第58話 笑顔

  ぞろ騒々しく喚きたてる「コスモレンジャー」なる3人の戦士たちに宿屋の主が言った台詞。
「 やかましい!! 見世物やりたきゃ、徳川の見世物小屋にでも行きやがれ!!」
  バッターン!!
  乱暴に閉められたドアの前でコスモレッドこと紅井猛は未だ負けじとガーガー文句を言っている。
  しかし後の2人、黒崎と本郷は諦めたようになって深いため息をついていた。
  龍麻はこの3人の事は勿論、地面に座り込み項垂れている老人と娘が気になり、自分も何となく外へ出た。
  凍えるほどの寒さはないが、何やらじめっとした嫌な夜だ。
「 はー…ちっきしょー、ハラ減ったなあ〜!!」
  ひとしきり吠えて疲れたのか、紅井がようやく叫ぶのをやめてくるりと皆を振り返った。
  それから何故かその場にいる龍麻の事も見やり、怪訝な顔をして見せる。
「 あれ? ところで何でお前も一緒に外出てんの?」
「 あ、いや何となく…。ノリで…」
「 はーあ、まあそんな事どうでもいいや」
  紅井は龍麻の事は別段気にした風もなく、両手を腰に当てるとその場に座り込んでいる老人の方に声を掛けた。
「 おいどうするよ、爺さん? 俺らならこのまま歩いて徳川へ直で行ってもいいけどよ。まだ歩けるか?」
「 無茶言うんじゃないわよ、猛」
  しかし老人が答える前にコスモピンクこと本郷桃香が眉を吊り上げて紅井を責めた。
「 おじいちゃん、ただでさえ無理な長旅をしてきたんだから。もう今夜はこれ以上一歩だって歩けっこないわ」
「 んー…まあ、そうだろーけどよー」
「 じゃあ、そこらへんで野宿するか?」
  そう言ったのはコスモブラックこと黒崎隼人だ。そして老人の隣にいる娘に心配そうな視線を向ける。
「 しっかしなあ、ここら辺の奴ら何故か徳川出身の人間を敵視してるみたいだから、野宿なんかしてこの子が狙われないか心配だよな」
「 んなの俺っちたちが守ってやればいいだろうが! 何情けない事言ってんだよ、ブラック!!」
「 アホ。守るのは当たり前だけど、少しでも危険な目とか怖い目には遭わせたくないだろ? そういうのを未然に防ぐのもヒーローの務めだぜ!」
「 そうよ、猛。だからアンタは頭が足りないってのよ」
「 ななな何を〜!! 今夜は徹底的に組みやがるな、お前ら…!」
「 お前のせいでこうなったからだろ」
「 そうよそうよ」
  仲間2人に責められ、コスモレッドこと猛は悔しそうに歯軋りをした。しかし自分に勝ち目がない事を知っているのだろう、何も言い返せないでいる。
  龍麻はそんな3人のやり取りをじっと眺めた後、老人と娘を見やった。
「 あの…徳川出身の方って事ですけど…。こんな物騒な時にどちらを旅行されてたんですか?」
「 商の為です」
  疲れている老人に成り代わって恐らくはその孫だろう、寄り添うようにしていた娘がぽつりと答えた。徳川は基本的に大きな国なので、陸路からは馬、海路からは船でたくさんの様々な品が寄せられてくる。2人はその中でも個人で細々と薬屋を営んでいて、時々はこうして他所の土地へ行商に出ているのだと言う。
「 徳川の薬はすごく効くんだぜ」
  いつの間にか、娘と龍麻の話を聞いていたらしい黒崎が会話にすっと入ってきた。
「 元々この辺りの土地は珍しい植物とかも多いからな。そこから採って作ったこの爺さん秘伝の薬は、うちの国でも結構評判が良くてさ」
