第57話 3人の勇者

  如月に促されるようにして宿屋の一階―食堂兼酒場―へと下りると、突然言い争う声が龍麻の耳に飛び込んできた。
「 だーからッ!! 俺っちはそういう曲がった事が大っ嫌いなんだよっ!!」
「 お前さんの考えなんぞ知るか! とにかく、徳川の人間を泊める部屋はウチにはねーんだっ!!」
「 こンの分からず屋のクソオヤジが〜!!」
  龍麻が驚きながら階段を下りていくと、丁度そのすぐ脇で宿屋の主と威勢の良い青年が激しく言い争っているのが見えた。青年の年齢は龍麻と同じくらいに見えたが、戦闘経験はとても豊富そうだった。がっしりとした鎧に、重くないのだろうかと思う程の巨大な剣を携えている。見た目は明らかに戦士だ。
  そして青年の鎧も剣も更に兜まで、今までに見た事もない程真っ赤な色をしていた。
  龍麻が自分を見つめている事にも気づかないのだろう、青年は血気盛んな様子で続けた。
「 おいオッサン、よく聞けよ? この人たちはモンスターが蠢く荒野を三日三晩歩き通しで、もう一歩だって歩けねーんだよ。このまま外へ出たら死んじまうんだ。それでもテメエはこの人を泊めないってのか?」
  見ると青年の背後にはなるほど長旅ですっかり疲弊したような老人と年若い娘が寄り添うようにして座り込んでいた。
  そして、その両側にはこちらも赤い鎧の青年と全く同じタイプの鎧…ただし色が違う…を纏っている男女の姿があった。
  2人とも龍麻や青年と同じくらいの年齢に見える。
  しかし、老人と娘を守るようにして立っている毅然としたその姿は、少しだけ大人にも見えた。
「 そんな事はわしには関係ない」
  青年の訴えにもまるで感じ入る様子もなく、主は冷たく言い放った。
「 うちはもう随分と前から、徳川の人間は宿に泊めない事にしてるんだ。本当なら村にだって入って欲しくねえ。それは、ここにいる連中皆の願いだろうよ」
「 そうだ、そうだ!!」
  酒場の方から村人だろう、数人の囃し立てるような声が聞こえた。
  龍麻はそちらに視線をやってから、もう一度項垂れて動けない2人の旅人を見つめた。
  赤い鎧の青年は更に激昂すると、不意に階段のところにいた龍麻を指差した。
「 な〜にが徳川の連中は泊めないだッ。そんなもん、どうやって判断するんだよ!? さっきはこいつともう1人の連れにあっさり部屋をやったじゃねーか! こいつだって本当は嘘ついてて、徳川の人間かもしれないだろ!!」
「 な…っ!?」
  突然話を振られて龍麻は思い切り面食らった。どうして良いか口ごもっていると、主はしれっと言いのけた。
「 このお客さんは徳川の人間じゃねえ。どう見てもどっかの外れ村にいた世間知らずの田舎モンだ」
「 当たってる…」
  思わず呟いたものの、かなり複雑なコメントだと龍麻は思った。
  しかし一方で青年はまだ負けない。
「 じゃあさっきの如何にも垢抜けた兄チャンはどうだってんだよッ。徳川の要人って言われても驚かない格好だったぞ!」
「 あのお客さんは羽振りがいいんでね」
  主は全く悪びれる様子もなくそう言った。
  龍麻は如月が金を払ったところを見ていないが、その主の発言で納得した。道理で一度の質問だけですんなり通してくれたはずだ。
「 結局は金、か」
  すると背後に控え老人の隣でずっと黙っていた同じ鎧の青年がぽつりとそう言った。
  この青年は赤い鎧の青年とは違い、漆黒のそれに身を包んでいる。赤い青年とは対照的に落ち着いた印象も受ける。
「 猛、あんたがお金をケチるからこんな面倒な事になったんじゃない?」
  そして更に今度はもう1人、こちらはピンクの度ド派手な鎧を着けた、小蒔と同じくらいの年齢の少女が責めるように赤い鎧の青年に毒づく。黒い青年もうんうんと頷いて腕組をしている。
