第142話 たった数分間で |
いじけた京一の態度に龍麻は相変わらず鈍感だ。 「京一、何処へ行ってたんだ? 女王様の顔見た途端、外へ飛び出して行ったって聞いたけど!?」 「うっ…。べ、別に、あの女王は関係ねーよッ。た、ただ、外の空気を吸いたくなったんだ。急にな」 「ふーん…」 「な、何だよ、ひーちゃん。その疑わしそうな顔は…?」 「別に疑いなんて…。た、ただ、京一、こんな所にいていいのかと思って」 「は!? 何だよ、俺がひーちゃんの傍にいるのは当たり前だろ!? 他の何処へ行くっつーんだよ!」 「女王を前に逃げ出しただろ、君」 「うるせーな、逃げてねーよ! おい壬生!? お前、あんま調子のんなよ!? そ、そうだ、今だってひーちゃんの手に勝手に、キ、キ、キ……しやがって!」 「ちょっとやめろよ京一!」 壬生に殴りかからんばかりの勢いで迫る京一を、龍麻は責めるような顔をして止めた。むんと壬生の前に立ちはだかり、両手を広げて庇う所作もする。 それだけで京一の精神的ダメージはまた計り知れないというのに…。 「壬生は何も悪くないだろ! 何でそんな風に怒っているんだよ!?」 「わッ…悪いだろ! ひーちゃんに勝手にキ…ッ! したんだからよ!」 「俺は別にやじゃないんだから、いいんだよ! 友だちの証だって! 壬生の国の!」 「ンなの嘘に決まってんだろ!?」 これだからひーちゃんはほっとけねーんだよ!と。 京一はダンダンと激しく床を踏み鳴らした後、悔しそうに歯軋りした。それから無理やり龍麻の身体を引き寄せると、牽制するように壬生を睨みつける。 龍麻の方は突然京一の胸に顔を押し付けられるようにされたものだから声を失う。 「わっぷ。きょ…京一…!?」 「いいか、このエセ二枚目野郎…よーく聞けよ…? ひーちゃんを守るのはこの俺、蓬莱寺京一だ! ぽっと出のお前なんかじゃねえ!」 「それを決めるのは龍麻だ」 「何だとー!?」 「何の因縁があるか知らないけど、女王の姿を認めた途端、君が龍麻を置いてこの城を出たのは事実だろう。そんな奴に龍麻を任せるわけにはいかないね」 「だっ…。けど今は、こうしているだろうが! こっちにはこっちの事情ってもんがあんだよ!」 「そんな事情、僕の知ったことじゃない。それより、龍麻が苦しそうだ。龍麻を離せ」 「嫌だね!」 壬生の冷静な態度に京一の方はますます興奮したようになり、龍麻を抱きしめる腕に力を込める。あまりにぎゅうぎゅうとされるものだから、龍麻はいよいよ苦しくなり、バンバンと京一の背中を叩いた。 それでも京一はなかなか離さなかったのだけれど。 「あの…」 その時だ。タイミングが良いのか悪いのか、女官の1人がおずおずとやってきて、龍麻たちに声をかけてきた。それに意表をつかれた京一がハッとして力を緩める。その隙に龍麻は京一から脱出し、ゼエハアしながら傍に寄ってきた女官を焦ったように見やった。そう言えばこの人には見覚えがある。 「勇者様。先日は浴場で大変失礼を致しました。あの時にお預かりしていましたお洋服とお荷物をお返しにあがりました。女王様が、勇者様の探索に必要な物であるから、勇者様がお目覚めになった時に直接お渡しするようにと」 「あ、ありがとうございます…! そうだった…良かった、助かります」 「元からひーちゃんの物なんだから返してもらうのは当たり前だろ?」 「もう、京一は黙って! とにかく返してもらえたんだからいいだろ!」 「ひ、ひーちゃん…何か怒ってんのか…?」 「怒ってないよ! とにかく俺、着替えてくるから2人は待ってて!」 龍麻は女官から着換えと荷物を受け取ると、「では御着換えはこちらで」と案内してくれた別の女官の後をついてダダッと駆け出した。何故だか京一の顔が見られない。京一は急にどうしたのだろうと思う、あんな風に強く抱きしめられると戸惑ってしまう。別に初めてでもないし、元からスキンシップの頻繁な京一のことだ、普通のことと言えばそうだけれど。 どうにも京一が熱を込めて言った言葉が今までとは違う気がして。 「あーびっくりした…」 独りの部屋に入り、龍麻はほっと息を吐いた。それから改めて着替えと荷物を見つめる。思えば遠くへ来たものだが、この馴染み深い服は冒険の当初知り合った美里が見繕ってくれたものだ。だからもう大分長い付き合いになり、親しみもある。これらを見ていると、美里をはじめ、他の仲間たちも無事だろうかとしんみりしてしまう。アイテムの中には、天童がくれた「勇者の指輪」と如月がくれた「勇者の靴」もきちんとあった。なくさずに済んで良かったと思いながら、龍麻はそれらを身に着ける。 思えばこのサクラ王国は、九角、徳川と並び、古の勇者・緋勇の仲間が立国したものだと言うが、つまりはこの国にも勇者の仲間だった末裔がいるということなのだろうか。 「いろいろ確かめたいけど…まずは呪いの元を探ることだな」 着替えを済ませて落ち着いた龍麻が気持ちを入れ替えて部屋を出ると。 目の前には、如何にも険悪そうな京一と壬生が互いにそっぽを向いて立っていた。 「あ、あの…」 「…おう、ひーちゃん。やっぱその格好が似合うな。勇者って感じで」 「う、うん、ありがとう。京一も落ち着いた?」 「あん? 俺は最初っから落ち着いてるぜ。そっちの二枚目はどうか知らねーがな」 「壬生? 壬生は大丈夫…?」 「何がだい、龍麻。僕は元から冷静だよ。そこにいる分からず屋よりよほど君の役に立つと思うしね。それで龍麻は僕とこの蓬莱寺、どちらを仲間として連れて行く?」 「えっ?」 「俺らで話し合って、ひーちゃんには俺か壬生、どちらかを選んで城内探索をしてもらうことにしたから。さぁ、選んでくれ、ひーちゃん」 「何で!」 勝手に話が進んでいること、またそれがとんでも不穏なことに仰天して龍麻は思わず声を上げたが、どうやら2人は折れる気がないらしい。一体龍麻が着替えを済ませる僅かな間に何があったというのか。 京一がふんと鼻を鳴らし、偉そうに腕組みをしながら先に言った。 「ひーちゃん、俺はこいつとは組めねえ。はっきり言って、ひーちゃんにもこいつとは組んでもらいたくねえ」 すると今度は壬生が。 「龍麻、悪いが僕も、この蓬莱寺とはとことん合いそうにない。できればこの男とパーティを組むのは遠慮願いたいね。僕は君と2人で組みたい」 「……何でこんな数分間でそこまで仲悪くなってるの?」 龍麻はただオロオロとするのみだ。今は仲間割れをしている場合ではない、協力して王国にじわじわと巣食う呪いの元凶を探り、断たねばならないというのに。 「困るっ。困るよ〜」 しかし目前の剣士と賢者は、龍麻のその泣き言にも珍しくぐらつく様子を見せなかった 以下次号…! 《現在の龍麻…Lv22/HP170/MP120/GOLD0》 |
【つづく。】 |
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