第55話 地上へ

  龍麻が如月と共に地下通路を歩き続けて数時間後――。
「 あそこの階段を上ればターフ村の外れに出るよ」
「 ターフ村?」
  聞いた事のない村の名前に龍麻が首をかしげると、如月は一瞬は憮然とした表情を見せながらも持っていた筆で紙にさらさらと簡単な周辺図を描いてみせた。
「 ほら」
「 え?」
「 これでこの辺りの事が分かるだろう? この距離なら村で休んで体力を回復させれば秋月まで1人で戻る事も出来る。もし不安なら、一度村から徳川へ寄って用心棒でも雇うんだね」
「 この地図だと…うわ、不思議だ…。俺、実は徳川国に近づいていたんだ?」
  如月が渡してくれた地図を眺めながら龍麻は驚いた声をあげた。
  龍麻はウゴーをモンスター爺さんの家に預ける為、秋月から一路<白蛾の森>へ向かい…その後、<名もない村>から偶然見つけた秘密の地下階段を下りた。そこで九角と出会い、今はこうして如月と共にいるわけだが、そこに至るまでの過程はとても長いものに感じられた。勿論、村からここまで歩いてきた距離も。
  秋月と白蛾の森の真南に位置している名もない村は、一見如月が書いてくれたターフ村や、ましてや徳川王国ともとても離れた場所にあるように思えた。しかし実際は地下に通ったこの道を通してなら、割と双方を行き来する事は苦でない位置にあると分かった。
  方向感覚を多少狂わせながらも龍麻は地図を真剣に睨みつけたり時に逆さにしたりして、しかし最後には感心したように頷いた。
  そんな龍麻の様子をひとしきり眺めた後、如月が素っ気無く言った。
「 それじゃ僕はもう行くから。1人で行けるね?」
「 え?」
  驚いて顔を上げた龍麻に如月は答えない。「まさか1人で行けないなんて事はないだろう?」というオーラ全開で、ただ龍麻のことを見やっている。
「 あの…」
  しかし龍麻は全く別の事が気になり、自分にじっとした視線を寄越す如月に遠慮がちながら問い返した。
「 如月さんはこれからどうするの? 上へは上がらないの?」
「 僕にはまだやる事が残っているんでね」
「 何それ?」
「 君には関係のない事だ」
  ぴしゃりとはねつけられ龍麻はぐっと息を呑んだが、それでも諦めず食い下がった。
「 でも怪我してるじゃないか。そんな状態でまだこんな危険な地下通路を歩くなんてどうかしてるよ。その先…何があるの?」
  言いながら龍麻は傍にある上への階段の奥―如月の背後に続く道をちらと見やった。
「 関係ない」
  しかし如月はつれない。
  もう龍麻とは目もあわさず、ただそのこれから向かうだろう方向だけを見ている。
  龍麻はそんな如月の横顔を眺めながら、自分の胸がちりりと痛むのを感じた。
  だからだろうか、意地になった。
「 なら俺も行く」
「 ……何だって?」
  ぴくりと眉を動かして如月がキンとした声で問い返してきた。一瞬怯んだものの、龍麻は知らんフリを決め込んで如月の横を通り過ぎ、先の道へ進んだ。
「 如月さんが何と言おうと俺も行くよ。怪我人放って1人だけ帰るなんて、そんな事できない」
「 君などいても足手まといだ」
「 ……そんな事行ってみないと分からないだろ」
「 分かるから言っている。ついてくるな。さっさと階段を上るんだ」
「 そ、そんな風に指図される覚えはないよ。なら一緒に行くなんて言わない。俺は俺の意思でこの先の道を行くよ!」
「 く…! いい加減にしてくれ…!」
「 ……っ!」
  心底頭にきたような如月の唸るような呟きに、龍麻は今度こそ自分の胸にちくりと細く長い針が突き刺さるのを感じた。
  冷たい男。嫌われている。
  そんな事は百も承知なのだが、それでもこんな風にあからさまに避けられたり邪険にされる謂れはないと龍麻は思う。
  確かに自分はこの如月や天童、それに多くの仲間たちよりも弱いけれど……。
「 ……とにかく俺は行くよ」
  後には引けなくなり、龍麻は言った。何も言わない如月に構わず、先の暗い、まだ長く続いていきそうな通路を1人で歩き始める。
  背後で深いため息が聞こえたと思った。
「 …待て」
「 ………」
  呼ばれてぴたりと足を止めるも、龍麻は如月の呆れたように自分を見ているだろう顔を見たくなくて振り返らずに俯いた。
  声はすぐに返ってきた。
「 先へ進むのはやめる。僕も地上へ戻るとするよ」
「 え……?」
「 もうすぐ日も暮れるしね…。今日はここまでだ。行こう、今日は村で宿を取る」
「 ………」
  恐る恐る振り返る。
  如月はやはり龍麻のことを見ていた。
  しかしその顔は……。
「 如月さん……」
  龍麻が恐る恐る呼ぶと、如月は再び深く嘆息した。
「 ……その、『如月さん』っていうのはやめてくれないかな。君にへりくだるつもりはないが、だからといってそれ程偉い人間というわけでもないしね」
「 ………じゃあ、如月」
「 ああ。何だい」
「 怒ってる?」
「 誰を」
「 お、俺のこと」
「 どうして」
「 どうしてって……」
  こちらは真剣に訊いているのに、如月はとぼけたようにそんな事を言う。
  しかし龍麻が困ったようにオロオロしているのが分かったのか、如月は再度ふっと息を吐きつつもかぶりを振った。
「 怒ってなんかいないさ。僕のこの仏頂面は生まれつきでね。……誤解を与えたならすまない」
「 ……嘘だよ、怒ってただろ」
「 君もしつこいな。いや、今日はもう上がった方が良さそうだ。僕も少し頭に血が上っていたと思うから」
「 …………」
「 緋勇」
  黙りこくる龍麻に如月はここでようやく少しだけ困った顔を見せた。
「 キツイ言い方をしてすまなかった」
「 え……」
「 行こう。暗くなるとここも危険だ」
「 う、うん」
  くるりと踵を返して階段を上り始める如月の背中を龍麻は黙って見つめた。
  どうしてか、如月のあの頑なな態度も気にならなくなっていた。



  《現在の龍麻…Lv13/HP65/MP09/GOLD7490》


【つづく。】
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