第69話 恋せよ乙女

  人気のない城の周りを龍麻は息を潜めて探索した。
  しかしぐるりと一周して改めて確認したが、王宮は水に囲まれて徒歩で渡る事はできない。おまけに跳ね橋の前には屈強の兵士たちが見張りとして立っており、とてもこんな深夜に「はいどうぞ」と見知らぬ異国人を通してくれそうにはなかった。
  それでもあの犬神は「王に会うならば夜しかない」などと意味深な事を言う。
  龍麻は城の少し外れにある茂みに立ち尽くしたままじっと考え込んだ。
「 どこか…城へ渡れるような小舟でもあれば…」


「 無茶だよ、さやかちゃん!」


「 !?」
  その時、龍麻の背後で何者かの言い含めるような声が響いた。龍麻がびくりとして振り返ると、茂みの向こうで見慣れぬ格好をした若い男女が言い争っているのが目に入った。
  2人は龍麻の存在には気づかないようで、必死に何事か言い合っている。
  最初に声を聞いた若者が再び口を開いた。
「 いいかい、さやかちゃん。僕も大概甘かったけど、いい加減その我がままを直さないと後できっと酷い目に遭うよ?」
「 もう…大丈夫よ! 霧島君こそ、その慎重過ぎる性格、直した方がいいんじゃない?」
「 僕がこうじゃなかったら、今頃は2人とも徳川の衛兵に捕まってるよ」
「 そんな事ないわよ。あら、でもそれでもいいんだわ! 捕まってしまえば労せずしてお城の中に入れるじゃない? あ、それいい考えだわ! ねえ、小舟を奪う作戦はやめにして、わざとあそこの衛兵さんを困らせてあげましょうよ!」
「 さやかちゃん!!」
「 あーあ。折角苦労してここまで来たのに、稀代の名君にお会いできないなんてどういう事? これじゃあ、さやか、やっぱりこのままお母様の言うなりに隣国の王子と結婚させられてしまうわ」
「 ……それもいいんじゃない」
「 何か言った、霧島君!?」
「 知らない。……あれ?」
「 あ…」
  ふいと視線をそらした「霧島君」と呼ばれた少年は、その拍子、こちらを見やっていた龍麻とばっちり視線を合わせた。
  それで龍麻も慌てたようになってぺこりと頭を下げた。
「 あ、ごめん…別に聞くつもりは…」
「 何者だ!」
「 え」
  謝る龍麻が視界に入っていないのか、霧島なる少年は突然顔を強張らせると、スラリと鋭利な短剣を引き抜き傍の少女を護るようにして戦いの体勢を取った。少女ははじめきょとんとしていたが、不意に現れた龍麻の存在にはやはり驚いたのか、先刻までの態度とは裏腹にやや萎縮したような顔で霧島に寄り添った。
「 あの、別に俺は…」
「 僕たちの話を聞いていたね!? 徳川の衛兵か!?」
「 わ、私たち、別に怪しい者じゃないんですよ? ただ、王様にどうしてもお会いしたかったから…」
  先ほどまで「わざと衛兵に捕まろう」などという不遜な話し合いをしていたくせに、いざそういう場面に直面するとやはりそれは困るのか、2人はすっかり警戒したように龍麻に向かって牙を向いた。
  龍麻はただ困惑したようにそんな2人の前で何度も両手を振った。
「 ち、違う、違うよ! 俺の格好見れば分かるだろ!? 俺は徳川の衛兵じゃなくて…この国の人間でもない、ただの旅の者だよ!」
「 ……本当だろうな?」
「 ホントだよ!」
「 私たちのこと、あそこにいる見張りに話しますか?」
「 話さない!」
「 簡単には信じられない…」
  霧島少年は依然として剣を龍麻に向けたままだ。それが危なっかしくて恐ろしくて、龍麻はそれこそここから逃げ出したかったが、どうやら目的が同じらしい彼らを敵に回すのは得策ではないと思った。
  だから正直に自分から話す事にした。
「 お、俺は緋勇龍麻。実は俺も、徳川の王様に会いたいと思ってるんだよ」
「 王に…?」
「 では貴方も何処かの王族の方なの?」
「 え!? じゃ、貴方たちはそうなの!?」
「 さやかちゃん!!」
  驚く龍麻に、霧島が怒ったように少女を呼んだ。少女は「あ」と慌てて口を塞いだが、時既に遅し。
  少年はフーとため息をついた後、ゆっくりと剣を鞘に戻した。
「 緋勇さん…と言いましたか。どうかこの事は内密にお願い致します。僕たちがここにいる事が公に知れてはマズイのです」
  疲れたように霧島少年は言い、背後に立つ少女を前に促すと荘厳な面持ちで言った。
「 こちらは鳳銘国の第一皇女、さやか姫。僕は彼女の異父弟で諸羽と言います」
「 弟だけどお兄さんみたいなものなのよね」
  さやか姫がにっこり笑ってそう言った。
  龍麻は「はあ」と答えながら、その突然現れたさる国の姫と王子を不思議そうに見やった。


