―7― 目を開いた時に一番に思ったのは、天井が白いという事だった。 「………」 何かを発しようと唇を開いたものの、しかしツキトはすぐに声を出す事ができなかった。満足に目を開ける事もできなかった。 「……?」 けれど薄く開いて飛び込んできた視界の先は確かに眩しく、日差しを浴びた水面が風に揺れてキラキラと輝いているようにも見えた。ツキトが住んでいるアパートは築十年以上経っている古い木造家屋だから天井が白いわけはない。こんな光景はおかしいなと考えている最中、不意に耳元で声が掛かった。 「ツキト」 突然のそれにツキトはぴくりと肩先を揺らした。 「ツキト…っ」 その声はツキトの微かな反応に素早く気づき、再度力強い調子でその名を呼んできた。 「…ぁ……」 「動かなくていい…。そのままでいいから…」 「………」 震える唇で応えようとするツキトに声の主はそう言って先を制した。 絞り出すように放たれたその音はひどく痛々しいもので、ツキトはその声を出した人間を見ようともう一度身体を動かそうとした。けれども自らが脳に発したその命令は左の指先をほんの少し動かしただけだった。 「う……」 「ツキト…! ツキトごめん。本当にごめんな…!」 声の主ははツキトのその指先にそっと触れるとやがて力を込め、そう言った。 「……ごめん……」 段々と耳もはっきりと聞こえるようになり、ツキトは開きかけた唇をもう一度戦慄かせた。 「か…り……」 刈谷の名前を呼ぼうとしたものの、けれどその音は喉の奥で潰えた。徐々に意識が戻ってきて、目覚めた時は確かに白く見えていたはずの天井が段々と色を帯び全く違う色に変貌していく。 やはりボロアパートの天井は古いままで、板張りのそれは黒く煤けているようにすら見えた。 天国に来たのかと思ったのに。 「ツキト…」 刈谷が呼んだ。 「身体辛いだろうけど…。車来たらここを出るから」 「え…?」 悲痛な様子でそう言う刈谷の言葉に、ツキトはここでようやく声を出せた。無理に顔を動かし、傍で自分の手を握っている刈谷を認め、眉を潜める。ひどい顔だ。あちこち殴られて腫れ上がって、髪も乱れている。乾いた血の痕が額や口元に残っており、いつもの端麗な容貌は見る影もなかった。そしてやがて蘇る先刻までの記憶にツキトは途端、全身に恐怖を覚えてぐしゃりと顔を崩した。 イタイ。 「や…ぁ…ッ…!」 「ツキト苦しいか!? すぐ手当てしてやるからっ。な? こ、ここを出たらすぐ…! 身体もちゃんと洗ってやるから…!」 「あ……」 ただ茫然と刈谷を見つめていたツキトは、その言葉で今の自分の現状にようやく気がついた。身体には刈谷が被せてくれたのだろう、大きめのタオルケットがあったが、その下は完全に全裸の状態だった。 次第にありとあらゆる感覚が鮮明に蘇ってくる。 全身を苛む気だるさ、痛み。肌のあちこちについている紅い刻印からも、あるはずのない刺すような痛みがツキトを襲った。またそれだけでなく、殴られたり身体をぶつけられた時にできた痣もひどい色になっており、恐らくは顔もそれと同じようにひどい状態なのだろう事が容易に想像できた。目がきちんと開かないのも刈谷と同じくらい、いやそれ以上に腫れているせいかもしれない。 「な…何、時……」 掠れた声でようやくそれだけ訊くと、刈谷は苦しそうに一旦言い淀み、「もうすぐ16時だ」とだけ答えた。そしてそれきり、もう何も言わないで欲しいというように項垂れた。 「よ、じ……?」 ツキトはツキトで、刈谷のその答えに愕然とした。 確かに昼前には一度時間を意識する機会があったのだ。ぼやけた意識の中でムラジが時間の事を言ったような気がしたから。けれどその後ツキトはまた意味もなく殴られて、突っ込まれたままの身体を無理やり起こされ「そろそろ死ぬか」と脅された。