第63話 玄武の愛人

「 う……」
  龍麻がふと意識を取り戻した時、辺りはただ真っ暗な闇に包まれていた。
「 こ、ここは…?」
  慌てて身体を起こそうとしてズキンと頭に激痛が走る。額に手をやり、龍麻は自分の身に何が起こったのかを必死に思い出そうとした。
  すると。
「 だからー。ちょっとくらいならいいじゃんって言ってんだよ!」
「 見たいぜ見たいぜひーちゃん様のぱんつ〜♪」
「 おでも見たいど〜」
「 わらわは…どうせならちくび〜が見たいねえ…うほほ」
「 ちちち乳首! それもいいなあ…でへへ…」
「 黙れこのエロっぱ共がッ!!」
「 ……?」
  怪しげな5人のわいわい言う声の方に目を凝らしてみると、龍麻が横たわっていた場所から少し行った先に仄かな明りが見えた。
  そうだ、自分はあの鬼道衆たちに捕まってしまったのだ。水角が吹くあの怪しげな笛の音を聞いた途端、何故かぐらりと身体が言う事をきかなくなって…。
  龍麻がそこまで思った時、騒々しい声はさらに耳に響いてきた。
「 何だよ雷角! 自分1人でええこぶってんじゃね〜よ!」
「 イイコぶりっこだぜイエ!」
「 ぶりっこ〜」
「 煩いわッ!!」
  龍麻が危機感を抱いている割に、彼らの話し声はどこか抜けている。
  言い争う声を適当に聞き流しながら龍麻は自らの足元を見た。両足に重い足枷がついている。極力音を立てないようにそれを動かしてみたが、とても素手で開けられるようなものではなかった。
  その間にも彼らの騒ぎは続く。
「 お前ら、ひーちゃん様を何だと思っておるのだ!? ひーちゃん様はお前らがどうこうして良いようなお方ではないぞッ。それを言うに事欠いて、ちちち…!」
「 乳首が見たい」
「 ぱんつ見たいど」
「 お尻も見たいぞイエ!」
「 どうせなら全裸が見たいよえ…ぽっ」
「 だからそれがいかんと言うにッ【怒】!!」
  どうやら5人の中で一番の年長者、もといリーダーらしい雷角は、それぞれに勝手な事を言っている4人をしきりに叱っている。そうしてごほんと咳払いをしてから神妙な声色で言った。
「 ……とにかくだ。飛水をここにおびき寄せ、最後の4神の鍵・玄武を手に入れた後は、われらの持つ3つの鍵と共にひーちゃん様を御屋形様にご紹介するのじゃ!」
「 まー、ひーちゃん様なら俺たちの御屋形様のお嫁さんとして十分な可愛さだもんなぁ!」
「 性格もラブリーだぜイエ!」
「 うまそうだど!」
「 でもちょいと」
  すると水角が4人の声を止め、不意に思い出したような口調で言った。
「 あんた達から聞いていた以上に、確かにひーちゃん様は可愛らしくって素敵なお方さ。けど、そもそもひーちゃん様って何者なんだい?」
「 何がだ?」
「 だから。ひーちゃん様のことだよ」
「 ………」
  鎖を必死に解こうとしていた龍麻は、5人のその会話にふと動きを止め、明りの方に視線をやった。

  ………俺が何者か、だって?

