第71話 フリーパス城内 |
王宮の小舟は案外と簡単に見つける事ができた。 「 彼らが目覚めないうちにさっさと渡ってしまいましょう」 「 …よく考えたら、交替の見張りの人が来たらその時点で大変な事に…」 「 さあ、早く早く!」 さやか姫は龍麻の不安などにまるで耳を貸さない。これから憧れの徳川王を見られるという事で興奮しているのかもしれない。颯爽と小舟に飛び移ると、櫂を持ってにこにこしている。 「 元気だなあ」 龍麻は既に魔法のメイド服で10のHPを消費しているのでぐったりだ。勿論、精神にもかなりのダメージがある。 「 龍麻さん」 すると傍に立っていた霧島王子が先に自分が小舟に乗り、龍麻に向かって手を差し出した。 「 揺れますから」 「 あ…ど、どうもありがとう…」 いやに紳士的な態度を取る霧島王子に龍麻がびっくりした顔をしていると、さやか姫が冷めた目をして言った。 「 霧島君、さやかには手なんか貸してくれなかったくせに」 「 さやかちゃんが先に乗っちゃったからだろ」 「 ふ-ん? じゃあそういう事にしておいてあげる」 「 ………」 「 …?? どうしたの?」 何やら先ほどとは微妙に様子のおかしい2人に龍麻は首をかしげた。 それでも王子の手を取り、龍麻は自らも小さな木の舟に足を掛けた。霧島王子がいやに熱っぽく手を握って暫し離さないのはやっぱり何となく不気味だったが、それには敢えて気づかないフリをした。 「 じゃあ、しゅっぱーつ!」 さやか姫が言って舟を漕ぎ出す。まずは遠目にぐるりと王宮の外周を見て回ったが、すぐ裏手に兵士が出入りしているのだろう小さな通用門を見つける事ができた。 舟は迷いなくそこへと進んで行く。 木の扉を開き、暗い小さな通路を抜けて中へ潜入。周囲は石の壁に囲まれていたが、ピチャンピチャンと時々水音がする以外、静かなものだ。 「 奥に見張りの兵士とかいないのかな…?」 しかし龍麻の心配は杞憂に終わった。 当然、舟の停泊場には交替の兵士たちの休息所が隣接されてあるのだろうと思っていた。そこでの一戦もまたやむなしと思っていたのだ。 けれど予想に反して、そこには誰もいなかった。 舟をロープでくくりつけ、龍麻たちは実にあっさりと城の中に入り込む事に成功した。 「 ねえ…おかしくない? 何でこんな無用心なの?」 明りが1つついただけ、あとは人っ子一人いないその静寂を逆に龍麻が訝しむと、霧島王子も舟から降りながら深く頷いた。 「 確かに妙ですね。王宮の周りをあれだけ大勢の兵士で囲みながら、それ以外がこうも手薄だなんて。それに、如何に深夜とはいえ静か過ぎます」 「 何言ってるの、霧島君。ここは地下よ。それなりに静かなのは当然よ」 能天気なのはさやか姫だけだ。 彼女は今にも1人で先へ行ってしまいそうな勢いで辺りを見回した後、忙しない様子で言った。 「 きっと見張りの人は皆で食事に行ってしまっているか、どうしてもトイレが我慢できなくて席を外してしまっているのよ。私たちに運が回ってきたって事ね。分かったら急ぎましょう」 「 果てしなく楽観的なお姫さまだなあ」 龍麻がぽつりと呟くと、霧島王子もハーとため息をついて相槌を打った。 「 あれでも昔はもうちょっとおしとやかだったんですけどね」 「 ふうん?」 「 彼女も色々と苦労しているんです。生まれた時から一国の王たる事を求められて育てられてきたでしょう。その重圧は僕なんかには計り知れません。本当はただ大好きな歌を歌っていたいだけなのに」 「 そっか」 「 だからこそ、ああやっていつでも明るく前向きな彼女を助けてあげなくちゃって思うんです」 「 2人共、何をしてるの? 