第96話 また掛けられていた!

  徳川王国の領内一帯はどんよりとした黒雲にすっぽりと覆われ、不穏な空気に満ち満ちていた。
「 こ、こんな…」
  あまりの豹変ぶりに龍麻が声を失っていると、さやか姫がどことなく辛そうな顔をして言った。
「 私たちがここを出る時はまだこんなに酷くはなかったはずですけど…。たぶん、周辺に篭っていた悪いモノが全部引き寄せられてここに集まっているせいで…」
「 …!? さやかちゃんッ!?」
「 さやか姫!?」
  その時、言いかけていたさやかが突然蒼白になってぐらりと倒れこんだ。幸い傍にいた霧島が咄嗟にその身体を支えたものの、先刻まであれほど元気だった姿が嘘のようだ。さやかは憔悴しきっていた。
「 さやか姫、どうしたの!?」
  心配して駆け寄る龍麻にさやかは無理に笑顔を作り、首を振った。
「 だ、大丈夫です。おかしいな…。私もどうして急にこんな風になったのか…」
「 さやかちゃんはこういう空気には凄く敏感なんです」
「 え?」
  驚く龍麻に霧島が眉間に皺を寄せたままぽつりと言った。
「 彼女は不浄なものを清浄なものに変える力に長けていますが、その分その悪いモノに影響される事も多いんです。ここは特に陰氣が異常に集まってますから。たぶん身体が耐え切れなかったんでしょう」
「 そ、それならここから離れた方がいいよ! どこか…。そうだ、2人は秋月に避難してたら!?」
  龍麻の焦ったような提案にさやかがはっとして声を上げた。
「 そ、そんなの! そんなのは嫌ですっ。私…さやかは、龍麻さんと一緒にいるんですから!」
「 でも…」
「 大丈夫です、こんなのっ。少し…休めば…」
「 さやかちゃん。無理はしない方がいい」
「 何よ霧島君まで…ッ。そ、そうやって自分だけ抜け駆けして龍麻さんの所にいる気なんでしょうっ」
「 僕はさやかちゃんと一緒にいるよ」
「 え…」
  霧島の真摯な目にさやかが目をぱちくりさせた。
「 言っただろ。僕の使命はさやかちゃんを守る事だからね。君を置いて何処かへ行ったりはしないよ」
「 ……霧島君。何か企んでる?」
「 そういう事言うと置いていくよ?」
「 う、うそうそっ」
  らしくもなく慌てたさやかは、自分を支えてくれている霧島の首筋にぎゅっと抱きついた。
  2人の互いに対する好感度がアップした!!(おいおいここはノーマルカプのサイトじゃねえぞ)
「 龍麻さん、そういうわけで…」
  言いにくそうにしている霧島に龍麻はすぐに頷いた。
「 うん、分かってる。ここの事知らせてくれてありがとう。後は大丈夫だから」
「 あの、天童さん…!」
「 ………」
  3人のやり取りを少し離れていた所から見ていた天童は、不意に自分に話しかけてきた霧島に胡散臭そうな目をちらりと向けた。霧島はそんな天童の眼光に負けず真っ直ぐなキラキラ目で訴えた。
「 あの…っ。龍麻さんのこと、よろしくお願いします!」
「 ………」
「 き、霧し―」
「 僕、龍麻さんとは出会ったばかりですし…。まだ龍麻さんのこと、何も分かってません。龍麻さんがどういう人なのか…何を抱えているのか…。でも、僕はさやかちゃんを守りたいという気持ちとはまた別の感情で、この人を守りたいと思っているんです…!」
「 ちょっと霧島君、さり気なく告白しないでよ! 抜け駆け〜」
「 天童さん!」
  さやかの茶々を無視し、多少赤面している霧島は尚も言った。
「 だから天童さん…っ。僕が戻るまで、どうか龍麻さんのこと宜しくお願いします!」
「 ………」
  天童は片方の眉を吊り上げ、必死にそう言う霧島にはただ不審な顔を向けるだけだった。
「 それじゃ、龍麻さん!」
「 龍麻さん、さやか、秋月で呪いとか陰氣を跳ね返すアイテムとか見つけて身につけたら、すぐまた戻ってきますから! だからそれまで無事でいて下さいね! 色んな誘いは全部跳ね返して下さいねっ! 龍麻さんにナニかあったら、さやかも霧島君も泣いちゃいますから!」
「 …? う、うん。大丈夫…。ちゃんと勝つからね」
  こうして霧島王子とさやか姫は徳川王国の手前まで来たものの、やむなく戦線離脱した。
  パーティから霧島諸羽と舞園さやかが離れた!!
「 ……あいつら」
  2人だけになると、天童がようやくだんまりを決め込んでいた口を開いた。
「 え?」
  国の入口に近づくにつれぽつりぽつりと降り出す雨を気にしながら龍麻がその声に反応すると、天童は依然として怪訝な表情をしたまま言った。
「 あいつら、一体何を言ってやがったんだ?」





