第99話 修羅場!!?

「 はあ…」
  食事を済ませ、1人2階の部屋に戻った龍麻は大きなため息をひとつついた。
  ベッドに腰をおろしたまま窓越しに明るく照らされている月の光をぼんやりと見やる。いつの間にか雨は止んだようだった。
  すぐに地下の壇上門へ向かうと言った龍麻に桜井と雛乃、それにマリィまでもが「今夜は一晩ゆっくり休むよう」強く言った。恐らくは龍麻が階下へ下りてくる前からその事は醍醐たちとも決めていたのだろう。桜井はどことなく偉そうに両手を腰に当て、言ったのだ。
『 ひーちゃん、体力が戻ったって言ってもね。やっぱり一晩は宿屋でしっかり休まなくちゃ駄目だよ。フツーのDQだっておっきなボスと戦う前はちゃんと宿屋に一泊してから出掛けるじゃん? 大丈夫、今夜一晩くらいは醍醐クンたちで食い止められるから』
『 今はわたくしたち姉妹で結んでいる結界も強固ですしね』
  付け足すように雛乃も言った。
  食事を運んできた桜井が龍麻にキツイ物言いをした雛乃をきっぱりと叱ったせいだろうか。それともはじめからそれほど龍麻にしつこく突っかかる気もなかったのだろうか。雛乃は素直に言い過ぎたと侘びを入れると、後はもう柔和な笑みを向けたまま静かに食事をしているだけだった。
  何もかもが居た堪れない。龍麻は先刻までの出来事を反芻しながら、再度深くため息をついた。
  万全の体調で明日の戦いに挑む。それは正しい行動なのだろうけれど、本当に自分はこんな所で1人呑気に休んでいて良いのだろうか。皆が交代であの恐ろしい異形に立ち向かっているだろう時に、ただでさえ姿を消して迷惑を掛けていたくせに、そこまで甘えてしまって。
「 一体何が勇者だよ…そうだよ…」
  雛乃の言葉が依然として深く龍麻の胸に突き刺さっていた。
  勇者のくせに、一体何をしていたのか。
  それに……。
「 翡翠の俺に対する信頼…」
  声に出してみると胸の痛みは何だか余計に酷くなるような気がした。思えば自分はその、彼がこちらに期待している「勇者」という枷が重かったから逃げ出したのだ。如月翡翠という男がいとも簡単に己の命を犠牲にしてこちらを生かそうとする姿勢に恐怖した。
  今はもうそこから視線を逸らしてはいけないと知っているけれど、でも……。
「 はあ…。もう頭ぐちゃぐちゃだっ」
  ボスンと大きな音を立てて龍麻は座っていたベッドに仰向けに倒れこんだ。
  眠っている場合ではないけれど、やはり眠い。疲れは取れていないのだなと思った。
「 何がぐちゃぐちゃだって?」
「 うわあっ!?」
  その時、突然上からそんな声が落ちてきた事で龍麻は思い切り面食らい声をあげた。
  と、同時にぱちりと開いた視界には暗い影が覆っていて……。
「 て……」
「 何1人でぶつぶつ言ってやがる。気色悪ィな」
「 天童…」
  そこには一体いつ部屋に入ってきたのか、大体いつ戻ってきたのか、ふらりと消えていなくなっていた天童がいた。当たり前のように龍麻の横たわるベッドに腰を下ろしていて、龍麻の頬近くに片手を置いて覆いかぶさるようにこちらを見下ろしている。
「 いやに静かだな。あの煩い連中、何処行ったんだ?」
「 あ…。醍醐たちは城に…。マリィとか女の子たちは他の部屋…かな」
「 そうか。俺はてっきりここでお前と寝るのかと思ってたぜ」
「 そ、そんなわけないだろ…」
  どうでもいいがこの距離は何なのだ。
  龍麻はどきどきとする胸を努めて抑えながら平静を装いそう答えた。先ほど天童に訳の分からない事…大事なところまで触られてしまってただでさえ嫌でも意識してしまうというのに、向こうは何て事もなかったようにすぐ傍でじっとこちらを見下ろしている。大体、見下ろされるっていうのが好きじゃない。妙な圧迫感を抱いたが、それでも龍麻は身動きが取れなかった。顔の傍に天童の手があったからというのもあるかもしれない。
「 天童…何処、行ってたんだ…?」
  とにかく雰囲気を変えたくて龍麻はそう訊いた。勿論、彼が何処へ行っていたのか知りたかったからというのもあるが。
  けれど天童はつまらなそうな顔で素っ気無く答えた。
「 別に。まあ折角だから…な。色々見て回ってた」
「 ふ、ふうん…」
「 何だよ」
「 いや…。町の人に嫌な事してないよな?」
「 何だそりゃ」
「 だ、だって…」
