第68話 半月の夜

「 うおー、すっげえでけえ町だなあ!」
  徳川国―。
  その賑やかな人波、近辺の村や町からは想像もできない程の大きな建物や外壁を見上げ、コスモレッドこと紅井猛は大声を上げた。
「 猛、ちょっとは黙りなさいよ。田舎者丸出しじゃない」
「 そうだぞ、レッド。ヒーローは如何なる状況にもクールに対応しないとな。これくらいの事でいちいち騒ぐなよ」
「 煩ェなあ! お前らだって俺っちたちの村を出る時、徳川へ行ったらあの店に行きたいだの、あの土産が買いたいだの、目ぇキラキラさせて言ってたじゃねーかよ!」
「 ははは…」
  相変わらずぎゃーぎゃーと言い争いをするコスモたちを楽しそうに眺めながら、龍麻は自らも改めて2度目の訪問国である徳川の街並を見やった。
  前回来た時と同様、入国した途端ザーザーとした激しい雨に見舞われたが、今はもう止んでいる。そしてその怪しい雨以外、徳川にこれと言って変わったところは見受けられなかった。
  忙しなく働いている人間もいれば、買い物に興じる者も大勢いる。
「 さっ。じゃあまずはお爺ちゃんのおうちへ行きましょう!」
  龍麻がぼうとそんな人通りを見つめていると、コスモピンクこと本郷桃香がパンパンと手を叩いて未だ喧嘩を続けている2人に向かってそう言った。背後に立つ薬屋の2人は自国に戻れて心底ほっとしているようだが、さすがに疲れた顔をしていた。
「 国巡りをするのはちゃ〜んと最後までお爺ちゃんたちを送り届けた後よ。いいでしょ、2人共?」
「 お、おお、勿論だぜ!」
「 そうだな。それじゃあ行こうぜ、龍麻たちも!」
「 あ…うん」
「 悪いが」
  すると一番先頭に立っていた如月がそんな3人と龍麻に振り返り、素っ気無く言った。
「 僕はこれから行く所がある。君たちとはここで失礼する」
「 えっ…翡翠?」
  龍麻が驚いたように声を上げると、如月はちらと視線を寄越し、言い含めるような口調で続けた。
「 龍麻は村雨たちが白虎と朱雀を連れてここへ来るまで彼らと一緒にいてくれ。その方が安全だ」
「 何で…。俺も翡翠と一緒に行くよ」
「 君は連れて行けない」
「 何で…」
  ぴしゃりと言う如月に近寄り難い何かを感じて、自然龍麻の問い詰める声は小さくなった。
  それでも如月が自分を置いて何処かへ行こうとしているのを止めたくて龍麻は再度恨みがましい声を出した。
「 俺たち、仲間なんだろ?」
「 ああ」
「 だったら…」
「 だから、青龍を救い出す為に地下へ下りる許可がいるんだ」
「 誰の?」
「 ……後で話す」
「 翡翠…っ」
  けれど如月は龍麻にそれだけを言うと、後はもう振り返る事もなくその場を去ってしまった。

  如月がパーティから離れた!!

「 龍麻、行こうぜ」
  茫然とする龍麻に、暫くしんとしていた3人のうち紅井が声を掛けた。
  続いて黒崎も。
「 龍麻、如月さんにも何か色々考えがあるんじゃないかな。心配しなくても、この国にいればあの人はちゃんと俺たちの所に戻って来てくれるんだから、今は俺たちと一緒にいようぜ」
  最後に本郷が同意するように固く頷いた。
「 そうよ龍麻君。とりあえず今は何が起きるか分からないし、一人でいるのはよくないわ。あのターフ村で会った…村雨君たち? が、龍麻君の仲間を連れて来てくれるんでしょ? だったらそれまでは待ってましょうよ」
「 みんな…」
  3人の元気オーラに当てられ、龍麻もつられたように小さく笑った。
  するとそんな龍麻たちの様子を見ていた薬屋の娘がおずおずとながら前に出てきて言った。
「 あの皆さん、もし宜しかったらお連れの方が戻られるまで私たちの所で休んで行って下さい。お礼もしたいですし…ね、お爺ちゃん」
「 おお、そうだな…! 是非!」
「 えっ、マジでいいのかよ爺さん! ラッキ−!!」
「 猛! でも本当助かるわ、ありがとう」
「 実は俺たち、もう宿代がピンチだったんだよな」
  黒崎がこそりと龍麻に耳打ちして苦い笑いを浮かべた。
  龍麻はそれでようやく今度こそ大きく笑った。

  龍麻は徳川国の薬屋から、お礼として「万能薬」を貰った!!(チャラリラリ〜ン!!)
  龍麻は徳川国の薬屋から、お礼として「?の薬」を貰った!!(チャラリラリ〜ン!!)


