番外編 剣と食い気と |
京一が小高い丘からぼんやりと遠くの景色を眺めていると、背後から聞き慣れた陽気な声が掛かった。 「 やっぱりここにおった」 「 あー? 何だよ。食いもんでも持ってきてくれたのか?」 首だけ捻って背後に立つ青年―劉―に愛想のない顔を向けると、相手は肩を竦めて苦笑した。 「 はーあ、全く戦ってる時以外はほんま覇気のないお人やな。あんたの頭は斬るか食うかしかないんかい?」 「 失礼な奴だな。そこんとこに色気も追加しとけよ」 「 ははっ。あんたにそんなイイもんがあったかいな?」 「 ……テメエ」 この山篭りを開始してからもうどれくらいの時が経っただろう。自分より年齢は1つ下だというこのひょうきんな、それでいて小生意気な劉の口調にも今やすっかり慣れた京一である。 それでも折角の小休止の時にわざわざこの青年とくだらない言い合いをする気持ちは、今の京一には起きなかった。 「 また考えてるやろ?」 「 あ?」 すると、すとんと横に座って細い目を更に細くした劉が京一に言った。自らも前方に広がる広大な平原に視線をやり、京一の方は向いていない。 「 ……何だよ」 京一はそんな劉を苦々しい気持ちで見やりながらぶすくれた声を出した。 「 お前のなぁ、その何もかも察してるって態度は、かなりむかつくぞ」 「 あらま」 とぼけた声で劉は「困った」と言う風な仕草で軽く両手を挙げたが、それでもやはり動じた様子はない。依然として視線は遠方へやりながら続けた。 「 京一はん。あんたの剣はほんまに凄い。正直わい、じっちゃんがわい以外の奴をこの山に篭らせる言うた時、ああ面倒な事が起きた、手助けなんかするつもりないけど、目の前で誰かが死ぬのを見るのんはもう勘弁や、堪らんって思ってたんやで」 「 はっ…何だそりゃ。俺がお前のお荷物になるって?」 「 そや」 「 おいっ」 「 まあ聞き」 劉は困ったような笑いを口元に浮かべながら、背中に背負っていた細身の剣をスラリと抜いた。いつ見てもよく手入れされている。軽いノリでいつもおちゃらけてばかりいる奴だが、京一は同じ剣士として心では劉の事を買っていた。 「 わいなぁ…」 その劉は両手で握り締めた剣の柄から刃の先まで一通り眺めた後、しみじみと言った。 「 わいは強くならなアカン男や。目的を果たすまでは余計な事しとられん。だからここで…いっちゃん強ぅなるって決めたんや」 「 ああ。お前のくそ真面目な修行っぷり見りゃ、その決意の程はさすがに分かるぜ」 京一が素直にそう誉めると、対照的に劉は珍しく皮肉っぽい顔になって言った。 「 けど、あんたのせいでわいはわいの限界が見えてきてしもた」 「 は? ……限界って。何のだよ」 「 剣の腕」 「 おい…」 劉の言葉に京一が眉をひそめると、劉の方は逆ににいっと白い歯を見せて笑んできた。そうして再び剣を仕舞い、平然として続ける。 「 天才っているんやな。わい、しみじみ思ったもん。ははっ、全く、むかついてんのはこっちやで。時々背後からぷっすり刺してしまいたくなったりな」 「 ……こら。目ぇ、笑ってねえぞお前」 「 しかも京一はんの戦う理由が、これまたわいには気に食わん」 「 は…?」 京一のひきつった笑いも言葉も何もかもすらりと流して、劉は突然腕組をし口調も変えて言った。 「 緋勇龍麻は、あんたがその命を懸ける程の相手か?」 「 何だよ急に」 「 あんた。そうやって時間が空いた時はいつも遠くを見てるな。緋勇の足跡を目で追ってるわけや。実際見えるわけでもないのにな」 「 ……俺も前から思ってたんだけどよ」 劉の挑発に付き合う義理はないと思いながらも、京一はつい乗って口を開いた。 「 お前、あいつの事になるとやけにつっかからねえ? まるで前から知ってる奴みたいに」 「 ………知っとるよ」 「 まじ? なら俺こそ知りてえよ。あいつ…ひーちゃんとはよ、ホント偶然会ったんだ、俺は。モンスターがうじゃうじゃ出るところを武器も何も持たないでフラフラしてて…何つーか、このままほっといたら確実に死んじまうだろうし、最初はただの気紛れで行きたい所までついてってやるかってな。ホント、ただの暇つぶしだったんだぜ。けど…」 「 あの甘いマスクに翻弄されて骨抜きにされた言うわけや」 「 お前なあ、何でそんな毒のある言い方しかできねーんだよ。しまいにゃぶっ飛ばすぞ」 「 ……確かにあの人の氣は緋勇の血を継ぐ者やった。けど、わいが求めてたもんとは違った」 「 ああ?」 「 京一はん。わいはな…あんたなんかよりもずっとずっと昔っから、あの緋勇のこと知ってたんや。待ってたんや。……なのに、興冷めや。顔は綺麗やけど、《力》はてんで駄目やんか」 「 あ…?」 「 あんなじゃ、柳生は倒せん…。だからわいは…」 「 ……ったく。よく分かんねーけどよ」 京一ははあとため息をついた後、ぐとい伸びをして劉の陰氣を振り払った。この劉という青年が異様な程強さというものにこだわる事、この山にこだわる事、そして…龍麻にこだわる事を京一は共に行う修行を通して既によく知っていた。 そして龍麻を「守りたい」と言った自分に対して、この劉が何やら面白くないものを感じているらしい事も。 京一は自分なりに理解しているつもりだった。