「 店…さすがに閉まってるな」
  雨は2人が大通りに差し掛かった頃にはいよいよ激しくなっていた。しんとした通りには人っ子一人いない。こんな時だというのに、入口の所も警備兵1人いなかった。
「 人が家に閉じこもっているんだろうってのは分かるけど…。こんなんでモンスターが侵入して来たらまずくないのかな?」
「 ……そこらへんの小物はまず入ってこれないだろ」
「 え? 何で?」
  しかし龍麻がそう言った天童に不思議そうに聞き返し振り返った時だ。
「 あーッ! 龍麻パパ!!」
「 え…」
  通りの向こうからバシャバシャと水溜りをものともせず駆けて来る、その小さな影。
「 マ…」
「 龍麻パパっ!!」
「 わっ!!」
  ばっと激しく飛びついてきたその金色の髪の少女に龍麻は完全に意表をつかれ、そのまま倒れ込みそうになった。天童が鬱陶しそうにしつつも背中をぐいと押し返してくれたので無事だったが。
「 マリィ…」
  自分に抱きつきすりすりしてくる少女の名を龍麻が呼ぶ。
  呼ばれた少女…朱雀のマリィはばっと顔を上げると龍麻の首に両腕を回した状態で嬉しそうに叫んだ。
「 龍麻パパ! オ帰リナサイ!!」
「 あ…」
  その言葉はひどく龍麻の胸をついた。
「 う、ん…。ただ、いま…」
「 マリィ、今日ハ龍麻パパが帰ってくるって思ってタ! ダッテ夢を見たノ! 龍麻パパがマリィを呼んでコウヤッテ抱っこしてくれル夢!!」
「 夢…」
「 ウン、ソウ! マリィ…このトコロずっと怖い夢バカリ見てたノ…。凄く怖かったノ…。デモ、今日は龍麻パパの夢を見たカラ!!」
「 マリィ…。ごめん、1人にさせておいて…」
  龍麻が辛そうに項垂れると、マリィはそんな龍麻を思いやるように優しくその額を撫でてきた。
「 そんなのダイジョブ…。皆いてくれたシ…皆と頑張れタシ…。ア! それにネ、醍醐のオジチャンもアランチャンも、それに翡翠のお兄チャンモ…! 今日ハ皆、龍麻パパの夢を見てたンダヨ!」
「 え…」
  翡翠、という名前が出た事で龍麻の胸は一気に跳ね上がった。

