第61話 包囲 |
しんと静まり返るターフ村を龍麻は息せき切って走った。そして色々な考えを頭に巡らせた。 いくら深夜とはいえこの静寂は尋常ではない。皆あの水角の笛によって眠りについてしまったのだろうか。 では、あの蠢く怪しい影は何だったのか。 「 はあ、はあ…っ! くそ、何処へ行ったんだ…!?」 2つに別れる分岐点にまで来て、龍麻はきょろきょろと辺りを見回した。 あの影の気配がない。あんなに覚束ない足取りだったというのに、こんなに早く見失うなど絶対におかしい。右手は行った事のない道だが、左手はあの地下通路がある場所へ続いている。龍麻は一瞬悩んだ末、左へ向かおうと意を決めた。 しかし。 「 こんばんは」 「 え!?」 突然反対側の右手から声を掛けられ、龍麻はぎょっとして足を止めた。 「 き、君は…?」 薄暗い闇の中で目をこらす。どこかで聞いた事のある声だと思い、龍麻は訝しみながら自分に声をかけた人物をじっと見つめた。 そしてその人物がゆっくりと近づきその姿を現すと、龍麻は思わず驚きの声をあげた。 「 あ! 貴方は名もない村で会った…!」 「 嬉しいな、覚えていてくれたのかい。…緋勇龍麻君」 「 水岐さん…」 龍麻に名前を呼ばれた事で、その美貌の青年詩人は心底嬉しそうな笑みを口元に浮かべた。それから更に足を進め、ちらと龍麻が駆けてきた方向を見つめる。 「 静寂の世界…美しいね。絶望の世を悼み、祈りを捧げるにふさわしい闇夜だ…」 「 ……? あの、水岐さんはどうしてここに…? って、そんな事より、この辺に怪しい人いませんでしたか!?」 「 怪しい人…?」 「 そうですっ。俺もよく見えなかったけど、今、この村は鬼道衆の魔法の笛でみんな眠らされてしまってるんです! でもあの影は動いていた! 何処かへ向かおうとしていて、それで―」 「 動く影なら見たよ」 「 !! 本当ですか、何処に!?」 あっさりと答える水岐に驚愕しながら、龍麻は飛びつかん程の勢いで問い返した。 そんな龍麻を水岐は依然として静かな目を湛えたまま見つめていたが、すぐに自分が来た方向を指差すと平然として言った。 「 ここから村を出た先の廃棄小屋へ向かったよ。……ただしあの人は別に怪しい者じゃないさ。徳川の役人だから」 「 えっ!?」 驚く龍麻に構わず水岐はどことなく虚ろな目で続けた。 「 案内しようか。僕もそこへはよく行くので」 「 え、本当? それはありがたいけど…でも…」 言いかける龍麻を制しながら水岐は村へ視線を向けつつ尚言った。 「 なるほど、おかしな魔法がかかっているせいで僕の誘い詩も今宵は人々の心に届かない…。折角だから君の冒険譚に同行させてもらえると嬉しい」 「 は、はあ…」 「 こっちだよ緋勇君」 水岐はそう言うともう龍麻を顧みる事なく、自らが来た方向へと足を向けて行った。 「 ………」 龍麻は一瞬だけどうしようかと地下通路がある方向を見やったが、とりあえずは先を歩く水岐の後へとついていった。 ××× 名もない村・外れにある廃棄小屋――。 「 うわ…今にも崩れ落ちそうだ」 腐りかけのようなボロボロの扉を両手でそっと開き、龍麻は中に踏み込んでから開口一番そう言った。 切り立った岩壁に寄り添うようにして建っていた小屋の中は、その外観通り狭く小さかった。ぐるりと見渡しただけで部屋の様子は一通り分かる。扉同様、ボロボロの机、そして足の折れた椅子。ガラスの割れた食器棚にランプやら額縁やらが床に散乱している。 そしてそこに人の姿はなかった。 「 水岐さん、誰も…」 しかし龍麻が振り返ってそう言った時には水岐の姿もなくなっていた。 「 あれ? 水岐さん?」 ついさっきまでいたのに。龍麻は眉をひそめた。 小屋の前にまで来た水岐は「ここだよ」と龍麻の背を押すようにして中へ入るよう促し、自らは風のようにさっと姿を眩ましてしまったのだ。 