第130話 彼女は87話ぶり

  リビングデッド・佐久間はレベルが上がっている…!!

「嘘だろこいつ…!」

  京一はたらりと冷や汗を垂らした。
  修行して格段に腕を上げたはずの京一が何度攻撃をしても佐久間は倒れない!
  否、倒れてはいるのだが、リビングデッドよろしく、何度でも何度でも立ち上がって来るのだ!
  そして立ち上がる度、佐久間の視線は可愛いひーちゃんの唇へロックオン!!

「ククククチビルーっ!!」
「ぎゃああ! 怖いよ怖いよ【泣】!!」
「ひーちゃん、そこから出てくんな! 俺がこいつを倒すまで隠れてろ!」
「だってこいつ凄い素早いんだよ! 何か動き自体変わってるよ!!」
「確かに…!」

  “ゾンビは腐っているのだから、足が速いなんて有り得ない。”
  有名なゾンビホラー映画の巨匠、ロメ○監督もそう主張している通り、本来ゾンビの動きが速いなんて許されることではない!
  でも速い佐久間!!

「クチビルクチビル…!」(サササササーッ)
「うわあああ!」
「ひーちゃん! クッ、この野郎、ゴキブリみてえな動きしやがって…!」

  京一の動きが遅いわけではない。現に先ほどから何度も攻撃自体は当たっている。
  しかし佐久間は致命傷を避ける迅速な動きを保ちながら、どれほどのダメージを負っても龍麻を狙うことをやめない。ある意味凄まじい執念である。

「大体…っ。こいつ、何でひーちゃんの唇ばっかり! 俺のことは見向きもしねえ! 別に狙われたくねーけど!」
「オマエジャ駄目ッハー!!」
「ハアアア!? テメ、いつの間に人語まで発せられるようになりやがった【怒】!?」

  佐久間の言葉に京一は眼を剥く。
  龍麻は木の陰に隠れながら「そういえば」と回顧するような顔を見せた。

「前にも、《クチビル》以外の言葉を喋ったことあったよ。今ほどはっきりした感じじゃなかったけど。それに…何か、寂しそうな顔したり…」
「まぁ元は人間なんだろうからな。この世への未練を口にする為の言葉を喋っても不思議じゃあねえが…! けど、さっさとくたばれ、この変態!」

  京一のさらなる攻撃がさく裂!!

「グハアアッ!!」

  佐久間は100のダメージを受けた!

「クチ…ビル……」

  龍麻に向けて縋るような仕草を一瞬したようにも見えたが。
  佐久間は白い蒸気を発しながらその場で消滅した。
  佐久間を倒した!!
  1経験値を獲得、1ゴールドを手に入れた!
  戦闘終了……。

「こいつ…。レベルは上がってるくせして、落とす金は相変わらずシケてるぜ…」
「京一、大丈夫か!?」

  ハアハアと息を乱す京一に龍麻が心配そうに駆け寄った。

「当たり前だろ!? ちょっと…焦っただけだ。あんまりしぶといからよ…」
「佐久間に引っかかれたりしてないか? ゾンビに傷を負わされると、その人間もゾンビになるらしいぞ」
「ひーちゃん、ゾンビ映画の見過ぎ…。どっちみち、俺は無傷だ。何でもねえよ」
「それなら良かった…」

  龍麻はほっと息を吐いた後、改めて辺りを見回した。
  たった今までの戦闘が嘘のようだ。騒ぎを聞きつけ誰かが来る様子もない。ひゅうと生温い風が2人の間を通り過ぎ、龍麻は寒いわけでもないのに自然ぶるりと身体を震わせた。

