第87話 偽善

「 み、美里…?」
  その神々しいまでの白い光に目を細めながら、龍麻は自分の前に突然現れた美里葵を驚きの眼差しで見つめた。
「 美里、どうし…」
「 龍麻っ!!」
「 ぶっ!?」
  美里はドドドと駆け寄って龍麻をめいっぱい抱きしめた!!
  龍麻は胴回りを締められ呼吸を奪われた!! 
  龍麻は5のダメージを受けた!!
「 く、苦し…美里…」
「 ああ龍麻、私の龍麻っ。私、どんなに貴方に会いたかった事かっ。どんなにこうして抱きしめたかったことか…! それなのにそれなのに、こうして出会ってから一体どれくらいの間この続きを放置されてたのかしら【怒】! まったくここの管理人は平気で連載を放置しちゃったりして、しかもそれがよりにもよって私と龍麻の感動の再会から直後ってどういう事なのかしら!? もうもうそれを考えるだけで私は許せない気持ちでいっぱいになるわっ!!」
「 美里…? な、何の話…?」
「 龍麻っ!!」
「 ぐはっ!!」
  美里は更に龍麻を強く抱きしめた!!
  龍麻はさらに呼吸を奪われた!! 
  龍麻は5のダメージを受けた!!
「 ああ龍麻…。そんなに青白い顔して…。やっぱり龍麻も寂しかったでしょう? 寂しさでそんなに生気のない顔になってしまったのね…!!」
「 きゅう〜…。く、苦しいぃ…」
  龍麻の苦悶の顔にもすっかり1人陶酔気味の美里葵は、更にぎゅうぎゅうと龍麻を抱きしめながら言葉を続けた。←ひーたん死ぬぞ
「 龍麻…。この私とこんなにも長い間引き離されて、随分苦労してしまったわね…。でも大丈夫。私が来たからにはもう安心よ。一気にラスボス倒してエンディングといきましょう! もう誰も私たちの恋路を邪魔する事はできないわ」
「 み、美里…本当に…苦し…」
  けれど龍麻が美里に抱きしめられながら何とか声を出そうとした時だった。


『 グググ…コ、コロス…!!』
『 コロ…ス…!!』
『 オノレ…! ワレラノ邪魔ヲスルカ…!』


「 あら…。まだ死んでなかったの。しぶといのね」
  美里の白けた声に龍麻ははっとして目を見開いた。
  美里が発した白い閃光によって大ダメージを受けたはずの炎角・風角、そして雷角がゆらりと立ち上がり、依然として殺気の篭った顔を向けてきていた。
「 ら、雷角さんたち…」
  龍麻の悲壮な声は、しかし彼らには届かない。
  美里の攻撃は確かに面食らったが、あれだけの衝撃波だ。激しいショックを受けて、或いは正気に戻ってくれたかも…そんな龍麻の願いはあっという間に消し去られた。
「 龍麻。下がっていて」
「 み、美里…?」
  そんな龍麻の思いを知っているのかいないのか。
  美里が龍麻を抱いていた腕を離し、さっと彼ら3人の前に立ちはだかった。美里の優雅なローブ姿が影となり、同時に彼女の艶やかな黒髪がふわりと龍麻の鼻先を掠める。
  鬼道衆3人の姿が龍麻の視界から消えた。
「 み、美里…っ」
  はっとして龍麻が声を上げた。
  美里は振り返らない。
  代わりに美里はさっと魔法で手のひらに表出させた杖を掲げ、不敵な笑声を立てた。
「 うふふふふ…。私の可愛い龍麻を苛めた罪は、貴方たちの命なんかでは到底償えないけれど…。とりあえず死んでおきなさい!」
「 駄目だよ美里っ!」
「 きゃっ」
  しかし美里が技を繰り出そうと手にした杖を振り下ろそうとした時だった。
「 た、龍麻っ。そんな、珍しく積極的なのね…!」
  美里の腕にぶら下がるようにして、龍麻は両手で、いや身体全部を使って美里を止めようと抱きついた。
  美里は嬉しそうだ!
  美里のテンションが上がった!
「 龍麻…。あのね、とっても嬉しいのだけれど…。とりあえず目の前のゴミを掃除してからゆっくりと…」
「 駄目ったら駄目だよっ。美里、雷角さんたちを殺す気!?」
「 ええ、そうよ」
  あっさりと答える美里にややがくりと体勢を崩しながら龍麻は尚も食い下がった。
「 何フツーにそんな怖い事言ってんだよっ。駄目だよそんな事したら!」
「 あらどうして?」
「 ど、どうしてって…」
  ぎょっとする龍麻に、しかし美里の方も不思議そうな顔をして首をかしげる。


『 グワアアー!!』
『 死ねえええ!!』
『 キエエエー!!』


  その間にも、雷角・風角、そして炎角が攻撃を仕掛けようと飛び掛ってくる!!
  鬼道衆たちの攻撃!!

「 うるさいわね」

  しかし美里は彼らの攻撃を受けない!!
  逆に美里は持っていた杖を一振りすると、鬼道衆たちをいっぺんに攻撃した!!