早く先に行きましょうよ。上への階段があるわよ!」 さやか姫が遠くから呼んでいる。龍麻はそんなさやか姫を見つめる霧島王子を横で眺めながら、心が温かくなる思いがした。 「 霧島君」 「 何ですか?」 「 君って偉いんだね」 「 なっ…突然どうしたんです?」 いきなりしみじみとそんな風に言う龍麻に、霧島王子は面食らったようになってやや仰け反った。 龍麻はそんな相手には構わずににこにことして言う。 「 俺、何となくさやか姫の大変さって分かるな。いや、俺なんかに分かった風にされるの、彼女も迷惑だと思うけど。責任とか、使命とか。そういうものの重さってやっぱり辛いと思うから…。でも、そういうものを背負っている彼女の大変さを分かってあげて、ちゃんと支えてあげてる霧島君もすっごく大変だと思うから」 「 龍麻さん…?」 「 だから霧島君も偉いなって。きっとさやか姫もすごく助かってると思うよ」 「 そ…のつもりです」 「 うん?」 「 さやかちゃんの右腕として…。彼女を支える事が、僕の使命ですから。彼女に少しでも楽をしてもらいたい…」 「 うん」 「 それが僕の…」 「 うん。じゃあ行こう?」 「 龍麻さん!」 しかし、本当に1人先へ行ってしまいそうなさやか姫の後を追おうと龍麻が駆け出そうとした瞬間、霧島王子が何を思ったのがぐっと龍麻の手首を掴んできた。 「 わっと…! ど、どうしたの霧島君?」 「 龍麻さんは…」 「 え?」 「 貴方にも、何か大切な使命があるのでしょうか」 「 え、俺?」 不意に真面目に質問されて龍麻は途惑った。 霧島王子は龍麻の手首を掴んだままだ。 「 どうしてでしょうか…。不思議です。貴方を見ていると、僕は何か…何か、今まで感じた事のない感情に揺さぶられてしまいます。貴方もさやかちゃん同様、いえ、それよりも何かもっと大きなものを抱えていて、苦しんでいて…。僕はそれを和らげる為に何かしなければならないのでは、と…」 「 え…お、俺は平気だよ。俺は…ただの平凡な村の人間だから…」 「 ………」 「 だから…」 そうは言いつつも、龍麻は不意にあの鬼道衆に捕まった時の事を思い出していた。鬼道衆の1人、水角が言った言葉も。 ひーちゃん様って何者なんだい? 「 龍麻さん…?」 「 あ。な、何でもないよっ。本当に早く行こう? さやか姫、もう見えなくなっちゃったよ?」 「 ………そうですね」 納得しかねる顔をしたものの、霧島王子は仕方なく頷いた。 それで龍麻もようやく言う気になった。 「 あの…それで、そろそろ手を離してくれない?」 「 え…。あ! す、すみませんっ!」 「 あ、いや、いいんだけど…」 「 ……っ。嫌でしたか、そうですよね…!」 「 え? いや、そうじゃなくて…。すごく強く掴むもんだから…ちょっと痛かったんだけど…」 「 すみません! じゃ、じゃあ行きましょう!」 「 あ! ちょっ…待ってよ霧島君!!」 急に真っ赤になって駆け出す霧島王子に翻弄されながら、龍麻は自分もいよいよ焦って暗い石の階段を駆け上った。 ××× 徳川王国、王宮内――。 「 静か過ぎる…」 霧島王子はその異様な雰囲気に息を呑み、呟いた。 「 うん…」 龍麻もそのしんとした真っ暗な王宮内に眉をひそめる。自分は夜の王宮の様子など知らないが、普通に想像するに、見張りの兵だとかはもっと辺りを巡回してるだろうし、王宮に住む人間たちとて、少しはまだ起きていても良さそうなものだと思った。 