第84話 豹変 |
「 あ〜、ひーちゃん様だど〜!!」 天童の魔法で再び城へ戻ってきた龍麻に真っ先にそう声を張り上げたのは岩角だった。 「 ひーちゃん様、ご飯も食べないで何処行ってたんだど! もうすぐ夕飯だど!」 「 あ〜…。昼メシは?」 「 そんなもんはもうないど! おでが食べちゃったど〜!」 「 ええ…」 まあ既にどっぷりと日が暮れている時刻。当然かと思いながらも龍麻はがっくりと項垂れた。 それから恨めしそうに背後に立つ天童を見やる。 「 ……何だ」 「 別に…」 それに対し天童の氷のように冷たい声が耳に響く。龍麻はわざと唇を尖らせてそっぽを向いた。 そんな2人の様子に岩角は不思議そうだ。 「 ひーちゃん様、御屋形様と何処行ってたんだど」 「 え……」 「 皆心配してたんだど。ひーちゃん様、お城出てってしまっだのがって」 「 いや、あのさ…」 「 おおっ、ひーちゃん様!!」 しかし岩角のその問いに龍麻が答えようとした瞬間、バターンッ!!と勢い良く扉が開いて、中から割烹着姿の雷角が現れた。手にはフライパンとフライ返しが握られている。 「 ひーちゃん様、一体どちらへ行ってらしたのですか!? 我ら、ひーちゃん様のお姿がお見えにならなくて、もう心配で心配で…!」 「 俺には何もなしかよ」 「 はっ!! お、御屋形様!?」 ぼそりと呟いた嫌味たっぷりの天童のその台詞に、雷角は途端さっと青褪めた。実際「愛しのひーちゃん様」しか目に入っていなかった雷角は、主の存在には声を出されるまで気づいていないようだった。(ひどい) しかし思い切り不機嫌なその天童の声に、仮面の下でさぞかし慌てふためいているのだろう、雷角はわたわたとフライパンを振り上げながら焦ったように口をついた。 「 は、はははっ。いや〜か弱いひーちゃん様と違って、我らが御屋形様にもしもの事なぞあろうはずがありませんからなっ。だからですよははははは〜。いや〜、しかしそうですか、ひーちゃん様は御屋形様とデートを…!」 「 はあ…? もう雷角さん、何言ってんだよ…」 「 いやはや、そのように照れなくとも良いではございませぬかひーちゃん様っ」 「 照れてないっ」 「 それより」 天童ははーっと深くため息をついた後、さっさと城内へ向かいながら雷角に言った。 「 後の奴らはどうした?」 「 はっ。風角、炎角の両名はひーちゃん様捜索を兼ねて大陸の方へっ。水角はいつもの場所でございます!」 「 ……そうか」 「 いつもの場所って?」 龍麻がきょとんとして訊くと、天童は暫く黙りこくった後、「お前、呼んでこい」と言ってそのまま中へと消えてしまった。 「 呼んでこいって言われても…。何処にいるんだよ…」 相変わらずいばりくさった天童の態度に龍麻がむっとして呟くと、雷角がフライパンでとんとんと肩を叩きながら傍の岩角を見て言った。 「 ならば岩角、ひーちゃん様をあそこへご案内してさしあげろ」 「 おー。おで一緒に行くどー」 「 えー。それなら岩角さんが呼んできてよー。俺、昼も抜いたからすげー腹減ってるし。着替えたいし」 しかし龍麻が気だるそうにそう言うと……。 「 ひーちゃん様っ」 「 はいっ!?」 突然大声を出す雷角にびっくりした龍麻が同じく大声で返すと、雷角はすぐさま元のテンションに戻って実に穏やかな口調で言った。 「 ……御屋形様はひーちゃん様に頼んだのですから。ここは1つ、ご足労願えますかな。その間にご馳走を用意してお待ちしておりますので」 「 わ、分かったよ…」 「 んじゃあ、行くど、ひーちゃん様〜」 岩角がぶんぶんと腕を振り上げながら言った。 「 ………」 龍麻は何となく煮え切らないものを感じながらも、巨体なその背中に大人しくつき従った。 城をぐるりと半周した、裏手の切り立った崖の傍に水角はいた。城を背に海の方を向いて座っている為、水角の顔は見えなかったが、鬼道衆たちはそれぞれ異なったカラーの戦闘服を着ているし、紅一点の水角は他の4人よりも細身だった。 だからそこにいるのは水角だと、龍麻は遠目からでもすぐに分かった。 「 水角さーん、ご飯…」 しかし、龍麻がそう声を掛けながら水角に近づくと……。 「 え……」 「 …………」 龍麻は開きかけた口を閉じ、思わず立ち止まった。 何かに向かい合い黙りこくっている水角の背中は、微かに震えているようだった。 泣いている…? 「 が、岩角さん…?」 「 んーどうしただー?」 龍麻の背後で手にしたお菓子をボリボリとやっていた岩角は、仲間である水角の様子に気づいていないのか平然としている。龍麻は何となく気まずい思いがして、そんな能天気・岩角の腕を引っ張ると慌てて城の付近に立っていた大木に身を隠した。 「 ひーちゃん様何で…」 「 しっ!」 「 ……何で隠れるんだどー? おかしいどー?」 「 だ、だって…。何か微妙なタイミングだよ…。水角さん、泣いてるみたいだし…」 「 へ……」 この時、初めて岩角は前方に座り込んでいる水角に視線をやった。 そしてやっと困惑気味の龍麻の理由が分かったらしく、菓子の袋を懐に仕舞うと言った。 「 水角は泣いてるわけじゃないど。水角が言ってだ。生き残った自分だちは泣いちゃ駄目なんだっで」 「 ……? どういう事?」 