  龍麻当人が途惑っているなど露知らず、水角は続けた。
「 風角、炎角。あんたらがひーちゃん様に最初にお会いした場所はどこよえ?」
「 何処って…。アランの屋敷だけど」
「 青龍の鍵を奪おうとしてる時に出遭ったんだぜイエ!」
「 雷角。あんたは?」
「 わ、わしは…朱雀の鍵を奪おうとしていた時に会ったな…」
「 岩角は?」
「 おでは〜白虎を探していて秋月に行った時に会ったんだど。おでたちの事を知ってるみたいな怪しい奴がきのこの山を持ってて、おでたちの事を訊いてきたど!」
「 ふうむ」
  水角は顎に手を当ててから再び口を開いた。
「 つまり、だよ。白虎に関しては決定的な確証こそないけれど、これまでの事を考えればひーちゃん様は4神の奴らとは顔馴染みで、しかもわらわが追っていた玄武とは相当の仲だと思われるわけよ」
「 そ、相当の仲というのは…!?」
  雷角がぎょっとして問うのを水角はため息混じりに答えた。
「 わらわはこれまでずっとあの忌々しい飛水の奴を見張っていたけど、奴が他人と1つ屋根の下…しかもベッドが一つしかない部屋に泊まるなんて、絶対に考えられなかった事よえ」
「 だ、だからつまりは何が言いたいのだ、水角?」
「 つまりは…」
  水角は陰で聞き耳を立てている龍麻には相変わらず気づきもせずに言った。
「 ひーちゃん様はきっとあの4神の愛人なんだよ!!」
「 がーん!!」
「 がーん!!」
「 がーんだど!!」
「 がーんだイエ!」
「 んなわけあるかー!!」
  思わず龍麻は怒鳴り声をあげた。
「 !? ひーちゃん様が起きたようだぞ!!」
  するとランプの火と共に5人が龍麻のいる奥の部屋へダダダと一斉にやってきた。
「 ……!」
  その明りによって初めて分かった。
  龍麻は簡素な藁が敷かれただけの、ごつごつとした岩牢のような所に閉じ込められていたのだ。この暗さと閉塞感から言ってここは地下洞窟だろうか。
  しかし、最悪な気分の龍麻を前に、ズラリと勢ぞろいした5人衆はいやにご機嫌な様子だ。
「 ひーちゃん様、おはよう!」
「 おはようイエ!」
「 ひーちゃん様、ご気分はどうでございますか?」
「 〜〜〜! いいわけないだろっ!」
  龍麻は思い切り怒鳴って5人のことをきっと睨みつけ、言った。
「 これ、外してよ! どうしてこんな事するんだよ!」
「 どうしてって言われてもねえ…」
「 ひーちゃん様は人質なんだぜイエ」
「 玄武の鍵がいるんだよ、俺たちは!」
「 き、如月は! 俺の仲間じゃないよ! 勿論、あ、愛人なんかでもないっ!」
「 またまた〜そんな白々しい嘘ついちゃって」
「 本当だよ! だ、大体俺、如月が玄武だって事も知らなかった!!」
「 ん?」
  きょとんとする鬼道衆を前にして龍麻はきゅっと唇を噛んだ。
  そう、そもそもどうして気づかなかったのか。如月のカードを見た時、あの不思議な動物の絵柄が玄武だとすぐに思い出していれば、そして3神までを集めたら自分の元へ来いと言った如月の意図に気づいていれば。
  如月が言わずとも分かったはずだ。如月が最後の鍵を持つ玄武だということに。
「 俺…本当にバカだから…」
  きっと、だから。
  こんな愚かな自分だから、如月は「勇者などと認めない」と折に触れ言い、そうして自分に対してもあんなに冷たい態度だったのだろう。信用されないのも道理だ。図々しくも4神の鍵を集め、勇者の洞窟を開こうとしていた。
  そこに何があるのかも何も知らず。
「 俺、本当に何も知らなくて、ただ流されるまま旅をしてて…。こんな俺だから、だから如月は俺が捕まったからってここへ来たりはしないよ。俺には人質としての価値なんかない…」
「 え〜来るでしょ」
  暗く発言する龍麻に対し、しれっと答える風角。水角もうんうんと頷いた。
「 そうよねえ。わらわ、画力を総動員して、裸のひーちゃん様が鞭で打たれてる絵を描いて宿屋に送っておいたから」
「 文面は俺だぜイエ! 『お前のラブリーラバー・ひーちゃん様を誘拐したイエ! 返して欲しくば1人で玄武の鍵を持ってここへ来い! イエ!』 ってな感じで書いておいたぜ〜!」
「 それ読んで来なかったら相当な冷血漢だな」
「 き、如月は宿屋にいなかったんだ…っ」
  龍麻が項垂れながらも尚否定するように首を振ると、水角はしれっとして言った。
「 奴は地下通路の魚人の調査をしているからねえ、夜はああしてよく出かけるのよ。でも、ひーちゃん様が宿屋にいるんだから朝までには絶対戻るでしょ」
「 ……あ、貴方たちは一体何なんだ…」
  龍麻は初めて鬼道衆たちに対し表情を翳らせ、心底疑わしいというような視線を向けた。
  すると雷角が一歩前へ出て言った。
「 われらは鬼道衆。九角国再興を目指し、憎き徳川を滅ぼす者です!」
「 そして天下を御屋形様に!」
「 徳川に組する飛水も滅ぼす!」
「 潰すぜイエ!」
「 おでたち、強いぞ鬼道衆〜!!」


  ゴッゴーン……!!


「 な、何…っ!?」
  その時、不意に遠くの方で激しい轟音と共に何かがひどくざわめく音を龍麻は聞いた。
「 えっ、まさかもう来たのかえ…!?」
  水角は多少驚いたようになりながらも、すぐにフフンと強気な笑いを浮かべた。
「 やっぱりわらわのひーちゃん様愛人説は正しかったようだね!」
「 飛水のくせにひーちゃん様を愛人にするなんて生意気過ぎだぜ!」
  これにふんふんと鼻を鳴らして憤慨したのは風角だ。
  隣にいた雷角もぎゅっと拳を作ると不敵に笑った。
「 ふふふ、我らを相手に1人で乗り込んでくるとは愚かな…! 返り討ちにしてくれようぞ!」
「 倒すぜ玄武!」
「 奪うぜ最後の鍵イエイエ〜!!」
「 よし、行くぞ皆の者!」
「 おー!!」
「 ちょ、ちょっと…!」
  本当に如月が!?
  しかしそう問いかける龍麻に答えてくれる者はなかった。鬼道衆たちはあっという間に姿を消し、その場から龍麻を置いていなくなってしまったのだ。
  ただ1人。
「 おで、見張りだど〜♪」
  牢屋番の岩角を残して……。
「 如月…!」
  龍麻は無力な自分を呪い、そして悔しさで身体をカッと熱くした。



  《現在の龍麻…Lv13/HP58/MP50/GOLD7490》


【つづく。】
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