しかし少なくとも、龍麻たちがいる中庭に通じた通りには誰もいない。子猫の一匹すらも。 「 私たちのお城だったら、この時間は吟遊詩人たちが楽しい恋の歌を奏でたりしているのにね」 さすがにさやか姫もあまりにしんとした城の内部に驚きを隠せないようだ。 それでも3人は自然忍び足になりながら、とりあえずはどんどんと歩を進めた。 「 うーん…」 しかし、王宮内はいかんとも広過ぎた。一体どこが王の寝所なのか、そもそも無事に元の場所に戻れるのか、それすらも疑わしい。 「 手分けして探す?」 「 バカなっ。さやかちゃん、いい加減そんな考えなしの発言は控えてくれなくちゃ困るよ!」 「 だって3人で歩いていたら目立つし、効率も悪いでしょう? 1人は1階担当、1人は2階担当とか…にしない?」 「 駄目ったら駄目だよ! そんな事言うなら今すぐ引き返すからね!」 「 もう…」 「 ねえ」 そんな2人の言い争いに耳を傾けていた龍麻は、しかし不意に耳に入ってきた微かな音にぴくりと反応を返した。 それは通りにある一番奥の部屋。 そこから確かに、何かボソボソと話し声が聞こえたような気がした。 「 あっち」 「 あ、龍麻さん」 「 龍麻さん、お1人では危険ですよ!」 フラフラと誘われるようにして先を行く龍麻に、霧島王子たちが小声で呼ぶ。 それでも龍麻が音に誘われるようにしてそこへ行くと、扉から仄かに漏れる明りの向こう、不意に何人かの囁きあう声が聞こえた。 「 聖水はこれで全部か…。他の者にも行き渡ったんだろうな」 最初に聞こえたのは、どことなく威厳を感じさせる声。王宮内を取り仕切る大臣か将軍か。 問われた方は衛兵だろうか、びしっとした張りのある声で素早く相手に答えている。 「 はっ! 祈りの済んだ者も各自部屋に戻りました。鍵を掛けるよう、指示もしてあります。…ただ、ダゴン中将殿らはまだ宝物庫の方からお戻りでなく…」 「 フン、放っておけ。あんな奴ら、あの化け物に喰われてしまうがいいのさ。我らは王と我ら自身の命を護れればそれで良いのだ…」 どうにも、あまり良い話ではなさそうだ。 こっそり息を潜めながら、龍麻は尚もドア向こうの2人の会話に耳を傾けた。 すると、部下らしい衛兵がふと口調を変えて言った。 「 ところで、昼間の飛水の件はどうなさいますか」 「 !!」 突然「翡翠」の名前が出たことで龍麻は思い切り目を見開いた。 それに対し大臣らしき人物は冷めた声で言った。 「 王の許しが得られなければ地下への門は開けられない…。それは古来よりずっと変えられなかった事。あやつもそれくらいは分かっておろう。今日に限って随分と食い下がっていたようだが…。まあ放っておけ。あれはあれで、自分が動ける分だけ動くだろうさ」 「 はっ…」 「 翡翠…」 訳も分からず、龍麻は思わず如月の名前を呼んだ。 そして、呼ぶともう勝手に身体が動いていた。 「 あっ、龍麻さん、何処へ!?」 「 分からない…。でも、翡翠がここへ来たみたいなんだ。俺、探さないと…!」 「 ちょっ…ヒスイって?」 「 龍麻さん!」 引き止める2人に構わず、龍麻は踵を返すと当てもなく再び王宮内を歩き出した。 如月の仕える主とは、まさか徳川王の事なのだろうか。何故か胸によぎる嫌な予感を抱えながら、龍麻は如月のあの物憂げな横顔を思い出していた。 《現在の龍麻…Lv15/HP75/MP70/GOLD7510》 |
【つづく。】 |
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