ツキトの唇をこれでもかというほど犯したムラジは、そうやってツキトのことを欲しているくせに、一方で「死」という言葉に異様に取り憑かれ多用していた。 「あ…あぁ…」 その先刻までの出来事をはっきりと思い出し、ツキトは呻くように声を漏らした。 そうだ。そしてあいつは自分を犯し、殴打する度言ったのだ。 その名を呼ぶなと怒り狂って。 ツキトの中で何度か果てた後、そこで終わるのかと思ったムラジは何を思ったのか今度はツキトの服を全部脱がし始め、忌々しそうに言った。 「そいつぁ、誰だ?」 「………」 何を言われているのか分からずに、ツキトは全裸にされた状態でただだらりとその身体を横たわらせ、そう言ったムラジを力なく見上げた。 「誰だって訊いてんだ…」 ムラジはツキトの脱がした服をわざわざ左右に引き裂いて足元に破り捨てると、そこにペッと白い唾液を吐き捨てた。眼は完全に据わっていた。 「フウー…」 そうして再び気だるそうに屈みこむと、ムラジは裸になったツキトの腹から胸にかけてをザラリといやらしく撫で上げた。その淫猥な指先は暫くの間何度か上と下を行き来していたが、やがて乳首のところでぴたりと止まると、その尖った爪先でツキトのそれをぐりと潰した。 「ひっ…」 ツキトの悲鳴に気を良くしたのか、ムラジはそこを何度も爪で弄りながら細い眼を吊り上げて再度訊いてきた。 「前の男か…? ン? 刈谷じゃないのかお前…本命はよぉ…?」 「……ぅ…」 拷問のようにギリリと乳首に爪をかけられ続け、ツキトは痛みに顔を顰めた。それでも上に押しかかられた状態では最早逆らう力すら残ってはいない。その間もだくだくとムラジの精液と突き破られて出た自らの血が腿を伝って流れ落ちていく。 もうどうしようもなかった。 意識を飛ばしたいツキトに、それでもムラジは容赦なく言葉を叩きつける。 「女みてぇなピンク色じゃねえか、あぁ…? 感じてんだろーが? …なのに俺にヤられて他の男を想像してるとはなぁ…? あァ!?」 「ぐっ…!」 もう何度やられたか分からない。何十発目のパンチが頬に炸裂してツキトはムラジから顔を背けた。 「こっち見ろや、オラァー! いいか…。テメエを抱いてやってんのはこの俺なんだよぉ! ええ!? 何度もテメエにイイ目を見せてやってんのはよ…なぁ、この俺だァ!! オラ、ここも舐めてやるぜぇ…欲しがって見えるからよぉ…!」 「う…う、ぅ…」 ちゅうちゅうと子どもが母親にミルクを強請るような音をさせ、ムラジはツキトの乳首をキツく吸い上げてきた。もう殆ど何も感じなくなっているはずの拒絶感がそれにより再びツキトの全身を総毛立たせた。 「や…め……」 「殺されてえのか…! つまんねえ言葉は吐くんじゃねえ。テメエが発していい言葉は『イイ』か『キテ』だけだ。分かったか、アァ!?」 「………」 「言え! オラ、キテって言ってみろ! おら!」 「あっ…!」 また一発。今度は肌を晒した腹にもろに喰らった。胃液が出そうになったものの、ツキトは咳込んだだけでまたその場にぐったりと項垂れた。 何を激昂しているのか、ムラジの怒りはツキトを抱けば抱くほど増大していった。 「う、う…」 一度だけ。 ただ一度、セックスさせてやれば気が済むのだとツキトは思っていた。それでここから立ち去ってくれて、刈谷も自分も助かればそれでいいと思ったのだ。ツキトは誰にも死んで欲しくなかったし、勿論自分も死にたくはなかった。あんなに絶望的な気持ちになっても、志井に見放され孤独を感じて寂しいと涙にくれても、ツキトは死にたくはなかったのだ。だからこの異常者にも大人しく屈した。 でも、今は。 「もう……」 嫌だ。 嫌だ嫌だ嫌だ。 