第91話 お前は俺の… |
所在なく立ち尽くしている龍麻に天童は思い出したように言った。 「 そういやこんな夜だったな。お前が突然この上から落っこちてきやがったのは」 「 あ…うん」 天井を指差す天童に龍麻は頷いた後、流されるようにしてそのまま上を見上げた。 あの青い泉の扉は閉じている。闇に包まれた空間は静寂に満ちていた。 「 ……扉、まだ開かないのかな」 「 あ?」 「 あ…何でもない…」 独り言のように呟いたその台詞に反応されて、龍麻は慌てて首を振った。 実はここへはもう「帰ろう」と思ってやってきたのだ。ここへ来た当初は如月の元へ、徳川王国へ行きたくなくて必死だった。その思いがあの青い泉のある扉を開いたのだと、今は龍麻にも分かる。訳の分からない畏怖の《力》を持つだけの、こんな自分ならいらない。必要ない。そう思って自棄になっていた事も事実だ。 けれど、今は違う。自分の成すべき事をここへ来る前よりは遥かに理解しているつもりだったし、また自分の力を何かに役立てたいと思っていた。如月たち多くの理不尽な「呪い」に苦しむ人々だけでなく、鬼道衆たちのような側の者にも。 自分ができる事があるならやりたいと。 龍麻はそう思ったのだ。 だからここへ来れば、もうあの青い泉は開いているような気がしていた。一刻も早く如月たちの元へ行き、あの門に巣食う化け物やあの地下にごろごろしていた不吉な珠を壊さなければ。そう思ったのだ。 けれど扉は開かない。目の前には、この城の主・九角天童がいるだけ。 「 お前はお前が何者かって事を知ってるか」 その時突然天童が訊いた。 「 え…?」 龍麻がその言葉にどきりとして言葉に詰まっていると、天童はふいと横を向きため息をついた。 どうしたのだろう、天童のらしくもない疲弊したような眼に龍麻は途惑いを覚えた。 「 天童…?」 けれど龍麻が呼びかけた瞬間。 「 俺は知ってるぜ」 天童が言った。 再び龍麻の方を真っ直ぐに向き、爛々とした瞳を向ける。明りは玉座の傍にある1つだけだというのに、天童の表情がこの時龍麻にはいやにはっきりと見えた。 「 俺は俺って奴が何者なのか知ってるぜ。俺は王になる男だ。この世界を制する、な…」 「 王…」 「 そうだ」 きっぱりと言う天童に、龍麻は自然口元を歪めた。首を振るとはっと息を吐く。 「 そういう事よくそんな自信満々に言えるな…。ある意味凄い」 「 ああ。俺は凄い」 「 ふっ、自分で言うなよっ」 自分の皮肉をあっさりと返してしまう天童に今度は本気で微笑んだ龍麻は、しかしすぐに笑顔を消すと俯いた。 「 なあ天童は…何で王様になんかなりたいの? 何で世界を征服したいなんて思うの? めんどくさいじゃん、そんなの。俺は絶対嫌だよ。だって…」 「 俺の意思じゃねえよ」 「 え?」 弾かれたようになって顔を上げると、天童は玉座で頬杖をついたままそんな龍麻を見ていた。 そして言った。 「 俺はクソ小せえガキの頃から、気づいた時にはもうここに座ってた。九角なんざ遥か昔に徳川に滅ぼされた亡霊の国だ。だから俺はいつもここから想ってた。こんな廃墟の玉座に座って何になる、こんな偏狭の土地で結界張ってコソコソ生きるしか道がねえ、徳川への憎悪を口にするだけの一族連中に何が出来るってな」 「 天童…」 「 けど、俺は俺を知っている。俺はこの廃墟の玉座から本物の玉座を手に入れる。それだけの器だ。その器を持つものはテメエの意思なんかには関係なく、その器に見合った生き方をしなきゃなんねえ」 「 ………」 「 お前にはそれがあるか」 「 え」 天童の更なる質問に龍麻は息を呑んだ。 天童は言った。 「 器だよ。世界を変える器だ」 「 お、俺…」 その迫力に押されて龍麻が思わずじりと後ずさると、天童はふっと笑ってから立ち上がった。 