第88話 探していた《力》

「 ちょっと九角くん。どうしてくれるの、私の龍麻が泣きそうじゃない」
「 あん? 俺が知るかよ」
「 いいえ、貴方のその血も涙もないような態度! 顔! 声! 台詞! 何もかもが私の龍麻の繊細なハートに傷をつけるの。だからさっさとこんな所出たかったのに…」
  黙りこくったまま俯いてしまった龍麻の頭を「イイ子イイ子」しながら、美里は片手で血走った目をする鬼道衆たちを魔法で押さえつけ、視線はキラリと天童に向けていた。
  天童はそんな美里を見ながらどことなく疲れたような目をして軽く息を吐いた。
「 お前。葵。一体何しに来やがったんだ」
「 あら。知らなかったの? アタシはここにいる勇者・龍麻の一番頼りになる仲間なのよ。そう…仲間というよりは、もう既に伴侶と言ってもいいかしら…(うっとり)」
「 ……どう贔屓目に見てもそんな風にゃ見えないがな。大体コイツはお前のことをどんだけ知ってんだ。お前は―」
  しかしそうやって天童が美里に何やら言いかけた時。
「 九角くん」
  美里の目がギラリと光り、掲げていた手がゆらりと揺れた。
  その瞬間。


『 グアアッ!!』
『 ギャアッ!!』
『 フグアッ!!』


  美里の魔法によって動きを封じられていた雷角たちが一斉に呻いた。どうやら美里が彼らに何らかの攻撃を仕掛けたらしい。


「 余計な事を言うと貴方の可愛い部下たちが死ぬ事になるわよ?」
「 ちっ…知るかよそんな役立たずども。大体、どっちにしろ殺るつもりなんだろーが」
「 とにかく。余計な事は喋らないで。さあ、龍麻…」
「 駄目だっ!!」
「 た、龍麻?」
  突然声を上げた龍麻に美里が驚いたように声をあげた。天童も遠巻きながら意外そうな目を向ける。
「 み、美里も…。天童も…!」
  何となく身動きが取れず、黙って2人の会話を耳に入れていただけの龍麻だったが、不意にグラグラと胃の底が湯立つような感覚に襲われ、気づくともう叫んでいた。龍麻は自分に触れている美里の手を強く払うと搾り出すような声で言った。
「 何で2人ともそんな風に死ぬとか殺すとか言うんだ…っ!」
「 龍麻…」
「 ………」
  珍しく本気で怒ったような龍麻に、美里は少々困ったような顔を見せた。
  天童は黙ったまま龍麻を見ている。
「 天童…っ」
  龍麻は傍の美里を見ず、そんな天童に向かって言った。
「 雷角さんたち、天童のこと本気で慕ってて…。天童にとっても大切な仲間だろ? なのに、この状況で何で平気でいられるんだよ? そんな普通の顔してんだよ!」
「 普通? 俺は思い切り不機嫌なんだがな」
  龍麻の声に天童は淡々と答えた。そして不意に何かに気を取られたようにちらと視線を背後にやる。
  その仕草に龍麻はカチンときた。
「 お、俺は! 真剣に話してんだよっ。ちゃんとこっち向けよ!」
「 あ? お前、誰に向かって口きいてんだ」
「 むかつくなら俺を殺せばいいだろ! 鬼道衆さんたちを助ける為にもさ!」
「 あら駄目よ龍麻、そんなこの人を挑発しちゃ。九角くん、怒ると本当にすぐ手を出すのよ。今の貴方じゃ、残念だけどこの悪党には勝てないわ」
「 ……葵」
  悪党はテメエだろうが、と呟いた天童の声は、しかしこの場にいる誰も反応しなかった。
「 天童!」
「 あ、龍麻!」
  しかし、その代わり龍麻は美里の制止の声にも関わらず、だっと駆け出すと鬼道衆たちの横をすり抜け、階段近くにいた天童の所にまで走って行った。そしてすぐ間近にまで行くと切羽詰った顔で再度叫んだ。
「 天童、雷角さんたちを助けてよ! お前なら出来るだろ!?」
「 ……お前は自分の立場ってものが分かってんのか」
  熱くなっている龍麻とは対照的に尚静かな声の天童。龍麻はズキリと痛む胸を感じながらそれでも声を出した。
「 分かってるよ! 俺は…水角さんたちを…。だから天童の敵だ。分かってる。みんなの敵だって。でもっ!」
「 何だよ」
  律儀に聞き返す天童に一縷の希望を抱き、龍麻はめいっぱい声を張り上げた。
「 雷角さんたちがおかしくなってるのは、皆が持ってる変な珠のせいなんだっ。あれを持ってるせいで…皆あんな風に自分が分からなくなってしまってるんだ! だから…! だから、俺のことを殺すのはいいけど、でも、あの球だけは取りあげて壊―」
「 変な珠だ?」
「 これの事じゃないかしら」
  怪訝な顔をする天童に美里が答えた。いつの間にか金縛り状態の鬼道衆たちのすぐ近くにまで歩み寄っていた美里は、風角の懐で怪しげな光を放っていた珠をさっと取り出した。


