第79話 キャラが多いと会話が

  結局もう眠る事ができなくて、龍麻はそろりと部屋を抜け出した。
「 ………」
  扉からまずは顔だけを出し、きょろきょろと廊下を見る。誰もいないようだ。通路は思いのほか長くて、幾つも似たような扉がある。自分が休んでいる以外にも同じような部屋があるのだなと龍麻は思った。
  ゆっくりと歩き始めると、そのすぐ向かいの部屋から言い争うような声が聞こえた。
「 霧島君はさやかの事なんかどうでもいいのよ!」
「 いい加減にしないか、さやかちゃん!」
  中にいるのはさやか姫と霧島王子だった。何やら喧嘩しているようだが、とりあえずは元気そうだ。龍麻はほっとして彼女たちがいるであろうドアの前にまで近づいた。
「 だってだって、あの突き飛ばし方はさやかが邪魔で追いやったって感じだったもの!」
「 一体さっきから何百回同じ事を言わせる気だよ! あの時は悠長に説明している暇なんかなかったんだ! 危険だったんだよ!」
「 龍麻さんを逃がそうとした時は優しく腕を引っ張ってたくせに、さやかの時は突き飛ばしじゃない! これが差別でなくて何なわけ!?」
「 だからッ! あの時危険だったのはあの化け物じゃない! 龍麻さんから危険なものを感じたんだ!」
「 ……ッ!」
  霧島王子の声に龍麻はびくんと身体を揺らした。手にかけていたドアノブから思わず離れる。
  それでも中にいる2人の声にはどうしても聞き耳を立ててしまった。
  龍麻はその場から動けなかった。
「 ……そんな見え透いた嘘ついても駄目よ。そんなの、意味が分からないわよ、龍麻さんが危険だなんて」
「 さやかちゃんだって見たじゃないか。怒った時に龍麻さんから発せられた鋭い光の矢…」
「 それは……」
「 いや、あれよりももっと黒い何かが…。あの時、龍麻さんの身体からは発せられようとしていた…。アランさんの攻撃するタイミングがあともう少し遅かったら、きっと僕たちはタダじゃ済まなかった」
「 何なのよ霧島君! 龍麻さんのこと、そんな風に言わないで!」
「 さやかちゃん、僕は…」
「 駄目! 聞きたくない! 霧島君、龍麻さんのこと好きなんじゃないの!? それなのにそんな龍麻さんが怖い人みたいに言うのやめて! 大体、あの光る矢だって、如月さんを助けようとして咄嗟に放った正義の矢じゃない! それをそんな風に言うなんてひどいわ!」
「 さやかちゃん…。僕はただ…知りたいんだよ、あの人のことを…」
「 そんなの…さやかだって…」
  そう言ったきりしんと黙り込む2人に龍麻は居た堪れないものを感じた。
  龍麻はその場を離れた。