「 な、何だよ、もう…」 抗議の声を口元で漏らしたものの、それを聞いている者は皆無だ。龍麻は仕方なくまた外へ出ようとした。 が、しかし。 ―――バタン。 「 !!」 小屋の入り口が閉められた!! 龍麻は廃棄小屋に閉じ込められた!! 「 なっ…!」 慌てて龍麻はドアに駆け寄り、力任せにノブを回した。びくともしない。試しにドア全体に体当たりをかまし、その扉ごと外へ出ようとしたが、先刻までの古臭い入口が嘘のように堅くなってしまっている。 「 お、おい! 嘘だろ!!」 どんどんと激しくドアを叩くもやはりびくともしない。龍麻はさっと青ざめた。 すると扉のすぐ傍から水岐の声が響いた。 「 迷いの岐波に身を浸せ……美しき姫よ」 「 !? 水岐さんっ!?」 「 ………」 「 答えて水岐さん! い、一体これは何の真似だよっ!」 「 この地は罪深き穢れ人たちの墓場となるんだよ、緋勇君」 「 なっ…い、一体何を言ってるんだっ!?」 「 案ずる必要はないんだ。人は生まれ、そしていずれは誰もが死に逝く。そしてその死の先には浄化されし素晴らしい世界が待っているんだ。どんなに愚かな人間でも…その幸福は与えられる。僕が与えてあげる…」 「 水岐さんっ! 何なんだよ、どうしちゃったんだよっ。開けて、開けてってば!」 水岐のどこか陶酔したような危げな声は龍麻に激しい危険信号を発した。しかし何度ドアを叩いても水岐に訴えても事態は改善されそうにない。 そして、それどころか。 『 キエエエエーーー!!』 「 !! あ…!!」 『 キエエエー!! シャアアア!!』 モンスターの攻撃!! 「 うわっ…!」 龍麻は7のダメージを受けた!! 「 こ、このモンスターは地下通路にいた…!!」 『 キシャアアア!!』 ドアに差し向かっていた龍麻を突然背後から襲ってきたモンスター。 それは龍麻が地下通路で見かけた、人間のような形をした、けれど顔は魚という魚人モンスターだった。威嚇するように両手をあげ、じりじりと龍麻との間合いを詰める。 「 こ、こいつどこから…。あ!」 龍麻は魚人の背後にある棚の下に、地下へと続いているだろう階段がある事に気がついた!! 「 あそこから…!!」 「 彼らは愚かなる咎人…。僕らが作る新しい世界には不要なんだよ」 ドアの外で水岐が言った。 「 だけど共に生きる同士を探すには丁度良い。緋勇君、君は僕たちの懐へ来られるのか、それとも」 『 ギシャアアアーーー!!』 「 この悪魔の仲間として堕ちていくか。……決めさせてあげるよ」 「 どっちも嫌だよ!!」 龍麻の攻撃!! 『 キシャーー!!』 龍麻はモンスターに10のダメージを与えた!! モンスターが怯んだ!! 「 何だかよく分からないけど…っ。水岐さん、あんたは悪者なんだね! だから俺は、君を倒すよ!!」 「 ……ふふふ」 龍麻の威勢のよい言葉に水岐は含み笑いをした。 そしてその声はどんどんと遠ざかっていく。 「 それなら僕は君を待っているよ。君が僕のところにまで来られるのか…。僕の水の世界で君を…」 「 あ、こら待て、ここを開けていけー!!」 『 キシャー!!』 『 キエエエエ!!』 『 キャシャアアア!!』 「 !?」 しかし龍麻が去って行く水岐に声をあげ、一瞬背を向けたほんの数秒の間に。 モンスターが現れた!! モンスターが現れた!! モンスターが現れた!! ぞくぞくぞくとモンスターが現れた!! 「 う、嘘だろ…?」 ぞろぞろと地下の階段から上り詰めてやってくる魚人たち。 呆然としている間に、龍麻はぐるりと周りを囲まれ、そうして完全に逃げ場を失ってしまった。 「 くっ…!!」 絶体絶命のピンチ!! 龍麻は拳を構えたまま、ぎゅっと唇を噛み締めた。 《現在の龍麻…Lv13/HP58/MP50/GOLD7490》 |
【つづく。】 |
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