第80話 選んだ先

  主にコスモレンジャーの想像を絶する大騒ぎのお陰(?)で、祠の一室に設けられた夕餉の会はとても賑やかに執り行われた。恐らく雪乃は世界でも名だたる神官長なのだろう。彼女の「知り合い」だという龍麻らは祠の管理を任されているシスターや神官たちにこれでもかという程の厚い待遇を受けた。
「 いや〜すげ〜居心地いいな〜。もう暫くここでぬくぬくしてて〜」
「 こら猛! 不謹慎な事言うんじゃないわよっ。……とか言いつつ、ここの桃の香りのお風呂、すっごく気持ち良かったのよね〜。ね、マリィちゃん」
「 ウン! ご飯もすっごく美味しかったシ! マリィもここ好キ!」
「 シスターも美人揃いだしなあ」
「 お前らな…。一体ここには何の為にいると」
「「「「「「龍麻(パパ)(さん)(君)の護衛!!」」」」」」
  醍醐の問いにコスモ+鳳銘王子王女、それにマリィの6人は勢いよく一斉にハモッって答えた。明るい雰囲気に食事の片づけを始めているシスターたちもクスクスと楽しそうに笑っている。
  これに深いため息をもらしたのは雪乃だった。
「 ったくお前ら、ここは遊び場じゃねーんだぞ。仮にも神聖なゆきみケ原を修学旅行の旅館か何かと勘違いすんなよな」
「 そういやここって何の祠なんだ?」
「 ここはなぁ…。ま、お前らには関係ねーや」
「 何だそら!?」
  何やら含みのある言い方をする雪乃に紅井猛ことコスモレッドなどはガーガーと文句を言ったが、しかし当の雪乃は耳を貸さない。「さっさと自室に戻って眠りやがれ!」と半ば追いやるように全員を怒鳴り散らした後、彼女は最後に部屋を出ようとした龍麻を呼び止めた。
「 おい緋勇。お前も部屋でおとなしく寝ろよ」
「 ? どういう意味?」
「 ここの祠は狭いようでいて結構な仕掛けがあるからな…。ヘンにウロウロして迷子になるなって事だ」
「 ……ウロウロって。別にウロウロなんかしないよ。ちゃんと寝て、明日は…」
「 ああ。翡翠のとこ行くんだな?」
「 うん……」
「 ………」
  すぐに頷いたものの物憂げに黙りこむ龍麻を雪乃は探るような目をしてじっと見やった。
  しかしその事については特に何を言うでもなく、雪乃は再度しつこく「とにかく、おとなしく寝てろ」とだけ言った。