  鳳銘国は代々王妃が国を治める。さやか姫は今年で16歳になるのだが、ある日母王から「友好国であるサギモリ国の王子と婚約しろ」と言われたのだと龍麻に話した。
「 それが…会ってみて本当にびっくりしました。これがもうどうしてくれようって程、頭のおかしい人だったんです」
「 え? あ、頭がおかしい…?」
「 そうなんです。いっつも蛇を首に巻いていて、『ケッケッケ』ってずっと笑ってるんですよ!?」
「 そ、それはおかしいね…(汗)」
「 それでさやかちゃん、帰ってくるなり僕に言ったんです。『あんな変態ブサイクと結婚するくらいなら、王位継承権なんか捨ててやる!』って」
「 顔が嫌いだったんだ…」
「 顔も嫌いだけど心も嫌いです!! 『ケッケッケ』ですよ!?」
  さやか姫はそのサギモリ国の「斬己王子」という男の真似をした後、地べたに座りこんだ状態でめそめそと両手を覆って泣き出した。
「 あ、あの…」
  それで龍麻は慌てたが、霧島王子は慣れたように「気にしないで下さい、嘘泣きですから」と取り合わなかった。
  王子は続けた。
「 王妃様も苦汁の決断だったのだと思います。何せここ最近、世界では不穏な事ばかり起きるでしょう? モンスターの数も増えてきたし。僕たちの国は古来から詩や音楽を愛する戦いとは無縁の国で、元々剣術や魔術に優れた者が少ないんです。そこで妖術に秀でたサギモリの力を借りようと…」
「 つまりは政略結婚なんです、政略結婚! 何故! 鳳銘国を継ぐ王となる私が自分の好きな人と自由に結婚もできないんですか! こんな理不尽な話ってないです!」
「 さやか姫は好きな人がいるんですか?」
「 ………これから作ります」
「 え?」
  ぼそりと言ったさやか姫に龍麻は首をかしげて聞き返した。
  霧島王子が呆れたようにため息をつき、代わりに答える。
「 さやかちゃんに好きな男の人なんていませんよ。この人、歌っている自分の事が一番好きなんです。王妃様も『このまま放っておいたらこの子は一生独身だ』って嘆いてましたから」
「 何よ何よ! 霧島君だって女の子にキョーミないホモ男のくせに!」
「 さやかちゃん! また言ってはいけない事を言ったね!!」
「 だってそうじゃない!」
「 違う! 京一さんはそんなのじゃない!!」
「 京一!?」
  突然出て来たその名前に龍麻はぎょっとなって大声をあげた。
  途端、2人はびっくりしたようになって声を止めた。
「 どうか…しましたか?」
「 あのっ、あの、今京一って…!」
「 はい…? あ…緋勇さんは京一さんとお知り合いなんですか!?」
「 京一って、蓬莱寺京一!?」
「 そうです!!」
  霧島王子も驚いたように声を上げた。龍麻は一瞬茫然としたものの、一体何処で京一と会ったのかと問いただした。
  それにはさやか姫がすぐに答えた。
「 私たち、ここへ来る途中にシンジュク山を横切ったんです。その方が近道だと思って…。でもあそこは思った以上に岩場がキツくて溶岩も多くて…モンスターまで…。でも、その時京一さんに助けられたんです」
「 そ、そうなんだ…」
