第141話 友情の証?

  龍麻は意気込んでから、改めて女王を見つめた。

「それで、俺は何をしたらいいんですか?」
「知るかい。それを探るのも勇者の仕事だろうが」
「え、ええ…?」

  龍麻が驚き目を見開くと、巨体の女王は大袈裟に肩をすくめてみせた。

「男たちの豹変ぶりから、この国に何らかの呪いがかけられたことは確かさ。現にこのアタシとて、こんな忌まわしい姿形にされて、この城から一歩でも出ようものなら、忽ち力を吸い取られちまうんだからねぇ。…だが、現時点では、この国にかかった呪いの原因は、何も分かっていないに等しいのさ」
「そう、ですか…。でも何か手がかりになるようなことは…?」
「さぁねぇ…。ただ、手がかりを見つけるのが得意な奴はいる。――そこの色男さ」
「え? …壬生?」

  女王が顎でしゃくった先にいた人物。それはまさに壬生だった。
  女王は鷹揚に頷く。

「いつかは来ると思っていたが、かの勇者様と一緒にやってくるとはねぇ、ヒヒッ。これも星の定めかね」
「星の?」

  女王の言い様に壬生はただ憮然としている。龍麻はそんな壬生をちらちらと伺い見た。何となく、壬生からは話しかけにくいオーラが出ていると感じた。
  しかし女王の方はお構いなしだ。壬生を品定めするように見やり、にたりと粘着質な笑みを浮かべる。

「呪いのことなら拳武の連中に訊くのが一番だ。是非とも、我が国にかかる呪いを、そこの勇者様と一緒に解いておくれよ。…何なら、アンタのお師匠にも手を貸してもらいたいもんだ。あの薄情モンと来たら、都合の良い時だけフラッと現れて、肝心の時には姿が見えないんだからねぇ、全く勝手な男さ」
「それは僕の知ったことではない。師匠と貴女との問題だ」
「あの男、アンタには居場所を教えたりしているのかい?」
「知らないね。それに僕はもう拳武とも縁を切った身。それより、調査中は城内外を出回るから、下の者たちにもよく通達しておいてくれ」

  壬生と女王の間だけでぽんぽんと進む会話を、龍麻は落ち着かなげに見守るしかなかった。どうやら京一だけでなく、壬生もこの女王とはそれなりに面識があるようだ。否、壬生は直接知り合いでなくとも、壬生の「お師匠」とやらがこの女王とは旧知の仲らしい…?
  それにしても「ケンブ」とは一体何だろう。分からないことだらけだ。
  ただオロオロとしているだけの龍麻をよそに、女王は2人に全面協力することを承諾した。調査の間は自由に城の内外を歩くことを許可する、ただし、一部の官吏を除き、国の呪いのことは秘匿事項の為、そこは龍麻たちにも配慮して欲しいとも言い含められた。

「男たちが明らかにおかしくなったんだ、皆、何かしらこの国に良くないことが起きていると薄々感じちゃいるがね…。それでも、この国は大樹に守られし神聖なる国。女たちはそりゃあ気丈に働いてくれている、アタシはそんなあいつらに要らぬ心配をかけたくないのさ」
「タカコ様…!」

  感動したように女官たちが涙を流す。確かに、サクマ組というヤクザがはびこっていたり、身内の男たちが変わってしまったりと問題の起きているサクラ王国であるが、表面的には女たちが元気に勇ましく働く強い国に見えている。今のところは。
  だからこそ、その段階を保てている間に、本当の平和を取り戻すことが肝要なのだと龍麻は感じた。
  王の間を出た後、龍麻は再び壬生をちらりと盗み見た。やはりまだ難しい顔をしている。壬生にはいろいろと訊きたいことが出来てしまったが、ズケズケと踏み込んでいいものだろうかと悩む。こんな時に京一がいたら、きっと迷わず問いただすのだろうけれど…龍麻にはまだそういった思い切りは持てない。

「龍麻」
「はっ!」

  急に話しかけられて、龍麻は慌てて顔を上げた。壬生がじっとした視線を向けている。龍麻はついオドオドとしてしまい、挙動不審となって視線をきょろきょろと動かした。

「大丈夫かい、龍麻?」
「な、何が? 俺は大丈夫だよ、壬生の方こそ…」
「僕? 僕は何も。龍麻こそ、病み上がりなんだから。疲れたなら遠慮なく言ってね」
「俺…本当に大丈夫…」

  もういつもの優しい壬生だ。思えば龍麻の仲間たちは皆とても優しいのだが、壬生のようなゆったりした優しい眼差しを向けてくる人はあまりいない。そう、皆、基本的に元気過ぎて、テンションが高いのだ。テンションが低い仲間と言ってすぐに思い浮かぶのは如月と御門だが、そもそもこの2人は龍麻にストレートな優しさは見せない。女性で落ち着いていると言えば芙蓉だが、彼女は龍麻に対してどこか徹底服従というか、平身低頭なところがあるから、やはり壬生の発するオーラとは別ものと感じる。
  だからだろうか、どうも壬生と2人きりになると、龍麻はどぎまぎして落ちつかなくなってしまう。

「龍麻。僕に何か訊きたいことがある?」
「えっ」

  しかも壬生は龍麻の意をすぐに読んで先回りしてくる。龍麻はさらにどきんと心臓を高鳴らした。壬生はスゴイ、率直に尊敬の念が沸いたが、しかし同時に、そんな壬生の瞳の裏に何か寂しげなものが見えた気がして、龍麻はギクッとした。
  だから咄嗟に応えた。

「壬生のこと、もっとよく知りたいけど、でも今はいい!」
「え?」
「壬生が自分のこと話したいって思ったら、そりゃ話して欲しいけど。今はきっと違うだろ? そんな気がした」
「龍麻…」
「あ、でも俺、それでも無神経だから、急に図々しく聞いちゃったりってあるかもしれない、会話の弾みの中でっていうか。でももしそんなことがあっても、壬生がその時、言うの嫌だって思ったら、嫌ってちゃんと言って欲しい。俺、壬生ともっと仲良くなりたいから! 遠慮とか、気を遣われるとか、嫌だから!」
「……うん。分かった」
  壬生は暫し考えた風になったものの、やがてそう言って笑った。その微笑が嘘偽りのないものだと分かり、龍麻もほっとして笑い返した。
  すると壬生はそんな龍麻の両手をおもむろに取ると、実に自然な所作でその甲にキスをした。

「み、壬生!?」

  龍麻がそれに仰天して思わず手をひっこめると、壬生は可笑しそうに笑って言った。

「僕の国ではこうするんだ。友だちの証。これまでは目的が同じだから行動を共にしているなんて、いろいろ堅苦しいことを言っていたけど。――龍麻。僕の友だちになってくれる?」
「あ…う、うん。そりゃ、もちろん!」
「……良かった」
「うん、俺も良かった! だって俺、俺はもうとっくにそのつもりだったからさ! 良かった、ホント! 嬉しい!」
「龍麻…」

  龍麻は全く気付いておらず、能天気にただ喜んでいるが、ここで賢者・壬生の勇者・龍麻への好感度がうなぎ上りとなった!!

「……おいちょっと待て」

  しかし一方で。

「何を…2人だけでおかしなムードになってんだよ…!?」
「あ、京一!」

  いつ戻ってきていたのか? 柱の陰から恨めしそうに2人の様子を眺めていたのは、剣士・京一。
  その京一のテンションは激しく、限りなく下降線を辿っていた…。


  以下、次号!!



  《現在の龍麻…Lv22/HP170/MP120/GOLD0》


【つづく。】
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