第95話 再びあの地へと

  龍麻が天童と共に地上へ戻った時には、いつの間にか夜の闇ははるか遠くへと消え去っていた。
「 朝か…。何か急に眠くなってきたよ…」
「 ………」
  ぼんやりとした風に呟いた龍麻の横で、しかし天童は何も言わない。龍麻はそんな相手をちらと見た後、力が抜けたようにへたりとその場に座り込んだ。たぶん、安心したのだ。
  ここは名もない村から少し離れた茂みのある場所。元・九角国の神殿跡へと続く地下通路の入口だが、まだ夜が明けて間もない時間だからか、周囲に人の姿はなかった。
「 腹減ったな…」
「 ………」
  龍麻の独り言に、しかし天童はここでも何も答えなかった。
  ただ何事か考えている風に沈黙し、龍麻の位置からは見えない何処かへ視線をやっているようだった。
「 天童―」
  しかし思い余った龍麻が話しかけようと口を開いた時だ。


「 あーッ!! 龍麻さんッ!!」
「 え、本当に!? きゃー龍麻さん!!!」


「 え…?」
  ほぼ同時に発せられたその叫び声(奇声とも言う)に龍麻がぎょっとして顔を上げると、物凄い勢いで突進してくる懐かしい顔が2つ。
「 あ…き、霧…」
「 龍麻さん!! 本当に龍麻さんなんですね!!」
「 きゃー龍麻さん! さやか嬉しい! 本当の本当に心配したんですよ!!」
「 さ、さやか姫…?」
「 はい、さやかですっ。龍麻さん、大丈夫ですか!? まさか何処か怪我とか…!?」
「 あ…だ、大丈夫だよ? 今はちょっと…疲れたから休んでただけ…」
「 龍麻さん、そちらの方は!?」
  さっとさやか姫を自分の後ろに庇うようにして霧島王子が訊いた。最初こそ龍麻を見つけた喜びで笑顔全開だった霧島だが、隣に立っている明らかに不穏な空気を纏う天童に一気に緊張したようだ。警戒するような瞳を向ける。
  天童はそんな霧島やその背後のさやかにはまるで構う風もなく、やはり静かだったのだが。
「 あ、こいつは天童…。あの、俺の友達なんだ」
「 友達?」
「 えーそうなんですか? 天童さん?」
「 ………」
  龍麻の友達と聞いて一気に安心し能天気な表情をするさやかとは対照的に、霧島は不審な目を向けたまま未だ相手の動向を窺っていた。
「 あ、と…」
  龍麻はそんな霧島に慌てて立ち上がると、わざと天童の前に立つようにして笑って見せた。
「 と、ところでさ。2人は何でこんな所にいるの? どうかしたの?」
「 ど…っ。どうかしたじゃないですよ!!」
「 わっ!」
「 そうですよ龍麻さんっ。何ボケボケな事言ってるんですか〜! もうさやかたち、皆心配してたんですよ? 龍麻さんが急にあの祠からいなくなるから…!」
「 あ…そ、そうだよね…」
「 そうですよ! だから僕たちで方々手分けして貴方の行方を追っていたんです! それに今は徳川の方も大変で…」
「 えっ」
  龍麻がぎくりとして身体を強張らせると、さやかがすかさず霧島の頭を叩いた。
「 もう霧島君っ。そんな言い方したら龍麻さんが心配するでしょうっ。龍麻さん、大丈夫ですよ。あのですね、龍麻さんがいなくなっている間にちょーっとばかり、地下のあのモンスターが大きくなっちゃって。強くなっちゃって、暴れてるだけなんですよ〜」
「 ……さやかちゃん。君の言い方だって大概酷いよ…」
「 どうして!?」
「 そ、そんな…あの地下のモンスターが…」
「 今は如月さんや醍醐さんたちが城の周りに結界を張って中からも外からも干渉が起きないようにしているんですが…。何しろあの化け物に引き寄せられている陰氣の篭った人間…それにモンスターまでが大量に徳川に集まり出してしまって、それを食い止めるだけでも相当大変なんですよ。何せ奴らを地下に行かせてしまったら、またそれを食った化け物が肥大して力を蓄えていくんですから」