  通路の突き当たりには下への階段があった。龍麻がそこを下りて行くと、一階全部がそうなのだろう、大きく開けた礼拝堂が姿を見せた。
「 アー!! 龍麻パパ!!」
「 あ……」
  現れた龍麻を一番先に目敏く見つけたのはマリィだった。持っていたトランプをぱっと投げ捨てるとだっとの勢いで駆けてくる。またマリィのいた場所には、恐らく3人で七並べでもしていたのだろう、神聖なる場所で胡坐をかきカードを並べている村雨と醍醐の姿もあった。
「 龍麻パパ、お熱大丈夫!? マリィ、トッテモ心配したヨ!!」
「 マ、マリィ…。ごめん、もう大丈夫…」
  ぎゅっと抱きついてきたマリィの背中を自分も抱き返しながら龍麻は小さく笑ってそう言った。
「 ホントに? 良かっタ、龍麻パパ、あの村で急にイナクナッテ、マリィとても悲しかっタ! 会いたかったヨ!」
「 ご、ごめんね…」
  龍麻は謝る事しかできなかった。すると勝負が劣勢だったのか、わざと自分もカードを投げ捨てて歩み寄ってきた醍醐がやはり心配そうな表情で話しかけてきた。
「 龍麻」
「 醍醐…」
「 本当に身体は大丈夫なのか? もう少し休んでいた方がいいんじゃないか?」
「 大丈夫。たくさん休んだよ…。あの、それより俺…」
「 龍麻」
  醍醐は龍麻の言う事を先読みしたようになり、先にその言葉を制した。いつもどっしりと構えている醍醐がこの時は随分と苦しそうに見えた。
  そんな醍醐が龍麻に言った。
「 頼むから謝らないでくれ…。謝るのは俺の方だ。知らない間にお前を1人で大変な目に遭わせていた」
「 そんな、俺…」
「 お前を護ると誓ったというのに、まったく俺は…。村雨たちが来るまでお前の行方を掴む事もできず、全く情けない! おまけに自分の鍵も佐久間から取り返せずに龍麻任せだったとは…」
「 そんな風に言わないでよ醍醐。俺が悪いよ、俺こそ皆に何も言わないで勝手に動いてさ、皆に心配かけて…」
「 まあ、謝罪大会はそのくらいにしておこうぜ」
  2人のしんみりムードに辟易したのか、少し離れた位置でカードを集めていた村雨が言った。
「 どうにも2人の会話を聞いてると暗くなっていけねえ。経緯はどうあれ、全ては結果オーライだ。先生はこうして無事だったし、4神も全員揃った。鍵もある。万々歳だ。言う事ねえだろうが?」
  村雨は相変わらず余裕な笑みを浮かべ、1人その場で涼しげだった。ひとまとめにしたカードを器用にシャッフルし、それを懐に収めた後続ける。
「 先生よ、とりあえず今夜はもう一晩ここで小休止だ。もう大丈夫だって言っても疲れた身体は魔法じゃ完全には回復しねえ。ここの元気な神官さんにも言われたろうが? アンタの今の仕事は休むことだ。その後、誰を連れて何をしようが、そりゃあまあ……先生の自由だ」
「 ? 村雨、お前は御門に龍麻を一旦秋月へ連れ戻すように言われていたと聞いたが」
  醍醐が怪訝な顔をして村雨に訊いた。マリィは龍麻の腕を両手で掴んだままぽかんとしている。
  村雨は肩を竦めると言った。
「 まあ言われちゃあいるがね。それでも、先生が行きたくねえって言うならしょうがねえ。まさか首に縄つけて無理やり連れてくわけにもいかねえだろう。そんなのは俺の趣味じゃねえしな。それに先生も忙しい身だ。東の洞窟だけ攻略してりゃいいってわけにもいかねェみてえだし」
「 ………」
「 龍麻。徳川での話はアランや如月から大体のことは聞いたが…」
  黙り込む龍麻に醍醐が何かを言い淀んだようになって沈黙した。龍麻はそんな醍醐を一瞬途惑ったように見上げたが、すぐに無理に笑って見せると語気を変えて口を開いた。
「 ごめん醍醐。俺、ちょっと色々と考えを整理したい事があるんだ。だから…」
「 あ、ああ、いいさ。俺は幾らでも待てる。お前が俺を必要とする時が来たら言ってくれ。俺はいつでもお前の傍にいる」
「 醍醐…ありがとう」
「 マリィも! マリィも龍麻パパを護ル!!」
  蚊帳の外になりたくないとばかりにマリィも叫んだ。龍麻は自分の腕をぐいぐいと引っ張るマリィに笑顔を向け、彼女にも「ありがとう」を言った。
「 アランの奴なら、この建物の裏手にある花畑にいるぜ」
  村雨が龍麻に言った。何も言わずともどうして思っていた事が分かるのだろう。龍麻は不思議だったが、村雨は視線を他へ向けてこちらを見ようとしなかったので結局訊く事はできなかった。