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。 「やめ…」 「この…クソ野郎ッ!」 「がッ」 また殴られ、そして今度は片足を思い切り持ち上げられたかと思うと、それはムラジの肩に掛けられた。 「あ…あぁ…」 信じられない、またやろうとしている。乾いたはずの涙からまた透明の液が零れてツキトは声を詰まらせた。 「く、ぁ…っ…」 「いいか聞け…。ツキト、か…?」 ムラジが言った。背後で気を失っている刈谷を指差しながら抑えた声が部屋に響く。 「俺に服従しなけりゃコイツは殺す…。元々俺はコイツの事が大嫌いでなぁ…? 気に食わねえ面していっつも取り澄ましてやがってよぉ…。やってる事は俺と同じだ…。けど、女共はコイツに群がりやがる…。全くむかつくぜ…。こんなクソ野郎はいつでも殺れるんだ…分かってるか…?」 「………」 「だが、テメエは困るんだろうが…? こんなクズでもオトモダチなんだろ? 大体、ここで死なれちゃ迷惑だもんなぁ…?」 「………」 「どうなんだ、ああ!?」 「……ど、こでだって……」 「あ……?」 返答を強要されてツキトは目を瞑りながら必死に応えた。もうどうでもいい、好きにしろと思っているはずなのに気づくと必死になっていた。 「自分のせいで…知っている人が死ぬのは…嫌だ…」 自分は死んでもいいけれど他人が死ぬのはやはり嫌だった。 「嫌、なんだ…。だから…」 「………」 途切れ途切れに言ったツキトの言葉の意味を理解しているのかいないのか、ムラジはニタリと笑うと再びツキトの乳首に唇を寄せ舌を這わせた。 「ふぁっ…!」 「フ……ならなぁ……言え。俺が欲しいと言え。ここと同じくらい甘い…蜜が出るような声で言えよぉ…? 機嫌が悪くなると俺は…すぐに俺を抑えられなくなるんだからなあ…」 「………」 「聞こえてんのか、あァ? ツキトよぉ!?」 「き…て……」 ぐっと唾を飲み込んだ後に発した言葉にムラジは欲望の眼をますます滾らせた。それでもまだ気が済まないのか、そう言って視界を遮断したままのツキトの前髪を引っ張り怒鳴り散らす。 「聞こえねえなあ!」 「きて……」 「聞こえねえ!」 「きてッ!」 「ひ…ひはは―…ッ」 「あぁッ!」 何度打ち込んでも全く萎える事のないムラジの雄は、日差しが昇り部屋の中が一気に明るくなっても尚続いた。 「あっ、あっ、あん…あぁッ」 「ふっ…ツキトか…ッ。テメエにずっとぶち込んでてやる…! その…昔のヤロウのじゃあねえ、俺のをな…! テメエがホントに良くなるまで…オラッ…オラァッ!」 「やぁ―ッ!」 ずっと続いた。 そして意識が途切れる度にムラジはツキトを起こし、自分を誘えと命令した。 「志井さ…」 「黙れ!」 思わず呟いてしまう志井の名前はことごとく消された。そしてその度に怒りに燃えるムラジからこれでもかという程のこっぴどい仕打ちを受けた。 「志井さん…っ」 それでもツキトは。 「志井さ…!」 自分の理性が続く限りは、合間合間に志井の名前を呼び続けた。 それはツキトのただ1つできる唯一の抵抗だった。 それがこの異常者をより怒らせるのだと分かっていても、最早自分自身の意思でもそれを止める事はできなかった。 「夜になったらアイツはまた戻ってくる」 何度か時計を気にしながら刈谷はそう言った。 血が出るのではないかという程きつく唇を噛み、実際にもうそれで何度目か、刈谷は切ってしまった唇から新たな血を滲ませた。 それを忌々しそうに拭いながら刈谷は続けた。 「車持ってる知り合いに電話して迎えに来てもらう事にしたから…。もうすぐここに来るはずだ…。そいつはムラジとは関係ない奴だから心配すんな」 「刈、谷…?」 