  あいつが俺の夢なんか見るんだろうか…。

  途端、忘れようとしていた胸の痛みが蘇った気がした。
  そんな龍麻には気づかずマリィは嬉しくて仕方ないという顔で続けた。
「 他の皆も言ってタ! 四神のネ、マリィたちが同時に龍麻パパの事感じたカラ…! 絶対龍麻パパは帰ってくるッテ! だからマリィ、今日は特別イイ子にシテタヨ!」
「 四神だと」
  すると不意に天童が驚いたように声を上げた。
  マリィがはっとして今頃気づいたように恐る恐る天童の顔を見やる。龍麻に抱きつく手にぎゅっと力がこもった。
「 あ、マリィ、この人はね…」
「 おい龍麻」
  口を開きかけた龍麻を制し、天童が言った。
「 このガキが朱雀か? こんなガキが? 俺は雷角からはとんでもなく強力な炎の使い手だと聞いていたぞ」
「 小さいかどうかは関係ないよ。マリィは凄い炎の使い手だよ。朱雀っていうのも…間違いないと思うけど」
「 あの野郎…。ガキ1人捕まえてこれなかったのか…」
  ぎりりと歯軋りしむっとしたような天童に、龍麻はふと思い出したようになって訊いた。
「 そういえば天童は…鬼道衆さんたちに4神の鍵を集めさせていたよね」
「 ああ…」
「 何で?」
「 正確には鍵というよりも4神そのものを、だ。コイツらが徳川の奴らに掌握されでもしたら面倒だったからな」
「 ………」
「 何だよ?」
「 べ、別に…」
「 お前、今何考えてた?」
「 何もっ」
「 そんなクソガキ、今更攫おうなんて考えちゃいねえよ」
「 な、何も考えてないって言ってるだろ!」
  冷めた目をする天童に龍麻が唾を飛ばし叫ぶと、マリィが不思議そうな顔をして首をかしげた。
「 龍麻パパ、その人ダアレ?」
「 え…あ、この人はね…」
「 ていうか、そいつお前のガキか?」
「 お、お前、さっきから俺とマリィの会話に入るなよ! …って、いうかっ。子どもじゃないっ」
「 なら何でそんな空寒い呼ばれ方してんだよ」
「 そ、それは…」
「 龍麻パパはマリィのパパだヨ!!」
  ぎゅうっと抱きついてマリィは半ば泣きそうな顔で言った。
「 それで、ママはネ、葵ママ!!」
「 マ、マリィ…」
「 葵ぃ……?」
  するとここで天童はらしくもなく今までで一番ぎょっとしたような顔になってぴたりと動きを止めた。
「 葵、だと…?」
  そうしてやがて我に返ると、天童はそろりと手を差し出し、龍麻に抱きついているマリィの額近くにその掌をかざした。
  その瞬間。
「 ……ッ!?」
「 天童っ!?」
  バチリと何か小さな火花のようなものが飛び散り、天童の掌が怪しく光った。
  天童がそれに表情を歪める。じりりと火傷跡のようなものが手に残っているのを見つけ、龍麻は声をあげた。
「 て、天童、どうしたんだ!? な、何…?」
「 あンの性悪女…! 何考えてやがんだ…」
「 え?」
「 コイツに呪いかけてやがる…。まぁある意味じゃあ安全な魔法とも言えるんだろうが…」
「 の、呪いって…! マリィに呪いが掛かってんのか!?」
「 言うの忘れてたが、お前にも今呪い掛かってんぞ」
「 ええっ!? また!? い、一体誰が!?」
「 だから美里だろ」
  あっさりと言う天童に龍麻はまたびっくりして目を丸くした。そういえば美里は何かというと龍麻に「呪い」とおぼしき様々な魔法を掛けてきたと思ったが、忘れた頃に今また一体何をしてきたというのか。
「 そういやあいつはお前の事を伴侶だ何だ言ってたが…あながち冗談でもなかったのか」
「 な、なあ…。美里、俺とマリィにどんな呪い掛けてんだ?」
  龍麻の問いに天童はどうでもいいという顔をしていて、既に未だ人の通りのない辺りに目を配っていた…が、とりあえず無視する気もないのか答えだけはすぐにくれた。
「 そのガキは大したもんじゃねえよ。俺みたいな奴が近づくと軽く火花が出る程度だ。ただ別段害のない人間でも、その時たまたまキレてたり不機嫌な時にソイツに近づいたりすると同じように攻撃される。…つまり、今そいつに近寄れるのは羊級に温和な人間か…そいつの仲間だけって事になるな」
「 ちょ、ちょっと…」
「 お前の呪いはちっと見えねえ。だが俺がこうやって触っても平気って事は…」
「 わっ」
  ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜられて龍麻が声をあげる。天童はその様子を黙って見やった後、また何か嫌な事でも思い出したのか口元を歪めて言った。
「 恐らくはそれ以上の接触で火花が出るんじゃねえか。特大級の…な」
「 ???」
「 龍麻パパ〜。ねえネ、この人ダレナノ〜?」
  両者に挟まれ、雨に濡られ。
  訳の分からない呪いの存在を聞かされた龍麻は、暫しごちゃごちゃとする思考を整えるのに必死になった。


  マリィがパーティに加わった!!
  龍麻は「最後の扉」という呪いを掛けられている!! これは美里以外の人間が龍麻の○○を奪おうと画策した時、その者に大いなる災いをもたらすという恐ろしい呪いである!! しかし龍麻自身はこの呪いが何なのかまだ分かっていない!!



  《現在の龍麻…Lv20/HP30/MP45/GOLD117950》


【つづく。】
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