「 俺が怖いか」 「 ………っ」 「 俺はお前の敵か?」 「 天――……」 「 お前は――俺の敵か?」 「 ……!」 天童の眼光に龍麻は震えた。けれどもう一歩も動く事ができず、唇だけを微かに動かした。 「 何で…」 すると思ったよりも声が出た。龍麻はそれに乗るように続けた。 「 敵とか…そんな風に、言うなよ」 「 ………」 「 俺…天童のこと、好きだし。それに鬼道衆の皆だって…」 「 あいつらの事を1度は倒したその口が言うか?」 「 あれはっ! み、皆が持っていた珠が…!」 「 これか」 「 !!」 すっと差し出された天童の手にはそれが、鬼道衆たちを恐ろしい別のモノに変えてしまった金の珠が怪しく光っていた。 「 そ、それは!! て、天童っ、どうして!? まだあったの、全部壊したはずなのに…!」 「 ………」 「 それ捨ててよっ! 持っていたら危ない、天童も…!」 「 俺が? 俺が何だ」 「 ……っ」 鋭く言い返す天童に龍麻は声を飲み込んだ。殺気立つその表情が、声が、龍麻には恐ろしかった。 そんな天童の方は手にあの珠を持ち、龍麻に向かって差し出すようにしながら言った。 「 俺も変わると思うのか。あいつらのように」 「 て、天童…」 「 俺が支配されると思うか? こんなものに」 「 ………」 「 ふざけやがって…。俺は、鬼だ。こんなモン寄越されなくとも、俺はもうとっくに……」 ひどく低い声が絞り出されるように天童の口から漏れた。同時に、天童の手の中にある珠が鈍い発光音を放ち、より禍々しい氣を発し始めた。 龍麻はぎくりとして目を見開いた。 「 天…」 「 俺は……この世を統べる王となる男だ……。俺は俺の力で……この国を再生させる」 「 ………」 「 俺、は……くっ…」 「 あ…!」 天童の言葉と同時、彼の手のひらの上で珠が赤黒い煙を上げ始めるのを龍麻は見た。じりじりと天童の皮膚が焼ける音がし、黒い炎のようなものが煙と共に天井へ昇って行く。同時に天童の身体全身をその赤黒い炎と煙が包み込み始めた。 「 て、天童!!」 龍麻はただ呼ぶ事しかできなくて、歩み寄りたいのに身体が金縛りになったように動けなくてただ視線だけを前方にいるはずの天童に向けた。もう見えない。煙と炎に包まれるようになり、天童の身体は龍麻の視界から完全に消えた。 そして、ぶすぶすと何かが燻る音が2人のいる空間全てに染み渡った時。 「 あ…ああ…!」 『 ……黄、龍……』 聞いた事もないような声が辺りに響いた。龍麻はわなわなと震えながらその声の主を見つめた。 『 ウグググググ……』 そこには漆黒の角を有した人型の、けれど人とは違う「別の生き物」がいた。 「 な……」 『 コ、ロス…』 「 そんな……」 あの珠と同じ、金色の眼がこちらを睨んでいる。憎悪に満ち満ちたその眼が真っ直ぐに龍麻を捕らえる。 『 ワ、レ、ノ…ヤボウヲ、ジャマスル、ウツワ……』 「 何で…何なんだ、どうして…」 「黒い鬼」となった天童の手に、もうあの珠は握られてはいなかった。雷角たちにやったように、あの珠を取り上げて壊そうにも、天童はその身の中にあれを取り入れてしまったらしい。 そして人としての姿まで捨てさせられてしまった。 『 ワレノ、ヤボウヲ……』 「 俺は……天童……」 龍麻はぐっと拳を握り締めながら言った。 「 俺は、天童…。お前の敵じゃない…」 けれどそう言った龍麻の声を、もう目の前の鬼は聞いてはいないようだった。 《現在の龍麻…Lv20/HP110/MP95/GOLD117950》 |
【つづく。】 |
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