「 それでも最近はモンスターが増えて行商も随分と物騒になったでしょ。だから私たちがボディガードとして2人を徳川まで送って行く事にしたってわけ」
「 そしたらこの扱いだぜ!!」
  本郷と紅井も話に加わり、特に紅井は再び宿屋の主の態度にむかっ腹が立ったのか、ふんと鼻を鳴らした。
  それから八つ当たりのように龍麻に向かって言う。
「 この辺りの土地の奴らには人情ってもんがないのか? こんな疲れてる人たちを放り出して知らん顔って、徳川で何があったのか知らねーけど、ホント許せねーぜ!!」
「 う、うん…」
  紅井の勢いに押されるように龍麻が頷くと、相手はしてやったりと言う顔でにやりと笑った。
「 そう思うか? そう思うなら今からお前も協力しろ!!」
「 え、な、何を…?」
「 お前、勇者候補なんだろ? 秋月が募集してる」
「 え?」
  紅井の突然の発言に龍麻はぎょっとした。黒崎と本郷も何やら得心したようにウンウンと頷いている。
「 さっきは突然勇者だなんて言うからびっくりしたけどよー。実は俺っちらも、秋月の勇者募集のお触れを聞いたから国を出てきたってところでさ! 爺さんたちを徳川へ送ったら秋月へ向かうつもりなんだぜ!!」
「 へ、へえ…」
  何やら遥か遠い昔の出来事のような気がするが、秋月が強い戦士を求めて勇者を募っているのは事実だ。
  秋月王は龍麻が勇者だと言ってくれたが、それでもまだ恐らくは勇者募集のお触れは効力を発揮しているのだろう。
「 しかるに!!」
  考えこんでいる龍麻に紅井が言った。
「 思うに、お前とあの兄チャンも、その勇者募集に乗ってここまで来た旅のモンなんだろ? 同じ勇者を目指す者としてよ、一つ秋月へ行く前にこの爺さんを送り届ける手助けをしてくれ!!」
「 だからどうすればいいの?」
「 どうせここには泊まれないだろ。ノンストップで行くしかねー。幸い徳川はすぐそこだし、2人を交互でおぶっていくんだ」
「 お、おぶって!?」
「 でも夜間だし、向こう着くまでもモンスターとかバンバン出るだろうから、残りの2人は戦闘専門な」
「 で、でも近いと言っても結構距離あるよ…? 暗いし?」
「 何だ何だお前! 勇者候補なんだろ!? それくらい、大した事ねーだろ!! それともお前は俺っちたちがこんな困ってンのに、見て見ぬフリして、自分はあったけーベッドに行く気かよ?!」
「 そ、そんなつもりはないけど…」
「 緋勇!」
  すると今までずっと紅井に喋らせていた黒崎が突然龍麻の両肩をぐっと掴むと力強く言った。
「 いや、もう一緒に戦う同士だから龍麻でいいな! 龍麻、どうだ、正義の為に俺たちと一緒に一肌脱いでみないか!?  きっとすごく清清しいぜ!」
「 そうね。正しいことをした後って本当とても気持ちいいものよ」
  後押しするようにピンクこと本郷もにっこり笑って言う。
  不吉な夜の匂いがするのに、何故かこの3人の間には場違い過ぎる陽気な空気がばんばんに流れているように見える。
  龍麻は暫く唖然としていたものの、やがて意を決したようにこくんと頷いた。
「 う、うん、分かったよ。それじゃ俺も協力する」
「 やったー!!」
「 ありがとう龍麻!!」
「 それでこそ男の子よ、偉いわ!!」
  龍麻の返答で俄然テンションが高くなる3人。
  コスモレンジャーは3者3様に喜び、交互に龍麻の手を握った。
  しかし、その時。


