第138話 モンスター・タカコ

  ここはサクラ王国という巨大国家の城内のはずなのに、目の前には大女の化け物がいる。
  龍麻は文字通り丸裸の状態でそんなモンスターと対峙する羽目に陥っていた!

「で、でも武器もないし。丸腰だし。ここは一時撤退だ…!」

  龍麻は逃げ出した!
  しかし、背後の扉は堅く閉ざされている!龍麻は退路を塞がれた!龍麻は逃げられない!

「何でだーっ」
「ひひひっ。逃げようったって無駄さぁ…。アンタはここで予備審査を受けるんだよ…」
「よ、予備審査っ!? 何の話だ、この化け物め!!」
「何て無礼な坊やだい…。まぁいい、その可愛さに免じて大目に見てやろう…。さぁ、もっとこちらへおいで。アタシの御眼鏡に適うか、直々に品定めしてあげるよ」
「だ、誰が近づくもんかっ。近づいた途端食べられちゃうじゃないか! あと掴んでいるその人たちを離せ!」
「ん〜? ああ、こいつらかい? 心配しなくともこいつらは失格だ。軽くひと舐めしたら帰してやるさ」
「ひ、ひと舐めするな! それと、失格って何だ!!」

  龍麻はじりじりと間合いを計りながら、何とか気絶しているかのような男性たちを助けられないかと思案した。しかしタカコと名乗るモンスター(彼女は自分をサクラ王国の王女などと言ったが、勿論龍麻は信じていない)は、片手に2人ずつ気を失った裸体男性を引っ掴んでおり、時折べろべろとその身体を舐めたりしている!下手に動くと彼らが食べられてしまうのではないかと、龍麻は迂闊に近寄れない!
  一方のモンスター・タカコは、そんな警戒感満載の龍麻を前に、余裕の笑みを絶やさなかった。

「失格って言うのは、そのまんまの意味さ。身の程知らずにも程があるね。こいつらは我が国自慢の美少年コンテストに出られるレベルじゃあない、凡人も凡人、まぁ良くて中の上ってとこだ。到底、コンテストの本戦にあげられる器量じゃないから、ここでアタシが可愛がってあげた後は追放だね。用無しだ」
「ならただ単に予選落ちって言えばいいだけじゃないか! 何でわざわざ食べるんだ! ていうか、お前が女王なんて嘘だろ! 本当の女王様はどうした、まさかお前が食べたのか!?」
「……フー。やれやれ、困った坊やだね。黙って聞いていれば、いい加減煩くなってきたよ」
「く、来るか…!?」

  ぽいぽいとゴミのように男たちを放り投げたタカコは、数メートルにも及ぶ巨体をゆったりと揺らしながら、一歩一歩と龍麻に近づいた。龍麻は丸裸の状態ながら、最早構っていられないと自らも戦闘の態勢を取る……が。

「う、うわあ!?」
「このテリトリーではどんな力の持ち主も無力化される。アタシの魔法が効いているからねぇ」
「は、離せ〜!」

  龍麻はいとも簡単にタカコに一掴みされて持ち上げられた!
  大女はこの広大な浴場の中でも天井に頭がつきそうな程である。そんなモンスターに掲げられたものだから、龍麻は一瞬で目を回しそうになった。何とかもがいて体勢を整え反撃しようとするも、なるほど確かに力が入らない。タカコの巨大な手のひらをぺちぺちと力なく叩くくらいしかできないのだ。また、先ほどからモクモクと煙る湯煙にやられたのか、龍麻は途端にぼーっとなり、くらくらとした眩暈も感じた。

「な、何なんだ…この…状態は…」
「ひひひっ…。ようやく魔法が効いてきたねぇ。意識がぼんやりしてきたろう、なあに悪いことではないさ、ちょっと身体が軽くなって力が抜けて眠くなるだけ…。その間にアタシが可愛がってあげようかねぇ…」

  龍麻の身体に鼻を近づけ、タカコはすんすんとその匂いを嗅いだ。そうして途端うっとりとした顔で目を細め、「いいねえ」とため息をつく。

「坊やは随分と生意気だけれど、その見た目のまんま、美味しそうないい匂いがするじゃないか。こりゃあ特上中の特上だよ。珍しい子が紛れこんだもんだ、今日び、これだけ魂の綺麗な人間が紛れこむとはね。ひと舐めだけじゃ我慢できそうにないよ。コンテストに出すのも勿体ない、アタシのペットとして傍に置いてやろうかねぇ…ひひっ」
「や、やめろぉ…」
「どうれ、ぺろりと……!?」

  しかしタカコが龍麻の顔をべろんと舐めようとした、その時!!
  龍麻の身体から眩い光が放たれた!!

「ム…ムオオォ…!」

  その光に当てられ、タカコは思わず顔を背けて唸り声を上げた。咄嗟に避けたものの、じりじりと焦げ臭い匂いがする。ふと視線を上げると、前髪が燃えている。龍麻から発せられた光に焼かれたのだと分かった。

「坊や……アンタ、一体…」
「は…な、せぇ…。舐めるなぁ…」

  最早意識モーロ―の龍麻は、タカコに問われたことに答えられない。
  タカコはそんな龍麻をまじまじと見やった後、もう一度龍麻の裸体を改めて撫でようとして―…再び、謎の光から攻撃を受けた。

「チィッ……」

  今度はその指先を焼かれる。タカコは確信した。

「坊や…アンタ、呪いに罹っているねぇ……しかも相当厄介な…。それにアタシはこれを知っているぞ……この…この呪いを掛けたのは菩薩……うぐうぅっ……!」

  突然タカコは苦しみ出し、掴んでいた龍麻をぽとりと落とした。

「うぐっ」

  大理石の浴場に投げ落とされ、龍麻は呻き声を上げたが、未だ意識ははっきりとしない。しかしタカコが苦しみ始めたと同時、白い湯煙が少しずつはけてくるのは感じた。
  龍麻が薄っすらと目を拓くと、傍で大女のモンスターが頭を抱えて苦しんでいる。

「何が……?」
「じょ、女王様!?」
「タカコ様…! これは一体…!!」

  すると突然、施錠されていたはずの扉が開いて、外から数名の侍女らしき者たちが焦ったように駆け寄ってくるのが見えた。彼女たちは如何にも普通の人間の女性である。その彼女たちがわらわらと、特段恐れるでもなくモンスター・タカコの傍に集まり、苦しむ彼女に必死に声をかけている。どうやら本当に心配しているようだ。

「モンスターじゃ…ないの…?」

  龍麻はぽつりと呟いて、今度こそ本当に意識を途絶えさせた。もう湯煙の魔法はないはずなのに。
  未だ身体からは仄かな光が発せられている。龍麻はその光に守られながら、しかしその光に力も奪われる感覚を抱きながら、ゆっくりと目を閉じた。


  以下次号…!!



  《現在の龍麻…Lv22/HP169/MP120/GOLD0》


【つづく。】
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