第81話 暗くて明るいお城? |
龍麻が呆然としているのには構わず、天童は「ついて来い」と言うとさっさと先を歩き始めた。 「 あ、待っ…!」 とりあえずこんなガランとした場所に取り残されるのはゴメンだ。 龍麻は慌てて立ち上がると、よろめきながらも玉座の間を出て行く天童の背中を追った。 暗い。 カツカツと前を行く天童の足音が辺りにこだまする。 「 ここ…って。お城の中、なの…?」 ぽつりと呟く龍麻の声に天童は返さない。 薄暗い闇に包まれたその長く広い通路は、確かに王宮のそれを思わせる。大理石でできた床は明りさえきちんと灯っていれば龍麻の途惑った顔を鮮明に映し出したかもしれない。周囲の壁に飾られた絵画や石柱の彫り物も実に見事なものだった。 しかし、どことなく生気がないのだ、この空間には。 「 なあ天童…。ここ、お前ン家なんだよな?」 「 ああ」 やっと返事が返ってきた事にほっとして龍麻は尚も声を掛けた。 「 それなら他にも誰か住んでるの? 家族とか」 「 いねえよ」 「 え?」 「 そんなもんは、いねえ」 「 ………」 別段怒った風はない。天童は淡々と答えただけだった。 しかし龍麻は瞬間、さっと身体中の血が引いていく思いがして唇を閉じ、足を止めた。何という無神経な事を訊いてしまったのだろうと思った。九角国は昔徳川に攻められて多くの人が死んでしまったというし、すると天童の家族も……。 「 お前は、バカか」 けれど龍麻が今にも泣きそうな顔で突っ立っていると、天童がくるりと振り返りため息交じりに言った。 「 何考えてるのか丸分かりだぜ。ったく、くだらねえな。いいか、九角が徳川に攻め入られて土地を奪われたのは、俺らが生まれるずっと前の話だ。俺の親は戦でくたばったわけじゃねーよ」 「 そ、そうなの…?」 「 大体、どんな死に方してようがテメエに関係あるかよ」 「 で、でも…俺、絶対悪い事訊いたと思うもん…。俺には父さんいるけど、天童にはいない…。父さんのいる奴に死んだ家族の事なんか言われたら、すごいむかつくだろ」 「 別に」 「 ほ、本当?」 「 ……むかつくとしたら、テメエのその顔がむかつくんだよ」 「 え…って、いててててっ!」 しゅんとする龍麻に天童はさっと近づくと、そのまま龍麻の鼻先をくいとつまんだ。 そうして忌々しそうに口元を歪める。 「 いいか龍麻。俺は見かけ通りの優しい男だ。だから大抵のくだらない発言には目を瞑ってやるし、お前が俺の望む働きをすればそれ相応の褒美もやる。……せいぜい、力を尽くす事だな」 「 ………」 天童は変な奴だ。龍麻は思った。 天童は龍麻の事を「訳の分からない奴」と言ったが、龍麻にしてみれば天童の方こそ「訳の分からない奴」だった。龍麻自身、何故自分が突然この場所へ来てしまったのか、どうにも説明できないのだが、それでも普通は出し抜けに侵入を許した天童の方こそが龍麻に「どうやってきたのか」「何故来たのか」と質問するものだ。 それなのに天童は大して驚きもせずに(本人は驚いたと言っていたが)、「俺の為に働け」とただそれだけ言う。 「 ………」 自分もそれを望んでいたのだろうか。龍麻は再び歩き出した天童の後を殆ど無意識について歩きながらぼんやりとそんな事を思った。 朝になったら翡翠の所へ行くつもりだったのだ、本当に。 「行かなければ」と思っていた。行って地下のモンスターを倒して、勾玉を壊して。 翡翠に言いたい事があった。 「 ………言わないと」 「 あ?」 「 あっ…。な、何でもないっ」 「 ……フン」 不審な顔をして振り返った天童に龍麻は慌てて首を振った。天童はそれに何か言いた気な顔をしていたが、特に追求はしなかった。 龍麻は1つ息を吐いた後、改めて先を歩く天童の背中を見つめた。 比良坂は今の龍麻が必要だと思っている者の所へ龍麻を誘うと言ったのだ。 すると自分は天童を必要としていて、本当は徳川に敵意を抱いて天童の、いや九角国再興の手伝いがしたいと思っていたのだろうか。自分がそんな風に思っていたとはとても思えない龍麻だが、しかし実際に天童に再会してくすぶっていた何かがちりちりと燃え出すのを感じているのも事実だった。 この胸の高まりは何だろう、そうも思うのだ。 「 ……よよよよ」 「 え?」 しかし、龍麻がそんな風に思いを巡らせていた時だった。 暗闇の向こうで何者かのすすり泣く声がした。 「 うっうっうっ……」 「 しくしくしく……」 しかもその泣き声は1人ではない。何やら悲痛な、哀れみを誘う悲しい泣き声。 「 な、何なの…?」 けれど龍麻が天童に問いただした、その時だった。 「 悲しいぜイエ〜。