『 ギヤッ!!』
『 グヒャッ!』
『 ドゲホッ!』


  鬼道衆たちはそれぞれ50のダメージを受けた!!

「 ああっ。だ、大丈夫!?」
  龍麻が倒れこんで呻いている鬼道衆たちに声をかけ、駆け寄ろうとした。
「 龍麻」
「 ひっ」
  しかしそれを制したのは美里だ。龍麻の首ねっこをむんずと掴んで引き寄せた後、美里は鬼道衆たちに手を差し伸べようとした龍麻の身体を逆に自らの両腕でがんじがらめにした。
「 なっ…美里、離してよっ」
「 駄目よ」
「 どうして! だって鬼道衆さんが!!」
「 手は抜いてあるわ。死にはしないから大丈夫」
  それより、と美里は龍麻の首筋に唇を寄せ、ふっと生ぬるい息を吹きかけた。
「 ひゃっ」
  龍麻がそのくすぐったさに悲鳴を上げると、美里は「うふふ」と笑ってからようやく拘束していた腕を解いた。
「 はあ…。み、美里…」
「 ねえ龍麻」
  そして美里は憔悴しきったような龍麻に向かって静かな声で言った。
「 龍麻がどうしてこんな所にいたのかは分からないけれど。彼らと接したなら、もう知っているはずよ。鬼道衆たちは世の中に混乱を招く火種…そう、悪者なのよ?」
「 そ、そんなこと…」
「 この者たちは徳川王国の所有物である財宝―銀を盗み、尚且つあの土地に多くの呪いをばらまいて人々を苦しめているの。各地で毎夜増えていく行方不明者の数を知っている? 皆、徳川の地下にある壇上門に誘われ、魚人になるか、或いはあの門の向こうに行ってしまって姿を消すか…。彼らの親しい人たちは皆悲しみに暮れているわ」
「 ………」
「 龍麻は勇者でしょう。それなのに、この現状を放っておくつもり?」
「 み、美里は…」
「 なあに」
「 随分…詳しいんだね」
「 あら。うふふ…そうね…」
「 でも!」
  龍麻はガバリと顔を上げると、自分の目の前に立つ美里に訴えかけるような目を向けて叫んだ。
「 でも、皆良い人たちだよ! あ、良い人…じゃ、ないかもしれないけど…。けど、殺していいはずない! 彼らを殺したって、何も…!」
「 ……龍麻。貴方のそういうところも好きだけれど……」


『 グ…グググ…』
『 コ…コロス…!』
『 コロス…!』


  龍麻たちが言い合っている間に、鬼道衆たちがゆらりと立ち上がった!!
  鬼道衆たちは口々に龍麻たちを殺さんと激しく憎悪の声を漏らしている。
「 あ…!」
「 このまま放っておいたら連中、貴方を殺すでしょう。それを見過ごす事は私にはできないわ」
「 ………」
「 だって龍麻は私の大切な人ですもの。だからごめんなさい。龍麻は目を瞑っているといいわ」
「 みさ…っ!」
  しかし、美里が声を上げる龍麻を振り切って再度手にした杖を高く掲げた時、だった。


「 美里葵。テメエ、ここで何してやがる」


「 あ…!」
「 あら…。思ったより早く入ってきちゃったわね」
  龍麻と美里が同時に声を出した。
  鬼道衆たちの更に向こう、真正面の階段から降りてきた天童が呆れたような顔をして美里のことを見つめていた。
  いつもの黒い戦闘服に身を包んで。
「 ふざけやがって。テメエ、人んちの城に勝手に結界張んな」
「 うふふふ…。だって貴方が来たら邪魔だと思ったんですもの。でも、案外平気そうな顔しているわね…つまらないわ」
「 ちっ…。結界破るのにMP消費しまくっちまったよ…!」
「 あ、あの…?」
  何やら顔見知りな様子の2人に龍麻が完全に途惑っていると、天童が遠い位置からそんな龍麻に声を掛けてきた。
「 おい。テメエは、この悪魔のような女に手なんか借りなくとも―」
「 ちょっと…九角くん? 貴方、龍麻の前で何て事言うのかしら…【怒】」
「 うるせえ、黙れ」
  会話に合いの手を入れてきた美里をばっさり切って、天童は再度ちっと舌打ちした後、改めて龍麻を居丈高な視線で見やった。
  そして言う。
「 龍麻。お前は既に水角、岩角を倒してんだろうが。今更何をブッた顔してこのイカレちまった連中を護るっつーんだ?」
「 ……っ」
「 あら。何、龍麻。もう既に残りの2体は片付けてたの? さすが私が見込んだだけの事はあるわ。素敵よ」
「 お…俺は…」
  ぐぐっと拳を握りしめたまま、しかし龍麻は何を言う事もできなかった。
  天童の言う通りだ。
  いくら綺麗事を言ったところで、殺るか殺られるか。
  そんな世界に首を突っ込んでいるんじゃないか、自分は。
「 それでも…俺は……」

  全身が熱かった。
  龍麻は誰の事も見ていられず、ただじっと自らの足元を見詰めていた。



  《現在の龍麻…Lv20/HP19/MP95/GOLD117950》


【つづく。】
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