第140話 女王の呪い

  龍麻が壬生と共に王の間へ赴くと、そこには浴場にいたモンスター…とばかり思っていた大女の魔女…否、魔王…否、サクラ王国の女王を名乗るタカコが巨大な玉座に収まっていた。

「勇者龍麻」
「ひいっ」

  ただ名前を呼ばれただけなのに龍麻はびびって壬生の後ろに隠れた。見るからに怖い。それについさっき裸でいるところをベロンベロンされそうになったのだ、その恐怖はなかなかに払拭し難いものがある。
  壬生も龍麻を守ろうという気持ちがあるので、そんな龍麻を無理に女王の前へ出そうとはしない。むしろ後ろ手で庇うようにして、視線は鋭く女王を睨み据える。

「龍麻を連れてきた。この国の呪いについて話してもらおうか」
「無礼なッ! 女王陛下に何という…!」

  王の左右に配されていた女兵士2名がそれぞれいきりたち、槍を向けた。
  しかし壬生はそれを横目で見るだけで受け流し、あくまでも女王に対する。龍麻は驚いた。壬生はこういう場に慣れているのだろうか?

「大国の女王が聞いて呆れる。世界がこのことを知ったら驚愕し、この国に攻め込むかもしれないね。何せコンテストなどと体のいい文句で人々を集め、国ぐるみで他国の男たちを捕え、こぞって女王の慰み者にしているのだから」
「人聞きの悪いことを言うんじゃあないよ。全員、合意さ」

  女王タカコは壬生の鋭い詰問にもまるで動じない。ただ鬱陶しそうな居丈高な目は向ける。
  そんな女王に壬生はさらに続けた。

「サクラ王国へ向かった者の多くが行方知れずになっている。運よく帰ってこられたとしても茫然自失の体で臥せっているとか」
「知ったことじゃないね。言っておくが、アタシは殺生が嫌いさ。この国で死人は出しちゃいない」
「数年前に不慮の死を遂げたという王子は? 彼は自然死かい?」
「…………」

  壬生の淡々とした問いかけに女王は一瞬黙りこんだ。それからニヤリと不気味に口角を上げる。

「……フンッ、イイ男だが、気に入らないねぇ。あの男の弟子だからと言ってデカイツラをするんじゃないよ。うちの国の何を、どこまで聞いているのかは知らないが、お前さんこそ厄介な呪いの持ち主だろうが。災厄がヒトの形をして歩いているようなものだ。他人の心配なんぞしている場合かい?」
「え…」

  壬生の背中を見上げながら龍麻が小さく声を上げた。確かに壬生が呪いにかかっているという話は龍麻も壬生自身から聞いて知っている。しかし、力のある女王がそこまで言うほど大きな呪いとは思っていなかった。
  心配のあまり壬生の腕をぎゅっと掴む龍麻に、しかし当の壬生は振り返って優しく微笑んだ。龍麻の意図を正確に把握したらしい。

「大丈夫だよ、龍麻」
「…うん。壬生の呪いも一緒に解こう?」
「………女王」

  龍麻の言葉に一瞬切なげな表情を見せた壬生は、しかし直接は応えずに女王を顧みた。

「先ほども説明したはずだよ、龍麻は緋勇の血を継ぐ者。すでに四神は彼の元に集い、あの秋月国国王も正式に勇者と認めた存在。さらには大国・徳川も龍麻には全面協力を謳っている。例え一国の王だろうと、無礼な真似は許されない」
「…え? み、壬生?」

  何故壬生がそんなことを知っているのだろうか?頭にハテナマークが飛び散ったが、その疑問に答えてくれる者はいない。
  しかも壬生は尚も続けた。

「特に貴女は仮にもサクラ王国の…かつての勇者・緋勇が最も信頼し託した、龍脈を守りし国の王だろう?」
「………いいや、アタシは仮初の王さ。だからこんな呪いにも罹っちまう。全く鬱陶しいったらないさね」

  女王は巨体に似合わぬ物憂げな顔をちらりと見せた後、玉座に肘を置き、頬杖をついた。身体が少し傾くだけで椅子が壊れるのではないかと思うほどだ。
  しかしそれを呆気に眺めている龍麻に女王は静かに言った。

「勇者…。いや、ここでは声高にそれを叫ばぬが吉だろう、ただの龍麻と呼ぶよ。どこに何が潜んでいるか分からない。この国は面倒な呪いに覆われちまっているからね。まぁそれは、うちの国だけじゃないのだろうが…」
「やっぱり、呪いに…! じゃあ、女王様のそのお姿も、呪いによるものなんですね!?」
「当たり前だろう、こんな化け物みたいなスタイルの女がいるかい。アタシの元は、もっとグラマラスで華憐な美女だわい」
「そ、そうか、そうだったんですね。良かった…。いや、よくはないけどっ」