  赤い鎧の青年はカッとなったように2人を振り返った。
「 あのなあ! 俺っちはこのオッサンが1人100ゴールドなんてふざけた事ぬかしたから、『ちょっと高い』って言っただけだぜっ。1人100ゴールドだぜ!? んなの冗談じゃねーっての!!」
「 そういうケチ臭さが相手につけこまれる要因なのよ」
「 俺たち、別に金に困ってるわけでもないんだから、払えば良かったんだよな」
「 そうそう、ヒーローはケチじゃ駄目よね」
「 お、お前ら…何結託してやがるんだよ…!!」
「「 疲れてイライラしてるから当たってるだけ 」」
  2人は同時にそう言い、それから同時に龍麻のことを見やった。
「 あ……」
  次に「猛」と呼ばれた青年もふと思い出したように龍麻の事を見やる。
  龍麻は三人に一斉に見つめられて何故かオドオドとしながら頭を下げた。
「 あの…どうも…」
「 どうも」
  最初に返事をしたのは、ピンクの鎧を着けた少女だった。にこりと笑って可愛らしく小首をかしげてみせる。
「 おっす」
  次に黒い鎧の青年。こちらは龍麻のことをじーっと見つめた後、ふっと微笑してウインクまでしてきた。
「 ……おい、お前!」
  そして赤い鎧の青年である。いきなりツカツカと龍麻に歩み寄ると、ぐいとその首に腕を回し、こそりと言った。
「 なあー、お前もこの分からず屋に何とか言ってやってくれよ。一緒に言いくるめるのに成功したら、後で俺っちのサインやるからさ!」
「 さ、さいん…?」
  訳が分からずきょとんとしていると、赤い青年こと猛は龍麻から腕を外し、胸を張ると堂々と言った。
「 ああ! 俺っちはこの世界の平和を守る為に立ち上がった選ばれた勇者だからな!」
「 え…」
「 こら猛〜! あんた、勝手に勇者を名乗るんじゃないわよ!」
「 そうだぞ、コスモレッド! お前はいつでも勝手に暴走し過ぎる! お前はただのサポート役だ。この俺のな」
「 誰がお前のサポート役だ、ブラック!! 旅立つ前に3人で話し合っただろ! リーダー、もとい勇者はこの俺っちだ!」
「 誰がそんな結論で納得するか!」
「 そうよ、猛! じゃんけんで勝っただけの勇者なんて私は認めないわよ!!」
「 あの…!」
  先ほどまで老人と娘を守ろうとしていたカッコイイ姿はどこへやら、何やら言い争いを始めた3人に龍麻は慌てて中に入り、言った。
「 あ、貴方たちは一体?」
「「「 よくぞ聞いてくれた!! 」」」
  問いかけた龍麻に、3人は一斉に声を揃えると嬉々として言った。
「 この世の平和を守るため!!」
「 正義の祈りが我を呼ぶ!!」
「 愛と!」
「 正義と!」
「 友情と!」
「 3つの力を1つにあわせ!!」
「 立ち上がる!!」
「 コスモレンジャー見参ッ!!」


「 …………はあ」


  ぽかーんとしている龍麻、宿屋の主、酒場の客たち。連れの老人と娘は慣れているのか、驚いた様子はない。
  何も発しない龍麻たちには構わず、赤い青年が悦に入ったように言った。
「 決まったな…! あ、俺っちはコスモレッド紅井猛!」
「 少年。俺はコスモブラックこと黒崎隼人だ。よろしくな!」
「 私はコスモピンクこと本郷桃香よ。君、私たちの決め台詞を聞けるなんてかなりラッキーよ」
「 そ、そうなんだ…」
「「「 で、そっちの名前は? 」」」
  呆然としている龍麻に、またハモるような3人同時の声が降りかかった。
「 え、と……」
  龍麻は暫く躊躇した末、恐る恐る言った。
「 お、俺、緋勇龍麻。職業は一応…勇者、です」



  《現在の龍麻…Lv13/HP65/MP50/GOLD7490》


【つづく。】
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