第92話 友達 |
玉座の間全体が真っ黒な霧のようなものに包まれている。 「 う…あ……」 同時に、全身を焼ききられるような熱気が辺りに充満し、龍麻は呻いた。 『 グ…グググ…』 「 天童…ッ」 そうして、目の前の九角天童はその黒霧と熱気にも惑う事なく、突き出た牙と赤く血走った眼光を龍麻に向け低く唸っていた。鋭い爪を誇示するように立ち尽くし、今にも襲いかかろうとしているその姿は最早人間のそれに見えない。完全にあの珠に本来の感情を吸い取られてしまったかのようだった。 「 どう…すれば…っ」 黒い霧のせいで視界が不明瞭だ。おまけに一時でも気を抜けば天童が飛び掛ってきそうなその状況に、龍麻は身動きが取れずにいた。 『 グ…グウゥ…』 じりじりっ、と。 「 ……っ」 そうこうしている間にも、天童の方はその距離をゆっくりと測るようにして龍麻に接近してくる。龍麻はその相手の動きにぎくりとして、自分も一歩後退した。 「 うう…」 怖い。 とてもじゃないが、今の自分の力では天童には敵わない。その事を龍麻はここ数日の彼との手合わせで痛い程に実感していた。ましてや人間としての心を失ってしまった「異形」の相手と立ち向かうなど、そんな事ができるわけがない。 それでも迫る、今目の前にある危機。 こちらに向かう容赦ない殺気。 「 天、童…」 『 グウ…ク、クク…』 情けなく相手を呼ぶも、まるで効果はない。まともな返答のないまま、2人の距離は徐々に近づいていった。 そしてその距離が遂に3メートルを切った時だ。 『 ガアアーッ!!』 「 !?」 天童が攻撃を仕掛けてきた!! 九角天童の攻撃!! 「 うっわ…!」 激しい轟音と共に、龍麻の背後にあった壁がものの見事に粉砕される。ガラガラと石の崩れ落ちる音、同時にシュウシュウと何かが焼け付く音が耳に痛い程響いた。 しかし龍麻自身は。 「 ふっ…あ、あぶな…っ」 龍麻は横飛びで天童からの攻撃を避けていた! ミス!! 龍麻はダメージを受けない!! 『 ガアッ!!』 しかし、立て続けに天童の鋭い切っ先が空を切った!! 天童の攻撃!! 「 ……ッ!!」 龍麻はその空圧だけで全身を吹っ飛ばされ、背後の壁に激突した!! 龍麻は80のダメージを受けた!! 「 うっ…かはっ…」 けほりと咳き込んだと同時に、真っ赤な血が床に四散する。 「 はあはあっ…。うっわ…!?」 『 シ、ネ…!!』 更に天童の攻撃!! 「 うわあっ」 『 !?』 龍麻は片手をかざした! 眩いばかりの光が放出される!! 『 グ…ガアアッ…!!』 龍麻は天童の攻撃を跳ね返した!! 天童は45のダメージを受けた!! 「 はあ…はあ…な…に?」 無我夢中で出した手から何かが溢れ出すのを龍麻は感じたが、実際自分が天童に反撃した事には気づかなかった。ただようやく前を向いた時、自分と同じように反対方向の壁に激突している天童の姿で、龍麻は途惑いながらも先によろりと立ち上がった。 「 くっそ…。痛…」 ぽたぽたと額から腕から、血が落ちる。壁に打った全身あちこちがズキズキと痛んだ。 「 ……っ」 それでもその痛みに呻いている暇はないのだ。龍麻は一歩二歩と足を前へ出し、怒りに満ちた低い声と共に立ち上がる鬼の姿をした天童をじっと見やった。 不思議だ。龍麻は思った。 こんな目に遭っているのに、全然憎くない。 「 天童…」 『 ググ…キ、サマ、ヲ…』 「 天童、俺は…」 『 コロス…コロス、貴様ヲ…!』 「 俺は…俺は嫌だ…。殺したくない…!」 『 ……コロ…ス』 「 俺は…嫌なんだよ。だって…」 痛みで顔を上げていられなくなる。龍麻は特にダメージを負った片腕をもう片方の手で庇いながら、ズルズルと足を引きずりつつ天童に近づいた。 「 何で…こんな事に、なってんだ…」 相手に自分の言葉の意味など伝わっていないと、分かっているのに言わずにいられない。 「 お前が王様やろうと…どうしようと…。俺にはどうだっていいのに…。ただ…」 搾り出すような声は、自分にしか聞こえていないかもしれない。そう思いながらも龍麻は続けた。 「 ただ…。天童が、こんな悲しい事になるくらいなら…背負わなくちゃいけないなら…お前の国なんか、滅びちまえ…!」 『 オ…レ、ハ……』 「 龍麻!!」 「 御屋形様!!」 「 !?」 その時、壊れた壁の隙間から龍麻と天童を呼ぶ美里たちの声が響いた。 龍麻が驚いてそちらへ目をやると、雷角ら鬼道衆たちがうろたえたようにこちらの様子を窺っているのが見えた。 また同時に、美里が寝着のまま物凄い形相で魔法を唱えている姿も。 「 み、美里っ!!」 龍麻は美里がしようとしている行為を素早く察知して叫んだが、当の美里は応えなかった。 「 美里、美里! ま、まさか天童を…!」 「 ……龍麻」 美里が龍麻の声に反応したのは、魔法の詠唱が終わった時だ。 この空間に満ちている熱気以上の炎を自らの手のひらに浮かび上がらせ、美里は鬼気迫った顔で叫んだ。 「 離れていなさい、龍麻…! 私がそこの愚か者を退治してあげる…!」 「 だっ…!」 「 全くバカな人、龍麻を殺そうだなんて…! そんな貴方なら、もういらないわ…!」 「 駄目だ、美里!!」 美里の容赦ないその表情と《力》に龍麻はめいっぱい叫んだ。今天童を美里に殺させるわけにはいかない。天童は死んではいけない人だ。こんな所で消えていってはいけない人だ。それは絶対に駄目だ。 「 天童は皆の王様だし、それに…!」 言いながら、しかし龍麻はすぐに首を振った。違う、そんな事はどうでもいい。天童が死んではいけない、死んで欲しくない理由が他にある。 何故なら。 「 美里!! 天童は、俺の友達なんだよッ!!」 だから、殺させない。 「 きゃ…っ!?」 「 ああっ! 御屋形様、ひーちゃん様っ!!」 龍麻が叫んだと同時、そして美里と鬼道衆たちが叫び声を上げたのと、それは同時だった。 「 ああ…!!」 突然、天井に張り巡らされていた黒い霧が晴れた。否、完全に晴れたわけではない。しかしその霧を払拭するように、天井のほんの一部が不意に淡い青色に光り輝いた。 「 扉が!!」 龍麻が目を見張って声を上げた。 比良坂によって導かれたあの青い泉。渦を巻いたその「扉」が急に龍麻たちを誘うように出現した!! 「 あ…ああ…!!」 『 ……!?』 「 な!? た、龍麻!!」 「 御屋形様ッ!」 「 ひーちゃん様〜!!」 美里たちの声が、この時の龍麻には遥か遠くのものに思えた。 突如として現れた青い泉は、まるで意思を持っているかのようにニ筋の光をそれぞれ玉座の間にいた「2人」に照らし。 龍麻と、そして天童とを。 「 う…わああああ!!!」 吸い込むように捕らえて誘い、何処かの空間へと導いていった。 《現在の龍麻…Lv20/HP30/MP45/GOLD117950》 |
【つづく。】 |
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