「 京一さんは素晴らしい剣士です! 強くて真っ直ぐで、美しくて…! 僕の理想なんです!」
  興奮したように言葉を継ぐ霧島王子にさやか姫は肩を竦めて見せた。
「 別れてからずっとこの調子。どうせ叶わない恋なんだからやめなさいって言ってるのに」
「 だからそういうのとは違うって言っているだろう!」
「 あの…?」
  早い展開についていけずに龍麻が困ったように口を挟むと、さやか姫は笑って続けた。
「 京一さん、言ってました。自分にはこの剣も命も全部を捧げても惜しくない大事な人がいるんだって。だからもっと強くなりたいって」
  ほうとため息をついてさやか姫は片手を頬に当てた。
「 素敵ですよね。私もそんな風に誰かに言われてみたいです」
「 京一が…」
「 別れて初めてその人の大切さが身に染みて分かったって言ってましたけど…。緋勇さんは京一さんとどういうご関係なんですか? 京一さんにあそこまで言わせる方の事、ご存知ですか?」
「 い、いや…。知らなかったよ、京一にそんな人がいたなんて…」
  それなのに自分の旅に無理やり同行させてしまって申し訳なかった。龍麻はそう思い、項垂れた。(バカ〜)
  あのハーレムタウンでの別れの時、京一は必ず自分の元に戻ってくると言ってくれた。けれどよくよく考えれば京一には自分と会う前の、京一自身の為の旅があったはずなのだ。大切な人がいたのなら尚更で、これはまた会った時には早くその人の所に戻ってあげろと言ってやらねばと龍麻は思った。
  そう思うと何故かちくりと胸が痛んだのだが。
「 あの、緋勇さん? どうしました?」
  ぼんやりする龍麻にさやか姫が不思議そうに訊いた。
「 あ、ごめん何でもない…。それで、何の話だっけ?」
「 本当。さやかちゃん、何の話だっけ?」
「 もう、2人とも! だから、私の好きな人探しの話でしょう!」
  すっかり剣士・京一に意識をもって行かれてしまっている2人の男に業を煮やしながら、さやか姫はキーッと怒ってみせてから息を吐いた。
「 ……つまり、私も霧島君みたいな恋がしたくて、素敵な出会いを見つけたくて…。だから名君だと噂の徳川王にお会いしに来たんです」
  けれど王は誰とも会わないと扉を開けてくれない。
  途方に暮れていたというわけである。
「 それじゃ…3人で協力して中に入らない?」
  龍麻が持ちかけると2人は顔を見合わせ、そして改めて不審な顔で問いかけた。
「 そういえば…緋勇さんってどういう人なんですか?」
「 え、俺?」
  龍麻は途惑ったように自分自身を指さし、今更「勇者」だなどと名乗るのも気恥ずかしいと口篭ってしまった。
  そんな3人の頭上では「ホーホー」とふくろうが面白そうに鳴いていた。


  龍麻は鳳銘国王子・霧島諸羽、同国王女・舞園さやかと知り合った!
  しかし2人が仲間になるかはまだ分からない!
  (2人に何で苗字があるの?とかくだらない疑問は持たないように!)



  《現在の龍麻…Lv15/HP85/MP70/GOLD7510》


【つづく。】
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