「 だから私たちやコスモさんたちが龍麻さん捜索隊を買って出て。秋月にも行ったんですけど、そこで会った占い師のミサちゃんさんって方からここへ行くようにって言われたんです」
「 そ、そうなんだ…」
  どうやら自分がいない間に徳川は大変な事になってしまったようだ。
  また皆にも随分と迷惑を掛けてしまった。まるで予想していなかったというわけでもないが、悪い方の予感が当たっていた事に龍麻は思い切りうなだれた。天童の元へ行った事を後悔しているわけではないけれど…。
「 龍麻さん」
  そんな龍麻の様子を暫しじっと眺めていた霧島がやがて口を開いた。
「 そういうわけで早いところ徳川へ戻りましょう。あのモンスターを食い止める為には龍麻さんの力が必要なんです!」
「 俺の…?」
「 勿論ですよ! あの化け物のパワーの源にもなっている陰氣の珠を破壊できるのは貴方しかいませんから!」
「 ………」
「 あ! でもその他の危険からは僕がきっちりお守りしますから! だから心配しないで下さい!」
「 龍麻さん、さやかも! さやかも一緒に歌って龍麻さんを守りますからね!」
「 あ、ありがと…」
「 はい! それじゃあ、行きますか?」
「 あの……!」
  龍麻に再会できた事で自然テンションが上がっているのだろう、勢いづく霧島王子とさやか姫を交互に見てから、龍麻はちらと天童の方を見やった。天童は未だ3人の会話をまるで聞いていないような顔でただ遠くを見つめている。
  そんな天童の様子に、さすがの龍麻も眉をひそめてその腕を引っ張った。
「 天童っ」
「 ………」
「 天童ってば!」
「 ……あ?」
  ようやっと気づいたという風に天童が龍麻を見た。
  そんな相手の態度に龍麻は思い切り表情を歪めた。
「 あ、じゃないよ。あのな、俺、徳川に行かないといけないんだ」
「 ……何故だ?」
「 何故って…それは…」
「 ちょっと貴方! 天童さんって言いましたか!? 貴方、僕たちの話を聞いてなかったんですか!?」
「 そうですよ。徳川王国が今大変なんです。ひいてはその周辺の国々も…」
「 そんな事は俺の知った事じゃねえ」
「 なっ…」
  ぴしゃりと言い切る天童に霧島は勿論さやかまで唖然とした顔をした。
「 天童っ」
  龍麻は慌てて天童の腕を再度両手で引っ張った。
「 そういう事言うなよっ。そりゃあ…天童はそうなのかもしれないけど」
「 ……しかし妙だな」
「 え? 何が…?」
  ふっと漏らした天童の言葉に龍麻はすぐさま表情を翳らせた。
  天童は冷めた眼をしつつ続けた。
「 雷角たちが使っていた水岐って野郎は確かもう消えたはずだな。誰が人や異形を徳川に集結させている?」
「 …そういえば…」
  天童の指摘に龍麻も動きを止めた。
  あの地下の壇上門へ陰氣の篭った人間を誘い出していたのは水岐だ。しかしその水岐はあの時あの化け物の中に吸い込まれるようにして消えてしまった。あのモンスターにいとも簡単にやられてしまったのだ。
  だからここ数日「名もない村」を始めとして増え続けていた大量の失踪者の数は、少なくともあの日以降なくなったはずである。
  それなのに徳川に人や、あろう事かモンスターまでが集まり出しているとは。
  これは鬼道衆や水岐以外にも徳川国を根底から滅ぼそうと画策している者がいるという事なのだろうか。
「 天童は…知らない?」
「 何をだ。俺が知るわけねえだろうが」
  眉を吊り上げて不快な顔をする天童に怯みつつ、それでも龍麻は焦れたような霧島の顔を見るとすぐに気持ちを切り替え、言った。