「 いい加減静かにしろ!!」


  バタンと勢いよくドアが開かれ、中から如月がひどく不機嫌な顔をして外へ出て来た。
「 あ、如月…」
  龍麻が驚いて突然現れた如月を見つめると、その如月はきっと鋭い視線を向け、それから3人に向き直った。
「 君たちがバカな事をするのは勝手だ。しかしそれに僕の連れを巻き込むのはやめてもらおう」
「 バ、バカな事だと!?」
  如月の険のある言いように紅井がむっとして声を荒げる。
  黒崎と本郷は如月の意図がつかめていないのか、ぽかんとしている。
  如月はちらと傍の老人と娘を見やり、尚も続けた。
「 ……上の部屋まで君たちの騒ぎ声は聞こえていた。どうするのかと思ったら…徳川までおぶって行くだと? この2人の負担も考えず?」
「 何をー!!」
  紅井のがなり声を無視して如月は言った。
「 夜の荒野がどれだけ危険かはそれなりに旅をしてきた者なら分かるだろう。君たちはそれで平気かもしれないが、彼らには無理だ。歩く、歩かないの問題じゃない。夜は外へ出るべきじゃない」
「 で、でも如月…。この人たち、泊めてもらえないって…」
  キツイ言いように龍麻が仲裁のように間に入ると、如月はそんな龍麻にも蔑みの目を向けてきた。
  龍麻の胸はツキンと痛んだ。
「 泊めてもらえない、だって? 本当に彼らのことを想い、宿が必要だと思っていたなら、あんな態度はとらないはずだ。違うか?」
「 ………」
  龍麻が黙り込むと、如月は今度は再び3人に向き直った。
「 君たちはこの人たちを護ると約束したんだろう。それならば…金を払えば良かったんだ。それでも駄目なら土下座でも何でもして、プライドなど捨てて…あの主を懐柔すべきだった」
  龍麻はふと、不審な顔をして如月を見つめた。
  おかしい。
  3人に向かって言っているはずなのに、何かが違う。不機嫌な顔はいつもの事として、こうまで妙に激昂する理由が分からない。彼らのした事に怒っているというよりはむしろ。
  まるで自分自身に向かって言っているような。
「 ………そうかもな」
  その時、しんとしていた沈黙を破って黒崎が言った。
  一歩前に出てきて如月に笑顔を向ける。
「 あんたの言う通りだよ。俺たちは少々熱くなっていたと思う。戦うだけが能じゃない、突き進むだけがヒーローじゃないよな。時に冷静に現状を見極め、己の意地すら捨てる…! 学んだぜ」
「 そもそも猛、アンタがお金をケチったのが始まりでしょ」
「 イテ! くそ、殴るなよ〜。お前らだってあのむかつく宿屋に泊まるのはもうどうでもいいって思ってたくせに…」
「 そうだけど。この人の言う通りだわ。おじいちゃんたちの為には、やっぱりどうにか頼み込んでここに入れてもらわなきゃ」
「 よし、また頼んでみよう!」
「 ち…わ、分かったよ。悪かったよ。ヒーローだから己の非は潔く認めるぜ」
「 はは…」
  3人のあっさりと他人の意見を受け入れ切り替える姿に、龍麻は自然笑みをこぼした。
  再びちらと如月を見やると、当の如月は随分とバツの悪い顔をしている。
  そっぽを向くとぼそりと言った。
「 君たちにつられて緋勇が外へ出るのは面倒だと思ったんでね…。主とは話をつけてきた」
「「「 へ…?」」」
「 如月…それ、本当?」
  あんぐりと口を開けたままの3人と驚きに目を見張る龍麻に、如月は依然仏頂面で答えた。
「 さっさと中へ入れ。まったく…煩い夜は嫌いなんだ」
「 兄チャン〜!! お前、いい奴だなあ〜!!」
「 な…っ。き、気安く触るな…っ!」
「 如月さんって言ったか!? ホント、あんたのその男前な態度には恐れ入ったぜ! サンキューな!!」
「 ホントホント! どうもありがとう〜!! 助かっちゃったわ〜!!」
「 だ、だから3人で…近づくのは…っ」
  3人によってたかって懐かれて慌てる如月。
「 ……はははっ」
  その光景を見ていた龍麻は思わずぷっと噴き出し、それから大きく大きく、思い切り笑った。
「 ひ、緋勇…っ。何が可笑しいんだっ!!」
「 だ、だって…あははははっ!!」
  自分を責める如月の声にも、龍麻はちっとも動じなかった。
  ただ、可笑しかった。
  こんな風に心から笑ったのは、何だか随分と久しぶりだった。



  《現在の龍麻…Lv13/HP65/MP50/GOLD7490》


【つづく。】
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