第73話 憧れの三角関係 |
チャキンと刀を鞘に戻し、霧島王子は背後にいる龍麻たちを振り返った。 「 もう大丈夫です」 「 ………」 「 あ〜びっくりした!」 魚人を滅ぼした霧島王子を見て、さやか姫はすっかり安心したようになってさっさと階段を下りた。それからきょろきょろと辺りを見回し「もういないみたい」と小声で言った。 「 ………」 あっという間の戦闘で、ほぼ霧島王子の快勝であったが、龍麻はその場から動く事ができなかった。 「 龍麻さん」 「 あ…」 ふと気づくと、そんな龍麻のすぐ傍に霧島王子が立っていて心配そうな視線を向けてきていた。青褪めた龍麻を慰めるようにそっと頬に片手を添える。 「 もう大丈夫ですから。歩けますか?」 「 ご、ごめん…っ」 慌ててその手を払い頷く龍麻に、霧島王子が少しだけ悲しそうな顔をする。背後でそれを見ていたさやか姫は「う〜ん」などと言って腕組をしていた。 龍麻はそんな2人を見ないようにしながら階段を下り、魚人が消滅した後に転がった金色の玉を見下ろした。 未だ妖しく光り輝くそれに実に不穏なものを感じる。 「 ……っ」 けれど龍麻がそれに触れた瞬間、それは音もなく消滅した! 「 あ……」 「 まあ、消えたわ」 それを見ていたさやか姫が驚いたような声を上げた。それから自分の手をじっと見つめている龍麻を不思議そうに見つめた。 後からやってきた霧島王子も同様だ。 「 ……岩角が持っていたやつと似ていた」 「 え? 何ですか?」 「 誰ですか? ガンカクさん?」 ぽつりと呟いた龍麻に2人が怪訝な声で訊いた。龍麻はそんな2人に曖昧に答えた後、神官たちがやって来ただろう方向へフラフラと歩き出した。 「 龍麻さん…」 そんな龍麻を霧島王子が心配そうに呼んだ。さやか姫も不安そうに言葉を出す。 「 ねえ霧島君…。龍麻さんって本当にただの旅人なのかしら…?」 「 ………」 さやか姫のその問いに霧島王子は答える術を持たなかった。 龍麻が何かに誘われるように向かった先は、大きな宝物庫だった。 「 駄目ですね…。当たり前ですが鍵が掛かっています」 一応その扉に手を当てた霧島王子が首を横に振った。 「 何よ霧島君。魔法の鍵、持ってきてないの?」 不服そうに頬を膨らませるお姫様に対し、王子はそれよりも不快な顔をして肩を竦めた。 「 無茶言うなよさやかちゃん。あんな大切な物、そうそう簡単に城から持ち出せるわけないだろう。それに他所の国の宝物庫を開けるなんて、フツーの状況だったらあり得ないよ」 「 あら、DQ世界じゃ常識よ。冒険者は人の家のツボだって箪笥だって何だって覗くんだから」 「 はあ? もう、さやかちゃん、今はそんなワケの分からない話している場合じゃ…」 「 しっ」 2人の会話を黙って聞いていた龍麻が、ふと扉向こうの気配に気づいて声を潜めた。 さやか姫たちもそれでしんと黙り込む。なるほど、確かに向こうに何者かの話し声が聞こえた。 ドア向こうの人間たちは何やら異様にはしゃぎ、そして意味不明な笑声を立てていた。 「 ヒッヒヒヒ…。貯まるぞ貯まる。お宝じゃ…!」 「 ダ・ゴ・ン将軍〜。ゲヒ、見て下されこの美しい輝きを…! ゲヒ…ゲヒヒヒヒ…」 「 ホッホホホ…。キレイ! キレイ!」 「 汚い笑い声…」 さやか姫が眉をひそめて思い切り嫌味な声を発した。龍麻も表情を翳らせて扉向こうの人物たちの声に耳を傾けた。 すると一通り宝を愛でて満足したのか、1人がふと思い出したような声を発した。 「 そういえば大丈夫でしょうな、あの飛水のガキ…」 その名前に龍麻はびくりと肩を揺らした。 そんなドアの外の気配には気づかず、彼らは話を続けている。 