「 とにかく俺は行くよ。翡翠たちの事も心配だし…。徳川へ行かなくちゃ」
「 だから何故だ」
「 だから…って。だから…!」
「 徳川の為にか。あの国の為にお前はお前の力を振るうというわけか」
「 天童…」
「 ちょっと、貴方…!」
「 黙れ」
  横から口を挟もうとした霧島を尋常でない殺気で沈黙させると、天童は依然としてぎらついた眼差しでもって龍麻の事を睨みすえた。陰氣の珠から解放され本来の姿を取り戻した天童だったが、それでも本質は変わらないのだろう。徳川を憎む気持ちが早々に消えるわけはないのだ。
「 ………」
  それを理解しつつ、龍麻はそれでも天童を見つめ返すと言った。もう迷ってはいられなかった。
「 うん、俺は行く」
  割ときっぱり答えられた。龍麻は1度大きく息を吸うと後を続けた。
「 でも徳川の為とかじゃなくて…。世の中の為とか、そういうのでもなくて。俺は、とにかく行かなくちゃ」
「 ……答えになってねえな」
「 …うん。そうだな」
「 だが…」
「 え?」
  ふっと天童の唇に笑みが浮かんだのを見て龍麻は驚き目を見開いた。
  天童はそんな龍麻の顔から視線を逸らし、再度先刻同様何処か違う方向を見つめやった後あっさりと言った。
「 俺も行ってやる」
「 ……え?」
  その発言に龍麻はぽかんとして口を半分だけ開き沈黙した。
  そんな龍麻に天童はバカにしたような笑みを閃かせる。
「 聞こえなかったのか。俺も行ってやると言ったんだ。見てやろうじゃないか、お前の力とやらをな」
「 天童…」
「 ねえねえ霧島君」
  2人のやり取りを霧島の背中越しに眺めていたさやかがこそりと呟いた。
「 ねえ…あの人何なの? 龍麻さんはお友達だなんて言ったけど…何だか変よ…」
「 ………」
「 龍麻さんが行方不明になってたのって、あの人と一緒だったからよね? ねえ…何なの、どういう事? 龍麻さんって誰が本命なの? 最初は如月さんかと思っていたけど、他にも龍麻さんを狙ってるっぽいお仲間がたくさんいたし。それで今度はあの如何にも悪そうな危険な香りの人…」
「 さやかちゃん、ちょっと君煩いよ!」
「 な、何よー! もう不機嫌になっちゃって! 自分の事眼中にない感じの龍麻さんにむくれてるの? そんなのさやかだってそうなんだからね! さやかに当たらないでよ!」
「 もう、煩いってば!」
「 あ、あの…2人共?」
「 煩いとは何よー! もうもう何よ霧島君なんて! 大体、秋月に行った時だってさやかの事なんか全然守らないで龍麻さん龍麻さんって…! 色ボケにも程があるわよ、さやか、頭きた−!!」
「 あの…そろそろ行かないと…」
「 それなら僕も言わせてもらうけどね! さやかちゃん、君、はっきり言って我がままが過ぎるよ! 僕がどれだけ色んな事を我慢してるか…!」
「 何ですってー【怒】!!」
  龍麻の制止の声もまるで届かず、2人は埒の明かない言い合いをこの後暫く続けた。
「 ……お前にもあいつらと同じようなテンションの部下がいたのか」
  そんな茶番劇に天童が呆れたように言い放ったが、龍麻はただ「ははは」と小さく笑う事しかできなかった。
  そうしてその笑いもすぐに引っ込めると、龍麻はさっと遠方にあるだろう徳川の地へ想いを馳せた。
  あの頃とは違う。もう逃げ出したりせず真っ直ぐにあの土地へと向かうのだ。
  龍麻はそう心を決めていた。


  パーティに霧島王子とさやか姫が加わった!
  また人の姿に戻った九角天童も加わった! ただし天童が仲間になるかどうかはまだ分からない!!



  《現在の龍麻…Lv20/HP30/MP45/GOLD117950》


【つづく。】
94へ96へ