×××


  その夜。
「 こんな深夜に外に出たら皆心配するだろうけど…」
  龍麻は薬屋からそっと抜け出し、1人になった!!
  龍麻は徳川国の探索を1人で開始した!!
「 翡翠が何を隠しているのか…。あいつって何か何でも自分で抱え込みそうだし…」
  何処へ行こうという当てがあるわけでもない。それでも龍麻は呟きながら外の道を歩いた。
  未だ通りには飲み屋のはしごをしているのだろう酔っ払いや、明日の準備に追われた店の主などがちらほらと見受けられた。そんな落ち着いた雰囲気の街並を龍麻は不思議な気持ちで見つめた。
  別段、何も変わったところがあるようには見えない。
  鬼道衆たちは徳川に呪いを撒き散らし人々を困らせたと言っていたし、近隣の村では徳川に対する悪評が目立つ。
  それでもこうして歩いていると一体この国に何の問題があるのだろうかという程に、静かで、そして平和に見える。
  もっとも歩き始めてまだ三十分とは経っていないが。
「 ……あれが王宮、か」
  この国一番の大通りだろう、開けた道を真っ直ぐに歩き、龍麻はやがて徳川王がいるであろうどっしりとそびえ建つ王宮の前にまでやって来た。頑丈そうな石造りの外壁に囲まれたその城は周囲を深い池に囲まれている。そこを渡る為に必要な架け橋は上げられたままだった。
「 夜は中へ入れないようになっているのか」
「 夜だけじゃない」
「 !?」
  突然背後から声を掛けられ、龍麻は驚いて振り返った。
  いつからそこにいたのか。そこには見知らぬ男がいた。
「 ここ最近じゃ、王は滅多な事では外から来た者を中へ入れない。いや、この国の人間ですら」
「 あ、貴方は…?」
  龍麻がじりと警戒したように後ずさりすると、男は鋭い眼光をふっと緩めて口の端だけで笑った。
  真っ黒なコートで身を隠しているその男は剣を携えた戦士なのか杖を持った魔術師なのか皆目見当がつかない。見えているのはコートから少しばかり出された片手の指に挟まれた煙草だけ。男はそれを時折口に咥えては、ふっと独特の香りがする紫煙を夜の空へ向けて吐き出していた。
  そうしてその男は龍麻の方ではない、頭上に光る半月をただじっと見上げていた。
「 あの…」
「 珍しく外界へ出てみれば、くだらぬ騒ぎでここの氣は乱れ放題だ」
「 え?」
「 だが、お前がここへ来たという事は、竜は再び動き出すか…」
「 な、何言ってるんです…?」
  こちらを見ず、まるで独り言のように紡ぎ出されるその言葉。頭のおかしな人間だと放っておけば良いはずなのに、それでも何故か目が離せない。
  龍麻は冷たい汗をかきながら、目の前にいる男を黙って見据えた。
  すると男は暫くしてやっと龍麻の方を向いた。
「 俺の名は犬神」
「 犬神…?」
  名乗った犬神は龍麻にすっと何かを差し出した。反射的に受け取ってしまい、慌てて握った物に視線を落とすと、それは小さな瓶に入った聖水だった。
「 ここの魚人どもにくれてやれ」
「 ………」
「 龍麻」
  そして犬神は突然龍麻の名前を呼ぶと、その低い声色の割に随分と通る声で言った。
「 昼間は駄目だ。王の本当の姿を見られるのは…夜だけだぞ」
「 え…」
「 後は自分で考えろ」
「 !!」
  にやりと笑われ去っていくその後ろ姿を龍麻はただ見つめる事しかできなかった。
  突然現れた見知らぬ男に面食らった、それもある。
  けれど。
「 おかしい…」
  犬神と名乗った男の姿を思い返しながら龍麻は必死に昔の記憶を手繰り寄せていた。
「 あの人…俺、会った事、ない…?」
  そう、自分の村で。
  留守がちの父と共に現れた客は決して多くはなかったが、さすがに全員は覚えていられなかった。それでも、その少ない客の中にあの「犬神」という名の男がいたような。
  そして龍麻に言ったような。

  分からない事、知りたい事があるならな…ちゃんと自分で考えろ。

「 犬神先生…?」
  もうとうにいなくなってしまったその男の名前を龍麻はもう一度呼んでみた。


  龍麻は犬神杜人と知り合った! しかし犬神が仲間になってくれるかはまだ分からない!!



  《現在の龍麻…Lv15/HP85/MP70/GOLD7510》


【つづく。】
67へ69へ