泣きたいぜイエ〜」 「 おおおおお……腹減ったど〜……」 「 ……こ、この聞き覚えのある声&台詞は……」 「 あいつら……」 たらりと汗を流す龍麻に対し、天童もとうに前方にいる泣き声の正体に気づいているのだろう。ちっと舌打ちをして、ぱちんと指を鳴らした。 すると瞬間、辺りがぱっと光に包まれ通路全体に明りが灯った!! 「 あ…!」 すると長い通路を抜けた広いホールの天井に……。 「 あー!! ひーちゃん様だー!!」 鬼道衆の1人、風角が現れた!! 「 まあああ! ひーちゃん様〜!! ひーちゃん様だぞよ〜!!」 鬼道衆の1人、水角が現れた!! 「 何と!! ひひひひひーちゃん様〜!!!」 鬼道衆の1人、雷角が現れた!! 「 うおおおん、ひーちゃん様だど〜!!」 鬼道衆の1人、岩角が現れた!! 「 イエイエイエイエイエイエイっ。再会のダンスっ。喜びの〜イエ!!」 変態天才ダンサー、炎角が現れた!! 「 き、鬼道衆さん…。い、一体何やってんの…?」 しかし自分に再会できた事を素直に喜んでいる風の5人に対し、龍麻はただぽかーんとしてそう言う事しかできなかった。 何故なら、5人は普通に喋ってはいるが、広いホールの周囲に立ち並ぶ太く長い円柱にそれぞれ逆さづりの状態でぶら下がっていたのだ。 しかも両手も後ろ手に縛られている。 「 な、何で…そんなになってんの…?」 「 うお〜ひーちゃん様、どうしたんですか〜!!」 しかし龍麻の問いに答えるより先に、今ここに龍麻がいる事が不思議なのか、風角が逆さ状態で足をぶらぶらさせたまま叫んだ。 他の者たちもいっせいに騒ぎ立てる。 「 ひーちゃん様っ、我が御屋形様と肩を並べられているとは…!? も、もしやお心を改められて我らの元へ来てくださったのですか!?」 「 雷角、何当たり前の事を言うておるのよっ。この状況見たらそうに決まっておるぞよ! やはりひーちゃん様は飛水の愛人やるより我らが御屋形様と愛人、否っ、夫婦になった方がいいとお考えになったのだぞよ!!」 「 でもどうやってきたんだどひーちゃん様〜」 「 それはやっぱり愛の力じゃねーか?」 「 アイアイアイ〜。イエイエイエ〜」 「 おおっ、それは誠でございますかな、ひーちゃん様っ。さすがはお目が高いっ。そうでしょうとも、ひーちゃん様はやはり我らが御屋形様と―」 「 うるせえっ!!」 しーん。 「 ……テメエら、いい加減死ぬか? いっぺん死んどくか?」 「 ひ、ひえええ…!」 「 御屋形様、お許し〜!!」 「 おでたち、イイコにするど〜」 「 もう既に何十回となく殺されてるので、勘弁して欲しいです〜!!」 「 いえいえ、ソーリーベリーソーリー!!」←反省してんのか 「 あ、あの、天童…?」 怒られていてもやたらとハイテンションな鬼道衆、怒っているもののひどく疲弊しているような天童に龍麻は恐る恐る声を掛けた。 どうやら鬼道衆たちは天童の怒りを買って逆さづりの刑に処されているらしい。それはもしかしなくとも、きっと龍麻が彼らの任務を妨害して4神の鍵を取り返してしまった事が原因だろう。かといってその事に龍麻自身が責任を感じる必要もないのだが、柱にくくりつけられブラブラと身体を揺らしている5人を龍麻はさすがに哀れに思い天童に言った。 「 な、なあ…。天童、皆を許してあげたら…?」 「 あ!?」 当然の事ながら、龍麻のこの提案に天童は思い切り眉を上げて不機嫌な顔を向けてきた。 龍麻はそれでびくりとなったが、それでもごくりと唾を飲み込んだ後、思い切って言った。 「 だ、だってさ…。きっと頭に血が上って苦しいだろうし。かわいそうだろ?」 「 おおお、ひーちゃん様お優しきお言葉〜」 「 やっぱりひーちゃん様は最高だぜ〜」 「 最高だぞよ〜」 「 大好きだど〜」 「 早く御屋形様と結婚してくれイエ〜」 「 ……これのどこがかわいそうなんだ?」 最早姿を見るのも鬱陶しいのか、天童は彼らに背中を向けたまま指だけ指し、逆に龍麻に責めるような目を向けて言った。 「 で、でもさ…。皆天童の家来だろ? ちょっとの失敗くらい…」 「 あのな、知らねーよ」 「 え?」 天童の言葉に龍麻は目を丸くした。 天童は再び軽く舌打ちをした後、そっぽを向いた。 「 こいつらが勝手にぶら下がってんだ。反省の意を示してるんだとよ…」 「 へ……」 ぽかんとしている龍麻に天童はどことなく決まり悪そうだった。 それは「身内の恥を見られた」というような、そんな人間臭い表情だった。 《現在の龍麻…Lv15/HP85/MP70/GOLD8090》 |
【つづく。】 |
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