「 あやつめ、前王の信頼が厚いのを良い事に大きい顔で宮中をうろついておる…。しかも最近は、妙にちょろちょろと地下神殿周辺を探っている様子」 「 ああ、今日は王に増上門へ降りる許可を願い出ていた…。無論、許されなかったがな…ククク…」 「 まったく、王がご病〜気だというのに、余計な心労を御掛けしおって…ヒッヒヒヒ…」 「 何なんだ…」 不気味な笑声を立てながらどうやら如月の話をしているらしい彼らに、龍麻の心臓はより早鐘を打ち出した。 とにかく何か悪い事が起きているのは間違いがないのだ。 「 龍麻さん!」 その時、霧島王子が低く囁くような声で、しかし切羽詰まった様子で龍麻の背中を思い切り引き寄せた。 「 わっ…!?」 「 しっ!」 「 大変です!!」 龍麻が霧島王子によって通りの向こうから身体を隠すように裏手の壁に回ったのとほぼ同時。 「 ダゴン様っ!」 「 ええい、騒がしい! 何事だぁッ」 龍麻たちがやってきた方向からダダダと物凄い勢いで宝物庫にやってきたのは、どうやら城内を護る親衛隊の1人だった。荒く息を切りながら、中にいる「ダゴン」という男に報告する。 「 へ、兵が…。王宮の見張りの兵たちが全員倒れてしまっています!」 「 なぁにぃ!? それは一体どういう事だっ」 「 わ、分かりません…! 命に別状はないようなのですが…。どの者も幾ら叩いても揺さぶっても目覚めようとしないのです…!」 「 何という事だ〜! 侵入者はおらんのだろうなっ!?」 兵士の報告に別の人間が歯軋りして怒鳴りつけた。兵士はその相手の様子に怯えたようになりながら何とか答えていた。 「 ただ今兵を増やして王宮内を探らせております…ッ!」 「 …それって龍麻さんが眠らせた兵の事ね。もうバレちゃったんだ」 身を潜めた状態でさやか姫がぼそりと囁いた。 霧島王子も眉間に皺を寄せ、「まずいな…」と呟いた。 「 龍麻さん、これ以上ここにいるのは危険です。一度出た方が」 「 うん…でも」 龍麻は霧島王子の助言をもっともだと思いながらもやはりその場を動く事ができなかった。 まだ王に会っていないのに。それにあの勾玉の秘密も。 「 龍麻さん…!?」 しかしこんな危機迫る中、未だ考えた風の龍麻に霧島王子がさすがにイラだったように呼んだ。 「 考えている暇なんかありません! さあ早く!」 「 でも」 けれどそれを止めたのはさやか姫だった。 「 まだ王にお会いしていないのに、このままお城を出るなんてできないわ。何とか東の塔まで行きましょう」 「 まっ…まだそんな事言ってるのかい!? 兵士の数はこれからどんどん多くなる…! その前に逃げなくちゃ…!」 「 逃げるって言っても、あの小舟まで戻るのも一苦労だし。いっその事朝が来るまでお城の何処かに潜んでいて、朝日が昇るのと同時にお城の人間装って跳ね橋渡って戻った方が安全だと思うわよ?」 「 ……どうして君はそう大胆なんだ」 「 王女の宿命かしらね」 「 ………」 2人の言い合いに龍麻が黙っていると、霧島王子はさやか姫の同意を得る事を諦め、そんな龍麻の方を顧みた。 「 どうします、龍麻さん。まさか貴方もさやかちゃんと同じ意見だなんて言うんじゃないでしょうね」 「 俺…俺は…」 しかし龍麻が自分の考えを霧島王子たちに言おうとした、その時だった。 「 ぎゃあああああ!!!」 「 !!?」 突然宝物庫の方から、たった今そこへ飛び込んで行った兵士の叫び声が聞こえた。 「 何だ…!?」 「 あ、龍麻さん!!」 止める霧島王子に構わず、龍麻がだっと駆け出して宝物庫へと飛び込む。 するとそこには…。 「 む…? 何だあ、貴様は…!?」 