「ひーちゃんこそ、大丈夫か?」

  龍麻のその様子に京一が気づいてすかさず声をかける。と同時にぐっと肩を引き寄せてきたので、龍麻はそれに驚いて顔を上げた。

「うん、俺は大丈夫だよ。そんな心配しなくてもさ」
「いや…あいつは、他のモンスターとは危険度が違うからな…」
「危険度?」
「とにかく、ひーちゃんは俺から離れるな。この国…栄えた何の問題もない平和な土地かと思ったが、やっぱりどうにもおかしいぜ…」
「おかしいって…」
「まぁ佐久間はイレギュラーな存在かもしれねえが、門構えはしっかりしていたし、見張りの兵士だっていたのによ。こんなに簡単にモンスターが入りこめちまうし、その佐久間の名前を冠したヤクザが幅を利かせてる。おまけに、入国早々2人して金をスられて一文無しだ。禍が重なるにしちゃ、ちょっと妙だろ」
「確かに…」
「とにかく、こんな治安の悪ィ所でひーちゃんを野宿さすわけにはいかねえ。もっと安全に休める所を探さねえと…!」
「でも…お金ないんだよ? 宿を見つけても泊まれないよ」
「そりゃ…どっか、親切な奴の家に泊めてもらうとかよ」
「そんな無茶な」

「う〜ふ〜ふ〜」
「!? 誰だ!?」

  その時、途方に暮れる2人の背後から不気味な笑声が響き渡った。
  気配を全く感じず近寄られたことに京一が咄嗟に殺気立って振り返る。
  しかし。

「お、お前は…!」
「あ!」
「う〜ふ〜ふ〜。ひーちゃんと〜京一くん〜。お〜こま〜り〜で〜すか〜?」
「う…裏密さん!?」
「テメエは、秋月のおかしな占い師!!」
「いや〜ん、2人とも〜。ミサちゃんって呼んでって言ってるのにぃ〜」
「んな昔のことは忘れた! てか、何でいる! お前!」

  びしりばしりと指をさし、京一は突如として表れた「仲間」(?)の少女を糾弾した。
  そう、裏密ミサ。同じく物凄く久しぶりの登場で存在も忘れられそうではあるが、れっきとした龍麻の仲間。秋月王国で知り合った占い師ミサちゃんである。冒険当初は龍麻に仲間のカードなどをくれ、誰をパーティにするかなどの助言もしてくれていた心強い味方だ。

「でも…本当に、何でいるの? 京一だけじゃなく裏密さんまで…」
「うふ〜。それはね〜。ここが、ミサちゃんの、ホームタウンだから〜」
「え?」
「お前の? この国が?」
「この街がだよ〜。マガミはミサちゃんの愛する故郷〜。その故郷のピンチを察知したから、ミサちゃんちょっと里帰りしてきてたの〜。そしたらひーちゃん達もいた〜。うふ〜勇者は必ずやってくる〜。それも占いには出ていたけどね〜」
「ピンチ…って?」
「マガミとサクラを覆う呪い〜。この地もまた、大きな呪いに包まれている〜」
「呪いに!?」
「この色は〜サクラのピンク〜? それとも渦の黒〜? 見えない〜ミサちゃんにも、まだはっきりとは見えてこない〜」
「おい、お前の訳分かんねえ占いは後だ」

  人形を握りしめながらうんうんと苦悩し始めたミサちゃんなどお構いなしに、京一がずいと前へ出て偉そうに言った。

「まぁお前の力を借りるのは本意じゃねえが。ひーちゃんの為だ。今晩はお前んちに泊めろ。故郷なら家の1つや2つはあるんだろ? 知り合いの家でもいいぞ」
「きょ、京一…それって人に頼む言い方じゃないよ…」
「いいんだよ、どうせこいつはひーちゃんや俺をタダ働きさせようって腹なんだしよ」
「うふ〜。京一くん〜。何だか少したくましくなった〜?」
「まあな。ひーちゃんを守る為だ」
「よろしい〜」

  今度はミサちゃんが偉そうな態度でふんぞり返ると、にたりと大口を開けてゆっくりと頷いた。

「ついてきて〜。文無しの2人に一夜の宿とお食事を〜。ミサちゃんの秘密基地でおもてなし〜」
「えっ」
「秘密基地…嫌な予感だが、この際しょうがねえ」
「うふふ〜」

  2人の戸惑いをよそにミサちゃんの笑みはより一層深くなる。

  裏密ミサが仲間になった!!!



  《現在の龍麻…Lv22/HP160/MP120/GOLD1》


【つづく。】
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