  何せ龍麻は、たった今さっきまで半ば真剣に女王はモンスターで、徳川国と同様、サクラ王国も魔物に支配されてしまっているのかもと疑っていたのだ。
  しかし見た目は化け物でも、女王はまともな会話はできるようだし、周囲の女官たちも至って普通に見える。…コンテスト出場者をベロベロ舐めまくっていた謎はまだ解けていないが。壬生も他国民を「慰み者にした」などと言っていたし。

「アタシに罹った呪いはまさにそれさ。イイ男のエキスを吸い取らないとすぐに身体が縮んで何の力も出せなくなる」

  すると龍麻の心を読んで女王が言った。

「最初にこの国に呪いが発動したのは、本当の王が国を出てすぐのことさ。突然、国の男たちが皆して心も身体も恐ろしく醜くなり、女たちを虐げ始めたんだ。酷い話さ…。夫は妻に暴力を奮い、父は子どもに暴言を吐いた。若い女たちは彼氏のデートDVに苦しめられ、次々と破局してはアタシの領地に逃げ込んできた。アタシは元助産婦でね、苦しむ女たちを見捨ててはおけないのさ」
「タカコ様はもともと我が国屈指の強大な魔力の持ち主。王不在となってから忌まわしき呪いに浸食され続ける我が国の地盤を支える為、我等の懇願のもと王となり、我ら女たちの生命と財産を守って下さっているのです」

  側近らしき女性が涙ながらに訴えた。しかしタカコ女王も遂には謎の呪いに罹り、「イイ男」を定期的に「摂取」しないと病になるという恐ろしい症状に見舞われたのだと…。

「しかし我が国にはもはや醜い男しかいません…。領地の外れにいる、サクマ組などその典型です。それで世界中からイイ男を集める手っ取り早い方法…美少年コンテストを思いついたのです。さすればイイ男も喰い放題…」
「ちょっ…ちょっと待って! く、食べ放題って!? 本当に食べちゃうの!?」
「あたしゃ人喰い族かい。そんなことするわけないだろう、第一、実際にそんなことをしていて、こうして定期的に人が集まるもんかね。龍麻、アンタも浴場で見たろう? ああやって男たちの氣を吸うんだ、それだけだよ。勿論、それ以上のことをした方がパワーは上がるがね…ヒヒヒッ」
「ひえっ、怖い!」
「コンテストに出ると言い残して行方が知れなくなった者たちのことは? 本当に知らないのかい」

  黙っていた壬生が口を挟んだ。タカコ王はすうと目を細めたが、やれやれと嘆息した後、決まり悪そうにそっぽを向いた。

「まぁ、上等な奴は傍に置いておけばまたエキスを吸えるからねぇ。王城に何人かは囲っているのがいるよ。ただ、さっきも言ったが、合意の下さ。奴らにはそれはいい暮らしを保障してやっているんだからね」
「コンテスト優勝者に貴重なアイテムを譲渡しているのも事実だ。言わば報奨金だな。茫然自失の体とやらで帰還した男とやらも、大方タカコ様の魅力にやられて放心しているだけだろう? いっそ幸せ者だ」

  側近が付け足すように言った。龍麻と壬生は黙って顔を見合わせて、「それはどうか」と率直に疑った。タカコから邪悪なものは感じない。しかし実際に「イイ男」と思しき者のエキス(恐らく生気に近いものだろう)を吸う為に男たちを引き寄せ、消耗するほどの氣を奪っているのだ。呪いを跳ね返す為、サクラ王国を維持する為とは言え、それが得策とは到底思えない。
  大体、龍麻自身、いきなり訳も分からぬまま浴場へ放り出されてベロベロされそうになった時は本当に怖かったのだ。そして、間違いなく、あれは合意などではなかった。

「女王様はその呪いを解きたいですか?」
「んん? 当たり前さ」

  龍麻の問いに女王は即答した。龍麻はあくまで壬生の後ろに隠れながらというみっともない体勢ながら、勢いよく言った。

「それならどうして呪いを解く方法を探さないんですか!? 呪いにかかってしまったのは可哀想だし、生きる為に仕方なくやっていることなのかもしれないけど! このままでいいはずがないでしょう!? 国の人たちだって、本当は優しい旦那さんやお父さんがいたのに、それを失ってしまっているんですよ?」
「……そうだね。その通りさ」
「だったら――」
「しかしアタシはこの城内から動けないねぇ。それくらい、この呪いは厄介なのさ」
「そんな…」
「というわけで、アンタ達に頼みがある。アタシの代わりに、この国を覆う呪いを祓って欲しいのさ。どうだい? ――龍麻、アンタなら、できるよねぇ?」
「……やります!」

  龍麻は挑発するように言う女王に一瞬怯んだが、迷う余地はなかった。
  何故って、自分はまさにその為に、ここへ来たのだから。


  以下次号…!!



  《現在の龍麻…Lv22/HP170/MP120/GOLD0》


【つづく。】
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