「 アラン」
  村雨の言う通り、アランは祠を出てすぐの花畑で立ち尽くしていた。色とりどりのその花は、別段祠の管理をしているシスターたちが手入れしているわけでもなさそうだ。しかし無造作に咲き乱れたそれは却ってその美しさを引き立てているように龍麻には見えた。
「 アミーゴ」
  アランはくるりと振り返り、龍麻の姿を認めるとにっこりと笑った。怪我はない。魔法で治したのだろう。その事に安堵しつつも、龍麻はゆっくりと横に並んでから恐る恐るそんな仲間の姿を見上げた。
「 身体、大丈夫か?」
「 OH、それボクの台詞。アミーゴ、熱がアル」
「 俺は大丈夫だよ」
「 そう? デモ心配」
「 ア、アラン…?」
  言うと同時にアランは身体を屈め、龍麻の額に自らの額をつけてきた。その熱を確かめる所作というよりは、ただ近すぎる距離に、龍麻は途惑った声を上げた。
「 だ、大丈夫だって」
「 んー、でもまだ熱い。アミーゴ、顔も赤いシ」
「 は、恥ずかしいからだよっ。アランが顔くっつけるから!」
「 このままキスしちゃいまショカ?」
「 ばかっ」
  どんと胸を突いて互いの距離を取った龍麻は真っ赤になりながらもキッとしてアランを睨みつけた。アランはそんな龍麻ににこにことして両手を振ると「嘘デース」とふざけた物言いをした。
「 キスしない、しないデス。でもアミーゴ、元気そうでホント良かっタ」
「 あ……」
  もしかしてわざとだろうか? 龍麻が考え込もうとした時、アランが言った。
「 アミーゴに、ボク感謝してマス」
「 え?」
「 アミーゴいなかったら、ボク、間違いなくアッチの世界行ってたネ」
「 あっち…?」
「 そう」
  アランは寂しそうに笑ってからその場にしゃがみ込んで片膝をつくと、傍にあった黄色の花にそっと触れた。
  龍麻はそんなアランの背中を黙って見つめた。
「 ボク…。名もない村で怪しい影追いましタ。タブンあれ水岐だっタ。彼、言いましタ。ボクの内に眠る憎しみノ心は決して消えないし、忘れられナイ。それを抱えて生きていけルカ、審判を受けろト」
「 審判…」
「 ボク、本当に時々だケド何もかもを呪った事アッタネ。罪のアル人もナイ人も、ボクの家族死んでるのにキミ達ハ生きてる、それ酷いっテ、何もかも壊したい思ったヨ。そんなボクはボクらしくないっテすぐに打ち消すケド、デモ…そんな悪いボク、ソレ水岐に見透かされてタ…。それでボク、力吸い取られるみたいにあの門の近くで動けなくなっテ…。ボクはあの地下でボクの陰の心と戦ってタ」
「 陰の…?」
  龍麻がその単語を繰り返すとアランは頷いた。
「 あの地下良くない空気イッパイ。あそこにいたあの化け物はその良くないモノ食べてどんどん大きくなってタ。ソシテ、ソノ良くないものどんどん運んできてたのハ、悪い事考えてその気持ちに負けた人タチ」
「 あ…魚人になった…?」
「 そうネ。恐らくはあそこに散らばってた不思議な玉のセイ。ボクもあれにやられそうにナッタ…。アレには何か不思議な力アル…。自分を壊してしまいたくなるような、良くないモノが…」
「 ………」
  アランの話を龍麻はじゅんぐり吟味するように聞いた。
  アランは数日もの間あの地下で「良くない空気」とやらに触れ、多くの人が異形と化してしまうような恐ろしい状況下で自我を保っていられた。その精神力たるは想像を絶するものがあった。
  しかしそんな風に思っている龍麻にアランは言った。
「 ボクがボクでいられたの、龍麻のお陰」
「 え…?」
  龍麻が驚いて見返すとアランは優しく笑った。
「 ボク、龍麻のコト…龍麻の優しい笑顔思い出して頑張ってタ。龍麻とまた一緒にいたかったから、ボクはボクを失いたくなかったネ」
「 アラン…」
「 アリガト、龍麻」
「 俺…」
  自分はそんな大層な人間ではない。龍麻はそう思ったが、それを口に出す事はできなかった。
  自分で自分の無能さを口にする勇気もないのだ。アランに感謝されて嬉しい。何をしたわけでもない、アランが無事にあそこを脱出できたのはアランの強さ故なのに、龍麻はそれを教えてやる事ができなかった。
  何て卑怯なんだろう。龍麻は自分自身に嫌気が差した。
「 龍麻」
  そんな龍麻にアランが言った。
「 今度は玄武も助けてあげテ」
「 え…? 翡翠…?」
「 そうネ。それに、あそこの国の王様も。国の人も。それに……水岐も」
「 水岐さんも…」
「 そうネ。龍麻にならできる」
「 俺、俺にそんな力…」
  しかし龍麻がその大きな任務に尻込みしそうになった時だ。


「 師匠〜!!」
「 龍麻〜!!」
「 龍麻クン〜!!」

  物凄く大きな声が3連発、扉がバーンと開いてあの3人が現れた!!
  コスモレッドこと紅井猛が現れた!!
  コスモブラックこと黒崎隼人が現れた!!
  コスモピンクこと本郷桃香が現れた!!
「 ひどいぜ俺っちたちを置いて行くなんてッ! 心配したぜ、師匠〜!!」
「 お前はいつから龍麻を師匠にしてんだっ…て事はいいとして。ホント、無事で何よりだぜ龍麻!」
「 そうね! でも龍麻クン! 私たちコスモレンジャーを忘れちゃ駄目よ! 私たちはいつでも困った貴方に愛の手を差し伸べるんだから!」
「 そうだそうだ!!」
「 みんな……」
  次々わいわいと口を出す3人を交互に見やり、龍麻は自然口元に笑みを浮かべた。明るい3人を前にすると不思議と元気が湧いてくるような気がする。
「 アミーゴ」
  アランが龍麻の肩に手を置くと言った。
「 アミーゴには皆を惹き付けるパワーあル。アミーゴはそれだけでも凄い人」
「 アラン…」
「 だから自信持っテ。それにボクもついてル」
「 お、何だ何だ? よく分からねーけど俺っちもついてるぜっ!」
「 俺もだ龍麻!」
「 私もよ、龍麻クン!!」
「 うん…」
  4人の言葉に龍麻は今度こそ完全な笑顔になった。
  龍麻は皆の前でしっかりと頷いてから大きく息を吸い込み、そして吐いた。
  龍麻は自らのやるべき事を考えようとしていた。



  《現在の龍麻…Lv15/HP85/MP70/GOLD8090》


【つづく。】
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