『 グハッ! グアアア!!』


  すると既に眼光も真っ赤になって常軌を逸している風角が思い切り激しく吠え立てた。美里が自分の懐から奪った珠を見て明らかに激しく憤ったようだ。
「 あら。いやだ」
  しかし美里は美里で、それを一瞬は手に取ったものの、すぐに汚いものを手にしてしまったという顔をして、それを風角の懐へぽいと戻した。


『 グウウウウ……!』


  風角の威嚇は、それにより一瞬で静まった。また雷角たち同様小さく呻くだけだ。
「 み、美里…?」
  美里の行動に龍麻が唖然としていると、美里が眉をひそめて片手を振った。
「 いやな火傷をしてしまったわ。あんなもの、私には汚らわしくてとても持てないもの」
「 あ…」
  掲げられた美里のその手のひらを見て龍麻は思わず声を漏らした。美里があの珠に触れたのはほんの一瞬であるのに、それを掴んだ右手は、青黒い痣のような跡がついてしまっていた。
「 ……何だ。それは」
「 あら、九角くんがこの人たちにあげたんじゃないの? こういうの、弱い部下には一個は持たせておくと便利だものね。まあ趣味は悪いと思うけれど」
「 俺の質問に答えろ。……今のは、何だ?」
「 憎悪の塊」
  殺気立った天童を面倒に思ったのだろう、美里はすぐに答えるとふうとため息をついた。
  それから半ば同情するような目で龍麻を見つめる。
「 龍麻。残念だけれどやっぱりこの人たちは救えないわ。もうこの珠に完全に取り憑かれてしまって正気を失くしているもの。この珠を壊そうにも、ここまで巨大なマイナスの氣を含まれていたんじゃ早々手は出せないしね。こちらが危険に晒されてしまう」
「 俺が壊すよ」
「 龍麻。駄目よ、危ないわ」
  龍麻が言っている事を本気に取ってはいないのだろう。美里は軽く流して改めて自分が拘束している3人を見やった。龍麻に嫌われてまでこの3人を始末する義理はないと思う。けれど明らかに龍麻の命を狙っているこの3人を放置する事もできない。さてどうしたものか。
「 あ…?」
  けれど美里が短い時間の中でそんな事を考えていた時だった。
「 た、龍麻…」
「 美里、みんなを抑えていてね」
「 龍麻、危ないわよっ」
「 大丈夫…!」


『 グハアアッ!!』
『 ギイイイイ!!』
『 ガハアアア!!』


「 くっ…」
  めちゃくちゃに怒り狂う3人から龍麻は3つの金の珠を取り出した!!
  珠は怪しく光り輝いている!
  珠は龍麻のHPを徐々に吸収し始めている!!
  龍麻のHPはあっという間に残り1になった!また、龍麻のMPは0になった!!
「 うぅ〜…ッ!」
「 龍麻! やめて危ないわ! それを離して!」
「 駄目…!」
「 3つも手にしたら危険なのよ! 離して!!」
  しかし美里は身動きが取れなかった。鬼道衆たちを抑えている拘束魔法を解いてしまえば、彼らは直ちに傍にいる龍麻に襲い掛かるだろう。
「 龍麻っ」
  先刻までの余裕の態度はすっかり消えうせ、美里は蒼白な顔で3つもの珠を両手の中に包み込み、苦痛の表情を浮かべる龍麻を見つめた。
「 お、俺…これ…壊す…! うっ…!」
  徳川城では、そして地下であれを見つけた時には壊せたのだ。
  だから今もきっと出来る。そう思った。
「 うう…でも、でも痛いぃ…!」
  不吉な光を発しているそれを3つも持っているせいだろうか。それはなかなか壊れない。まるで龍麻に抗うように怪しく光り続けるそれは、傍で喚き続けている鬼道衆たちの声を更なる糧にして、龍麻を攻撃しているようだった。
「 ううっ…。でも、離す…もんか…!」
  気を失ったりだってしない。
  あの時、水角や岩角がおかしくなった時も、あれさえ奪って壊せていれば。
  それがきちんと出来ていれば。
  彼らを殺さずに済んだのに。
「 俺…絶対…!」
  じりじりと手のひらが焼ける。身体が痺れ、徐々に意識が遠のいていく。
  やばい。そう思った。


「 ちっ…。うぜえな…」


「 あ…っ」
「 見せてみろ。その力」
「 天…童…?」
  しかし龍麻がぐらりと倒れ堕ちそうになた時だった。天童が背後からがしりと龍麻の両肩を掴み、そして身体を密着させて全身で支えてきたのだ。
「 天童…」
「 早くぶっ壊せ。それだ…その力だ…」
「 え…」
「 お前の力だ…。俺が探してたもんだ…」
「 俺…?」
  龍麻の耳に届くか届かないかくらいの、それは小さな呟きだった。
  けれど天童のその声が金の珠の光る音に完全に掻き消されたと思った、その時。
「 あ…!」
  龍麻は自分の全身から別の光が放出するのをもろに感じた。そしてそれが足の先から上体、そして腕から珠を持つ手のひらにまで流れたと感じた途端――。


  パリン、と。


「 ………」
  小気味よく響いたその音を、龍麻は確かに聞いたと思った。



  《現在の龍麻…Lv20/HP1/MP0/GOLD117950》


【つづく。】
87へ89へ