面倒臭いからあまり深く追求したりはしていないのだが。 「 お前や道心の爺が何かデカイ敵を意識して動いてんのは分かった。そんで、何故かひーちゃんのことをすげえ重要視してんのもな。けどまあ、そのどんな事も俺には興味がねえし関係がねえんだよ」 「 ……ああ」 「 俺はよ、ただもっと強くなってひーちゃんを守ってやりたいだけだ。あいつが自分とは関係ないとこでこれから辛い目に遭うんなら、それから守れるようにもっと剣の腕を磨いていたい。お前があいつに憎まれ口叩きながらすげえ期待してんのも、よく知ってるよ。だからよ…不必要にひーちゃんの悪口言うのはよせや」 「 ……すまんな」 「 何謝ってんだよ」 意表をつかれて京一が目を丸くすると、劉は途端に「いつものノリ」に戻って明るい調子で言った。 「 まあ、誰かて片想いの相手を悪く言われたら気分も悪くなる言うもんや」 「 おい…。片想いってのが何か引っかかんだけどな…」 ぶすくれたように頬を掻きながら京一は呟くように返した。 正直、「恋」などという恥ずかしいものを意識する間もなく離れてしまったから、片想いという言葉にも京一は自身でぴんときていなかった。龍麻が大事で、龍麻を守ってやりたい。ただそれだけが間違いのない事実で、たとえその感情が他人から言わせれば「十分友情以上の想い」だとしても、京一には何とも答えられないところがあった。 ただ早く会いたい。その想いだけは日を追う毎に確実に増していた。 今頃どうしているだろう。またおたおたとして困っていないといいのだが。 「 なあ京一はん。けど、ほんま申し訳ないんやけどなあ」 その時、ふと考えに耽っている京一に劉がひょいと横槍を入れてきた。 「 緋勇はな、いずれわいと一緒になる人なんやで」 「 は、はあぁ?」 劉のその突然の断言に京一はぎょっとし、それから思い切り唾を飛ばして叫んだ。 「 な、何だそりゃ! テメエ、さんざひーちゃんのことキツイ言いようしといて! い、い、一緒になるって! それじゃ結局周りの奴らと同じじゃねーか!!」 「 違うわ」 劉はすっと立ち上がると京一を見下ろし不敵に笑った。 「 わいとあの人との絆は他のもんとは全然違うわ。京一はんにもいずれ分かるよ。だから…わい、それまでにあんたに勝たなアカン」 「 ………」 声は明るかったが劉の目は真剣だった。けれど京一が黙りこくると劉はその場の空気を誤魔化すようにして笑った。 「 剣ではどうしたって敵わんけどな。ま、戦いは剣だけやないし。剣と魔法あわせれば、わいかてなかなかのもんやで」 「 はっ…」 「 何や?」 「 べっつに。ただ、一個を極められない奴はすぐそうやって色んなもんに手をつけんだよな」 「 イテテ。はは、ほんまむかつくお人や」 「 そりゃこっちの台詞だ!」 劉がギリギリの線で自分を隠そうとしているのが京一には分かったから、敢えて訊くのはやめた。だからせいぜい明るく切り返してやると、劉は「ははは」と笑った後さり気なく視線を逸らし言った。 「 なら、小休止はここまでにして手合わせせん? わい、元々その為に来たんやし」 「 はぁ? ……ちっ、しょうがねえなあ。こっちゃ昨晩から続けざまの戦いで疲れてるってのに」 「 けど今頃緋勇はもっと苦しい思いしてるかもしれん」 「 ………」 「 それがあの人の宿星でもあるんやろけど…」 「 ……ったく。なあ!」 ぽりぽりと頭を掻いた後、劉の声を掻き消しながら京一は自分もゆっくりと立ち上がった。 そして剣を抜きながら。 「 くだらねえ事言うんじゃねえよ。ひーちゃんは大丈夫だ。あいつ、ああ見えてしっかりもんだぜ。俺が行くまで、ちゃんとやってる。俺はひーちゃんのこと信じてるぜ」 「 ……愛の力かいな」 「 そ」 「 向こうさんは今頃色んな人から【愛】連打されまくりやで」 「 そ、それを言うなよ…。気にしてんだから」 「 ははっ」 京一の苦虫を噛み潰したような顔に劉はようやく本心からの笑みを浮かべた。 京一はそんな劉の顔を見ながら、ふと山に入る前道心が言った台詞を思い返した。さんざ子弟の自慢話をしていたあの酒飲みが、最後に言っていた。 「けど、あのガキはお前よりガキだからちっと不器用でな」と。 その時は何の事か意味が分からなかったが、今なら少しだけ分かると京一は思った。 「 ふ…まあ、俺には関係ない事だけどな」 「 あ? 何か言ったかいな」 「 何でもねえよ。おい、ところで、お前が負けたら何か奢れよ」 「 はいぃ? そんなん負けるに決まってるやんか…ひっどいな」 「 うるせえ。こっちゃ、ひーちゃんに会えないの我慢して修行してんだ。好きなもんくらい食わせろ!」 「 やっぱ食い気と剣しかないお人やわ」 「 バーカ」 京一は「だから言ってるだろ」と付け加えた後、笑った。頭にたった一人の自分の勇者を思い浮かべて。 「 そこに色気も追加しとけっての」 あともう少し。 自分の納得できる剣が振り下ろせたら、龍麻に会いに行こうと思っている京一である。 《その頃の龍麻…Lv20/HP30/MP45/GOLD117950》 |
【つづく。】 |
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