「 あそこなー。おでたちのご先祖様のお墓なんだあ」 岩角はそう言って何故か突然龍麻の頭をがしがしと撫でた。大きな手のひらの岩角にそんな事をされて龍麻は思い切り面食らったが、それでも今は水角が気になった。岩角の手を振り解きながら「お墓って?」と再度訊いた。 岩角は言った。 「 おでたちの国、徳川に滅ぼされちゃったがら…。その時、たくさんの人死んだ。ほんの少しの人たちだけ、一生懸命逃げてきて助かったけど…。でも、結局死んじゃった人たちは亡骸がないから、あそこに一個だけお墓作ったんだ。おでたちで作ったんだ」 「 そ、そうなのか……」 何と言って良いか分からずに龍麻が沈黙していると、岩角は再度口を開いた。 「 水角とか風角、いつも言ってる。おでたちが土地を追われたの、悪い徳川のせいだがら、いつの日か御屋形様と一緒にあいつら皆やっつけて、また元の豊かな九角の国を作るって。そしたらご先祖のお墓もちゃんとしたの作ってやりたいって…」 「 …………」 「 ……徳川は悪い奴らなんだぁ…」 岩角はもう一度「徳川は悪い」と言った。 龍麻は何とも答えられなかった。 「 ほんどに、悪い悪い奴らなんだ…」 すると岩角はもう一度言った。 そして。 「 あいつらは……殺さなくちゃなんねえんだあ…」 「 ……? 岩角、さん…?」 ふと、その暗い声に。 龍麻は不審なものを感じて顔を上げた。 先ほどまでお菓子をほうばり、優しげな手つきで自分の頭を撫でていた岩角。皆よりもやる事が遅いし、間の抜けたところもあるけれど、けれど優しくて力持ちの岩角。気のいい、岩角。そんな岩角を見ようと―。 しかし、この声は……。 「 ……コ、殺ス……」 「 !?」 それは本当に一瞬の事だった。 「 が…があああああ!!!!」 「 うっわ…!?」 突然。 岩角の双眸は真っ白に光り、彼は自我を失った獣のように口から涎を垂らし牙を剥くと、物凄い勢いで龍麻に襲いかかってきた!! 岩角の攻撃!! 「 ぐるああああッ!!」 「 うぐっ…!?」 龍麻は20のダメージを受けた!! 「 が、岩角さん、どうし…!?」 龍麻は防御の姿勢を取っている!! 龍麻は岩角に攻撃できない!! 「 殺ス殺ス殺ス…!! おでたちの邪魔になる者、全部…!!」 岩角の攻撃!! 「 がっ…!」 龍麻は25のダメージを受けた!! 「 な…何てパワーだ…!」 多少修行をしたと言っても、所詮数日の付け焼刃。巨大な力を持つ岩角の攻撃に龍麻は完全に押されていた!! 「 ひーちゃん様ッ!?」 その時、水角がようやく2人の存在に気づき、ぎょっとしたような顔を見せた。 「 岩角、あんた一体何してるんだぞえ…!?」 「 水角さん、危ない…!!」 しかし龍麻が近寄るなと言おうとしたその時だった。 「 ………ッ!?」 ピカッ!と何か妖しい光がきらりと瞬いた。それは岩角の懐、そして反対方向にいる水角の方からも光ったと思った。 「 それは……」 龍麻は岩角の方の光の根源は見た。 それは岩角が以前龍麻に「これがあると元気になる」言って見せてくれた金の珠だった。そしてそれは徳川王国の地下でたくさん発見された宝箱の中にあったものと同じ…。 いや、それ以上の。 「 それじゃ…水角さんの方で…」 しかし、龍麻がそうして彼女の方で光ったものはと、自らの思いを巡らせようとした時だった。 「 はっ…!」 「 きええええええ!!!」 突然、背後から水角までもが攻撃してきた!! 水角の攻撃!! 「 ぐはっ…」 龍麻は15のダメージを受けた!! 「 アハハハハハハハ!!! 八つ裂きにしてやるえ!! 九角以外の血がこの土地に入るなど、決して許されぬ〜!!」 水角も正気を失っていた。岩角同様両の目は真っ白に光り、既に常軌を逸している。そして破壊や死の言葉を唱え続けている水角は、目の前の龍麻を激しい憎悪の氣と共に睨み据えていた。 「 コロス…!」 「 殺スド!」 「 殺セ!!」 「 あ…あ……」 龍麻は完全に戦意を喪失していた!! 龍麻は岩角、水角に囲まれてなす術がなかった!! 「 死ネ!!」 岩角の攻撃!! 龍麻は30のダメージを受けた!! 「 死ネ!!」 水角の攻撃!! 龍麻は17のダメージを受けた!! 「 ……ッ。す、水角さん…岩角さん…」 龍麻はその場に倒れ伏した!! 2人が迫る!! 「 ……ッ」 龍麻はぼうとする視界の中、まさに鬼の形相で自分に襲い掛かる2人の姿を黙って見上げた。 コロス。 シネ。 マイナスの波動だけが2人を包んでいる。珠が光っている。 「 それ…が……」 龍麻は黙って片手を伸ばした。珠には届かない。けれどそれを割る必要があると分かっていた。 「 それを…離して…」 それは危険だよと、それを2人に伝えたかった。 「 ……それ…を……」 暗くなっていく視界。もう眼は当てにならない。ただ、手だけを伸ばす。 それを壊さなければ。 2人を助けなければ。 龍麻の頭の中にあるのは、ただもうそれだけだった。 《現在の龍麻…Lv20/HP3/MP95/GOLD117950》 |
【つづく。】 |
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