  天童にとってはこの国の人たちはやはり憎むべき存在だろう。今でこそ不穏な空気に満ち、異形が集うような物騒な様相を呈してはいるが、繁栄した街並にはやはり面白くないものを感じたのでは…。
「 つまんねえ街だな」
  けれど龍麻の心内を読み取ったのだろうか、天童は皮肉な笑みを浮かべるとそう言った。何故か言いながら龍麻の頬をさらりと撫でてきたが、龍麻はそれを振り払えなかった。
  天童は続けた。
「 世界に名だたる徳川国って言ってもよ…。一旦呪いを取り込んじまえばこんなにも脆い。それでもここの先代はまだそれなりだったと思うが、今てっぺんにいる奴は…ただのアホだろ」
「 え…?」
「 そんな場所に今更何かしようなんて気、起きねーよ」
「 ………」
「 何だ? 何かして欲しいってんなら、期待に応えてやってもいいぜ?」
「 えっ! やっ…な、何もしなくていい!」
「 ふん」
  自分の発言のいちいちに考え込もうとしたり焦ったりする龍麻を面白そうな顔で見やりながら、天童は軽く笑った。それから更に龍麻の頬を撫で、ついで流れるように額から前髪まで指先を移動させると、天童はそのまま龍麻の髪の毛をぐしゃぐしゃとかきまぜた。
「 わっ…も、もう、何すんだよっ」
「 まあ…さっきは邪魔が入ったしな」
「 え?」
「 美里の奴がどこまでお前に呪い掛けてんのか試してみるのも面白い…」
「 ちょっ…天童…?」
  まさかまた先ほどのような事をされるのだろうか?
「 やめ…!」
  焦ったように龍麻が上体を起こそうとすると、天童は喉の奥だけでくっと笑い、すかさずその動きを封じ込めてきた。肩先を強く掴み、ともう片方の手は龍麻の頭ごと抱えこむようにして後頭部を支え顔を寄せる。
  近づいてきた天童の双眸に龍麻は思い切りうろたえた。
「 な、何だよやめろよ、何でそんな…近い…」
「 まあ…何も知んねーお前に俺が優しく教えてやるよ」
「 な、何を…?」
「 黙ってりゃ分かる」
「 や、やだ…!」
  近づき触れてこようとした唇に龍麻はぎゅっと目を閉じた。何故か身体が硬くなって動かない。おかしい、どうして身動きが取れないのか、めちゃくちゃに暴れてこの不可解な状況から脱しなければならないのに、天童の鋭い双眸を一瞬見てしまった事でまるで金縛りにあってしまったかのようだ。
「 ……ッ」
  けれどどんどん迫るその天童の影に龍麻がただじっと目を瞑っている時だった。
「 ………ハ」
「 ……?」
  不意に天童の気配が離れたと思った。
  まだすぐ傍にはある。覆いかぶさるような体勢はそのままで、実際薄っすらと目を開けると、そこには天童の相変わらずの不敵な顔がよく見えた。
  けれどどうした事か先ほどまで痛い程にこちらを見ていた天童の視線は自分にはなく、龍麻はぱちぱちと何度か瞬きした。
「 天童…?」
「 ……俺の後ろを取ったくらいで何か出来るとでも思ってんのか?」
「 え?」
「 …………」
  意味の分からない天童の台詞に龍麻は聞き返したが返事はなかった。いよいよ不審に思って龍麻は天童の顔をまじまじと見上げた。
  けれど天童はそんな龍麻を見てはいなかった。笑いながら注意は背後に向けていた。だから龍麻も流されるように首を伸ばしてそちらを見た。
「 あ……!」
「 何かだと…。このままお前を八つ裂きにでも何でもしてやろう…」
「 フン……犬が……」
「 ひすっ…!」
  天童の声にかぶさるように龍麻は声をあげた。咄嗟に起き上がろうとしたが、しかしそれは天童の片手に遮られた。
「 龍麻から……」
  すると天童のその所作に対しぴしりと空気の割れたような音が聞こえた…気がした。
  直後、氷よりも冷たい澄んだ声。
「 龍麻から離れろ…九角…ッ!」


「 翡翠!!」


  扉の入口から刀の切っ先を向け鋭い視線を向けているその人物を龍麻は呼んだ。
  声を聞いた途端、その姿を見た途端、龍麻は一気に胸の鼓動が激しくなった。
  会いたかったけれど会いたくなかった大切な仲間。
「 翡翠…っ」
  天童を間に挟んだ格好で、そしてその天童に組み伏せられたままの格好で、龍麻はただこちらに殺気立った目を向けている如月の姿を必死になって見やった。



  《現在の龍麻…Lv20/HP110/MP95/GOLD117950》


【つづく。】
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