  龍麻はのんびりした外れ村の出身なので、ヤクザ用語など話されても意味が分からない!
  しかし追い立てられるように脅されているのは感じているので、引き気味にはなる。しかも、彼らの1人が口にした、その組とやらの名前が何か心に引っかかった。

「あ、あれ…? 何か凄く懐かしい名前を聞いたような気もするんだけど…?」
「何をぶつぶつ言っていやがる! 払うのか払わねェのか!? どっちだ!!」
「は、払うって、お金のことですか? だって俺、お金は今1ゴールドも持ってないし…。さっき全部盗まれちゃって」
「はあん? ハハハ、全く見え透いた嘘をつきやがるぜ。んな言い訳で誤魔化されると思ってんのか?」
「ほ、本当ですよ! それに、もしお金があったとして、何で貴方がたにそんな、何代!? 払わなくちゃならないんですか!?」
「ああん!? テメエ…ガキだと思って優しくしてりゃあ、随分な口をきくじゃねえか!」
「こりゃあ、仕置きしてやんねえといけねえなあ!!」

  可愛い顔をした龍麻が勇ましく反抗的な態度を取った為、男たちが一斉にいきり立つ。すでにぐるりと周りを囲み、中には棍棒や鎖鎌などの初期の武器を持って挑みかかろうとしている者もいる。

「も、もう…! 何でいきなり、こんな…!」

  今の龍麻なら、恐らくこんな悪者軍団は返り討ちにすることが出来るだろう。
  けれど龍麻はモンスター相手の戦いにはそこそこ慣れ始めてはいても、生身の人間を相手に喧嘩をした経験は皆無と言って良かった。否、唯一組手をよくした相手としては天童がいるが、彼はまた別格の存在である。戦い方も、その心構えとて、何もかも勝手が違う。
  普通(?)の人たちと、無駄な戦いなどしたくない。それに、やっぱり人を殴るのは怖い。

「うぅ……でも、逃げられないし」

  そんな龍麻の苦悩をよそに、悪者軍団はじりじりと間合いを詰めながら気色の悪い舌なめずりすらして見せる。

「へっへっへ、よく見りゃ可愛い面してんじゃねえか。こりゃ、あのコンテストにでも出せばいいカネになるかもな」
「そうだな…しかしその前に俺たちで味見すんのも悪かねえ…」
「カッ! そりゃいい考えだ。1番は俺だぞ」
「何言ってやがる俺だ!」
「何を、俺だ!」
「あ、あの……味見って、俺は、食べ物じゃないんですけど……(汗)」

  むしろお腹が減ってぐったりなのは自分の方なのに。
  龍麻が危機感なくそんなしょうもないことでぐすりと泣きべそをかきそうになっていると――。

「ハハッ…! ったく、しょうがねェなあ…!」

  どこからともなく。
  否、傍の大樹の上からだ。先刻まで龍麻が膝を抱えて座りこんでいた、まさにその背後にあった木の上方から、能天気な、それでいて不敵な凛とした声が響き渡った。

「え……?」

  龍麻が振り返り、ゆっくりとその木の上を仰ぎ見る。
  太い枝の上に腰を下ろし、悠々とこちらを見下ろすその人影はボー然とする龍麻にニッと白い歯を見せて笑った。

「今のひーちゃんなら、こんな奴ら瞬殺じゃねーの? 俺の助けは必要ないと思ってたけどな」
「きょ……」
「けど、まぁ。ひーちゃんの貞操の危機ってなりゃ、話は別だ。――その喧嘩、俺が代わりに買ってやるよ」
「何だテメエ!」
「いつの間にそこにいやがった!?」
「誰だテメエ!!」
「フン」

  突然の闖入者に男たちがどよめき、怒鳴り声を上げる。
  しかし、木の上の「剣士」は再び余裕の体で笑い飛ばすと、さっとその場から降り立ち、手持ちの剣を肩でぽんぽん揺らしながら、目を細めて男たちを見下ろした。
  大きい。
  背が伸びたんだと、龍麻にはすぐに分かった。

「俺は蓬莱寺京一。そこにいるひーちゃん…勇者・緋勇龍麻のツレだ」

  そしてその京一がゆっくりとそう言ったのを聞いた龍麻は――。

「京一!!」

  堪らず龍麻は大声を上げた。思わずと言った風にその友の名が口を出たのだ。

「ひーちゃん」

  すると京一は再び優しく笑んで得意気に言った。

「待たせたな! いくぜ、ひーちゃん!!」


  蓬莱寺京一が仲間に戻った!!!!!



  《現在の龍麻…Lv22/HP170/MP120/GOLD0》


【つづく。】
127へ129へ