「 う…うぐぐ…ぐぐぐ……」 「 あっ」 見るとそこにはたくさんの宝を前に立ち尽くす3人の男―どうやら城の大臣か将軍たちらしい―と、今まさにそんな彼らに斬りつけられ、床に倒れ伏してしまった兵士の姿があった。 「 だ、大丈夫…!?」 「 貴様は何だと訊いているッ!」 「 龍麻さんっ! ……あっ!?」 慌てて後を追ってきた霧島王子とさやか姫も宝物庫の惨状に思わず目を見張る。兵士はどくどくと血を流し、苦しそうな呻き声を上げているというのに、3人の重臣たちは妙ににやけた笑いを浮かべている。そうして後からやってきた2人の事を品定めするかのようにジロジロと眺めた。 「 何だぁ…? まだ見知らぬ鼠がいたか」 「 貴様らか? 城の見張りを眠らせ、我が城内に入り込んだ不届き者は…」 中央に立っている一番偉そうなガタイのある大男がそう言った。 これにはさやか姫がキッとなって口を開いた。 「 我が城内ですって!? ここは徳川王のお城でしょう! その言い方は一体何なの!!」 「 王はご病気でなぁ。それはそれは重〜い病にかかっておられる…」 「 ダゴン将軍、私が?」 「 いや、いい」 ダゴンと呼ばれたその一番偉そうな男はたった今兵士を斬り付けたらしい大剣を龍麻たちに閃かせながら、またしてもにやりとした粘着質な笑みを浮かべた。 「 現在は体調の思わしくない王に成り代わり、このダゴンがこの国を執り仕切っておるのだ。見たところ貴様らは城の者ではないし、どうやら徳川の人間でもないらしい。くくく…臭いで分かるわ…。呪いの香りがせんからな…」 「 呪いの…?」 霧島王子が剣を抜きながら不審な声を上げる。さやか姫は背後に回って兵士の傷を看ていたが、龍麻に「今ならまだ助かるわ」と小声で囁いた。 龍麻は黙って頷き、そしてダゴンの持つ剣の鞘についている物を顎で指し示した。 「 貴方たちも持ってるんだね、その勾玉…。何処で手に入れたの?」 「 む…」 「 貴様っ。何故これの事を知っている!?」 「 それで他の人たちをおかしくしているの?」 「 龍麻さん…?」 3人の臣下だけでなく、霧島王子も妙な点に着目した龍麻に疑問の目を向けた。 しかし龍麻は気を抜けない。目の前のダゴンを睨み、じっと相手の返答を待った。 「 く……くくくくく」 しかし、相手は。 「 くくくくく…これが欲しいのか、小僧…!」 「 ダゴン様ッ、こやつら怪しいですぞ、怪しいッ。ややややっつけてしまいましょうぞっ。そこの役立たずのクズ兵士と同じで、我らのこれを狙っておるのですッ」 「 言われんでも倒してやるわ…。こんなゴミ…」 ピシピシピシ…。 「 !?」 ダゴンが頷いたと同時、3人はそれぞれが身に着けていた勾玉を強く握った。 するとそれが一瞬妖しく光ったかと思うと、3人はみるみるうちに人ではないものに変わっていった!! 「 あ…!?」 しかしその姿は魚人ではなかった。 今までに見た事もない、天井に頭がついてしまいそうなほどの巨大な異形だ。 「 ぎょ、魚人じゃないのか…!」 「 ケケケケ! 我らをあ〜んな醜いモンと一緒にするナッ! 俺たちは闇に潜むモンスターの中でも最上位に数えられる黒竜様の右腕なんジャ〜!!」 「 ヒヒヒヒ、ギタギタのメタメタに切り刻んでやるぜ〜!! ヒヒヒヒヒ!」 びりびりに破けた服から覗いたその体躯はそれぞれが緑、赤、青といやに派手な色あいをしており、その姿は魚人というよりは牛人という表現がぴったり当てはまった。 「 一体…どうなってんだ…」 龍麻が茫然と呟くと、霧島王子がさっとその前に立ちはだかって厳しく言った。 「 パワーだけはありそうですね。