  龍麻が部屋へ戻ろうと階段を上がりかけたところで、村雨と芙蓉が寄ってきて言った。
「 よう、先生。俺たちは一旦秋月へ戻るぜ」
「 え?」
「 龍麻様、道中ご無事で…」
「 2人とも帰るの?」
  深々と頭を下げる芙蓉を心細そうに見やる龍麻に、村雨がくいと口の端を上げた。
「 御門って奴は、ああ見えてテメエの思い通りにならないとすぐへそを曲げる子どもでね。なだめすかせるのも苦労するのよ。俺だってどうせならこのまま先生の護衛としてついていきたいぜ? けどよ」
「 村雨」
「 おっと」
  主人を悪く言われみるみる殺気立つ芙蓉に村雨は両肩を竦めると言った。
「 それによ、先生が連れて行くパーティはもう決まってるだろ? 俺たちじゃねえ。無論、あの騒がしい正義のヒーローでも、王子様お姫様でもねえ。な?」
「 あ。うん…」
「 青龍たちと如月の所へ行きな。4神であるあいつらと一緒なら、あの地下のモンスターも倒せるかもしれねえ。いや、むしろ今の戦力で最強の面子っていやぁ、それしかねえんじゃねえか?」
「 ………」
「 その間、向こうの事は俺たちに任せときな。なぁに、東の洞窟は先生がいなきゃ進まないイベントだし、シンジュク山の動きの方も…今は魔法剣士と赤髪の剣士がいるからまだ大丈夫だろ」
「 え?」
「 これはまだ先生には先の話かな?」
「 村雨、何のこと―」
  しかし問いただそうとする龍麻に村雨はまるで答える気がないらしく、さっさと片手を挙げると芙蓉と共に去って行ってしまった。
「 ………」
  村雨らの背中を見送った後、龍麻ははーとため息とついて再びとぼとぼと歩き出した。
  次に行くべき道。
  分かっている。自分がまずすべき事は再び如月と合流し、地下にいたあの化け物を倒す事だ。あそこに散乱していた勾玉も全て破壊する必要があるだろう。徳川王に昨夜の惨劇も報告しなければ。いや、それ自体はもしかすると如月が既に行っているかもしれないが、それでも自分もきちんと会って話がしたい。徳川国の役人たち、そして周辺に住む人々が悪しき心に染まりその姿を人でないものに変えてしまっていること。そうでない者も、増上門とやらの向こうに行ってしまって帰らないということ。恐らくはあの化け物に喰われてしまったのだろうが…。
  水岐はあの門の向こうには新しい世界があると言っていた。けれど新しい世界など本当はどこにもなかったのだ。
「 あれ…?」
  そこまで考えた時、龍麻はふと立ち止まって眉をひそめた。
  龍麻は見知らぬ扉の前に立っていた。
「 おかしいな…。俺、部屋に向かっていたはずなのに…」
  咄嗟に幻でも見たのかと龍麻は何度か瞬きをしてみた。
  しかし扉は消えない。
「 ………」
  後ろを振り返ると、長い一本の通路。とすると、考え事をしている間にこの道を真っ直ぐ歩いてきてしまったのだろうか。おかしい、この祠は2階こそ旅人たちが泊まれるような宿泊施設が整っているが、1階全体は食事の取れるスペースを除いては広い礼拝堂があるのみ。階段を上がった覚えもないし、また下った記憶もなかった。
  それなのに、何故こんな見知らぬ場所に自分はいるのか。

  ガッコォーン……。

「 ……開いた」
  しかし龍麻は迷うと同時にもうその扉を開いていた。
「 ………」
  中は狭い。真四角な白い空間には金髪の少女、そして部屋の中央には何やらキラキラと青く光っている渦巻く泉(?)が見えた。
「 あ、あの…」
「 ……ようこそ勇者・緋勇龍麻」
  泉の方を見ていたらしい少女は、龍麻の途惑う声を聞いてくるりと振り返ってきた。
  美しい。少女は長くしなやかな髪を背中にまでたらし、ぐるぐると回っている青い光と同じ色の衣をその肢体に纏っていた。
  しかし、龍麻は咄嗟に表情を曇らせた。少女は目を閉じたままその瞳を開こうとしない。
  もしや目が見えないのだろうか。
「 あの、貴女は…?」
「 私は時と場所を司る者。比良坂と言います」
「 え…? あの、比良坂紗夜さんの知り合い?」
「 ………?」
  龍麻の問いに比良坂と名乗った少女は微かに首をかしげた。意味が分からなかったのだろう。
  比良坂はすっと身体を動かし、部屋全体をその青色で彩っている光の渦を指し示し言った。
「 勇者龍麻。貴方が望むのならばここからの道を開きましょう。旅の扉は貴方が今最も必要だと思う者の所へ貴方を誘います」
「 え? 俺が?」
「 貴方は1人で旅立ちます。仲間を連れて行く事は叶いません。それでも貴方は行きますか」
「 ……でも俺が必要としている場所に連れて行ってくれるなら、きっとその先は翡翠の所だよ。俺はあいつの所に行って…地下のモンスターを倒すんだ。それに」
「 ………」
  龍麻は一瞬言い淀んだようになりながらもぽつりと言った。
「 俺、あいつに言いたい…いや、言わなくちゃいけない事があるし…。だから…」
「 貴方を護る者の所へ行きますか。それが貴方の望みですか」
「 そうだよ…」
「 それでは行きなさい。貴方の望む場所へ。光は誘います」
「 あ…でも…アランや醍醐たちに声を掛けないと…」
「 仲間を連れて行く事は叶いません。1人で通って下さい」
「 ………すぐ、戻って来られるんだよね?」
「 勇者龍麻。貴方が望む時、扉は再び開きます」
「 ………」
  淡々と話す比良坂の声に導かれるように、龍麻は一歩二歩と足を動かした。どうした事か、逆らえない。明日までゆっくりと身体を休め、朝一番で皆と一緒に徳川へ行けば済む事だ。
  それなのに、この光り輝く青の渦に引き込まれるように、龍麻はそこに足を掛けた。
「 あ……!」
  途端、龍麻はその泉に足を取られた。
「 う、動けな…!」
  渦はぐるぐると龍麻を巻き込み始める。ずぶずぶと足が深みにはまるようで、龍麻はその感覚に恐怖を覚えた。
「 比良坂さ…!?」
  咄嗟に振り返り助けを請うように比良坂を見たが、その姿はもう曖昧になっていた。
  ぐるぐると回る。回っていく。
  周りの音すら消えていく。
「 ……ッ!!」
  龍麻はゆきみヶ原の祠から姿を消した!!