下がっていて下さい、龍麻さん」 「 霧島君、1人で大丈夫!?」 怪我をした兵士の腕を肩にかけたさやか姫が通路の方へ避難しながら霧島王子に声をかける。どうやら自分は戦闘に参加する気はないらしい。それも霧島王子を絶対的に信頼しているからであろうが。 しかし、この化け物3体を相手に霧島王子1人とは、幾ら何でも無茶が過ぎるだろう。 龍麻は自分も戦いの体勢を取った。 「 俺も戦うよ!」 「 何言ってるんですか、邪魔です!」 「 なっ…! 俺だって戦えるったら!」 完全に戦力外とみなされて龍麻はカッと頭にきたように叫んだ。 それでも霧島王子は取り合わない。 「 無理です。いいから僕に任せて下さい!」 「 そっちこそ無理言うな!」 「 無理を言ってるのは龍麻さんです!」 「 言ってない! 霧島君の方が勝手だ!」 「 龍麻さん!」 しかし2人がそんな言い争いをしていた、まさにその時――。 「 斬!」 「 ギャアアアア!!」 「 な…!?」 突然背後から長く鋭い刃のようなものがビュッと駆け抜けたかと思うと、目の前に立ちはだかる3体のモンスターのうちの一体が絶叫と共にもんどり打って倒れた。 モンスターAは50のダメージを受けた!! 「 翡翠!?」 龍麻が叫んだ!! 突然、目の前に現れた、ずっと探していた相手。 「 翡翠、どうしてここに!? まだ城の中にいたんだ!!」 興奮したようにそう言い駆け寄る龍麻に、しかし如月の方は剣を携えたまま冷めた表情でただ一瞥した。 「 龍麻…。君は一体こんな所で何をしているんだ。僕は君と別れる前に何と言った?」 「 い、今はそんな事話している場合じゃないよっ…! 色々大変なんだから!」 「 そんな事はこの状況を見れば分かる…」 「 うん、そうだな! 一緒に戦おう!」 「………」 張り切る龍麻に如月は尚冷たい目を向けたままだ。 しかし如月翡翠がパーティに加わった!! 「 あの…」 すると間に入り込むようにして霧島王子が会話に割り込んできた。 「 ちょっ…。すみません、貴方はここにいる龍麻さんとどのようなご関係なんですか?」 「 ………」 「 何だか随分親しそうですけど」 「 親しい?」 「 きゃーもしかして三角関係!? 頑張って霧島君!」 「 な…」 背後で突然思いついたようにそう叫ぶさやか姫に、今度は如月がぎょっとしたような顔を見せた。 霧島王子は真剣な眼差しだが…。 「 龍麻さん、貴方も隅に置けませんね、一体誰を探しているのかと思ったらこういうわけだったんですね!」 「 え、いやそういうわけじゃ…」 「 そうなんですか龍麻さん…!」 「 ちょっ…霧島君、何だよその顔…!」 「 誤魔化さないで下さい! この方とはどういうご関係なんですか、ホントに!」 「 だー!! 今そんな話している場合じゃないって!!」 「 どうやらそのようだ…」 迫る霧島王子を振り払うように叫んだ龍麻に、既に前方に出ていた如月が厳しい様子で声を発した。 それで皆一様に忘れさられていた3体のモンスターを見やる。(忘れるなよ…) 「 ギギギギ…これが…これが我らに力を与えてくれるのだあああ!!」 「 キキキキー!!」 「 グヒャギャギャギャー!!」 モンスターたちはそれぞれにあの勾玉を身体に身に着けながら、より力を漲らせたようになって龍麻たちに襲い掛かってきた!! モンスターの攻撃!! 「 くっ…!」 龍麻は迫りくるその化け物に自らも拳を構え、迎え撃った!! 《現在の龍麻…Lv15/HP75/MP70/GOLD7510》 |
【つづく。】 |
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