×××



「 う…ん……」
  気づくと龍麻は見知らぬ場所で倒れ込んでいた。
「 ここ…何処…?」
  うっすらを目を開く。冷たい。冷たい床だ。頭の方からちらちらと仄かに明るい光があるから、どうやら洞窟や森といった場所に出たわけではないらしい。そう、ここは建物の中だ。
  何ともだだっ広い――。
「 気がついたんならさっさと起きろ」
「 !!」
  突然前方から掛けられたその冷たい声に龍麻はガバリと上体を起こした。
「 あ…!!」
「 何呆けた面してやがる。驚いたのはこっちだ」
「 て……!!」
  目の前にいたのは、九角天童。
「 天童…!?」
  あの廃れた地下神殿で別れた、鬼道衆の頭目という男。
  ぎらついた眼光に不敵な笑みを口元に浮かべた――。
  世界を我が物にすると言った男。
「 天童、どうして…!?」
「 どうして、だあ? それはこっちが聞きたいぜ。突然人ン家の天井から降ってきたんだよ、テメエは」
「 え…?」
  身体を起こし、龍麻は天童の周辺を見回して唖然とした。
  その広い空間は玉座の間。いや、違うかもしれない。それにしては秋月で見たような豪奢な王座も飾りも、そして屈強の護衛兵たちもそこにはいなかったから。
  ただ龍麻が今見る目の前の男は、あの時感じた殺伐とした黒の戦士というよりは、どことなく威厳ある「王」の風貌をしていて。
「 えっと…?」
「 まったく、とことんワケ分かんねェ奴だ」
  茫然としている龍麻の目の前に片膝を折り、天童は何かを読み取ろうとするかのように龍麻の顎先を指にかけた。
「 な、なに…?」
「 何じゃねえよ。急に現れた不審人物を調べてんだ。静かにしてろ」
「 な、何だよ…っ」
「 ………」
  思わず不平を漏らす龍麻に、しかし天童はまるで動じなかった。ただじっと龍麻の瞳を見やる。そしてその鋭い視線だけで虚勢を張る龍麻をあっという間に黙らせてしまった。
「 くっ…」
  そうして天童はやがて満足したようにその手を離すと、実に可笑しそうに肩を揺らし笑った。
  笑ってから言った。
「 まあいい。ここへ来たって事は、あの時の返事はイエスと取るぜ」
「 え…?」
  龍麻が事態を飲み込めずただ間の抜けた声を返すと、天童は再度淀みない口調で言った。
「 龍麻。お前の力、この俺の為に役立てろ」



  《現在の龍麻…Lv15/HP85/MP70/GOLD8090》


【つづく。】
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