「……とにかくひとまずはここを離れないと…ヤバイ。アイツ…狂ってる…。マジで…ツキトのこと攫っちまう気だ」 「な…に…」 怯えたようにそう言う刈谷にツキトは意味をきちんと把握できないままにブルリと奮え、反射的に上体を起こそうとした。 「痛っ…」 「ツキト! 無理すんな…っ。迎え来るまで横になってろ! あ…けど、Tシャツか何か着た方がいいな。そこ開けていいか?」 律儀に押入れを指差してから、刈谷はツキトに背を向けるとそこから着替えを探す為さっと立ち上がった。いつもは図々しく部屋に上がり込みたがるし、そこの押入れだって以前には勝手に開けたくせに。刈谷の背中はひどく弱々しく、すっかり憔悴してしまっていた。 刈谷もまた、一度明け方に意識を戻してから再度ムラジに激しく殴られ蹴り飛ばされていたのをツキトは見て知っていた。薄く開いた視界の先で、狂ったように泣き叫びながらムラジに喰ってかかった刈谷は、しかしそれ以上に常軌を逸していたムラジに全く歯が立たなかった。そしてそれこそ半日以上の間、この部屋でツキトがムラジにされた陵辱の数々を目にした刈谷は、自らが受けた傷とは無関係にすっかり廃人のような生気のない顔になり果てていた。 「刈谷…」 依然としてはっきりと発音のできない乾いた喉元でツキトは刈谷を呼んだ。 「………」 けれど刈谷は応えない。けれどツキトの声は聞こえたのだろう、ぴたりと手を止めてじっとその場で動きを止めている。 「刈谷…」 「あいつは俺が殺すから」 するとようやく刈谷が言った。振り返らないままにはっきりと決意のこもった声で言う。 「ツキト…。絶対あいつは俺が殺す。殺してやるから…。だから…!」 「や…めてよ…」 「何でだよっ!?」 ツキトのか細い声に素早く反応して、刈谷はきっと怒りに燃えた眼で振り返った。 「何でそんなこと言ってんだよ!? 俺…俺が返り討ちにあう事でも心配してんのかっ? 別にいい! あいつ殺せれば俺は自分が死んだって…!」 「刈……」 「ちくしょうっ! あいつ…あいつ、ツキトを…! くそお…っ! 絶対…絶対殺してやる…!」 「お…れ……」 ともかくはここを離れたかった。 ツキトは痛んだ身体をもう一度無理に起こし、傍にあった服をのろのろと差し出した左手で手繰り寄せた。ただそれはムラジによって引き裂かれたもので着る事ができない。たったそれだけの動作で息が切れたツキトは、自分のそんな行動を眺めている刈谷に目をやりぽつりと言った。 「服…取って…」 「ツキト、俺は…」 「もういい…。俺…一緒には行かない…」 「え…?」 ツキトの言葉に刈谷が怪訝な顔をした。ツキトは無理に笑おうとして失敗し、けれど何とか平静を装って疲れた顔ながらも言葉を紡いだ。 「俺…自分が死にたくなかったから…あいつの言いなりになった…。刈谷は関係ないし…。だから俺の為に何かするならやめて…」 「何…言ってんだよ…!」 刈谷から怒りを抑えこんだ静かな声で言われたが、ツキトはそれを思い切り無視した。 「服…取って…」 「ツキト!」 「俺…!」 無理に声を大きくしようとして失敗し、ツキトはゲホゲホと咳き込んだ。けれどそれで刈谷が心配して傍に寄ってくるのには再度強く振り切るようにして手で払った。 「ツキト…」 「もう…俺、お前とは関係、ない…」 「………」 「賭けとか…本気とか…もうそんなのどっちでもいいし…。でももう…俺、お前たちに関わりたくないから…」 「ツキト違うんだ! 俺、それは…!」 「いい、別に…」 「良くない、聞けよ!」 ツキトの両肩を掴んで刈谷は悲鳴のように叫んだ。 「仲間うちでからかわれた…! ツキトって可愛い子がいるんだ、バイト先にいて、すごい俺の好みの子なんだって言った。ただツキトは男だって言ったら連中、馬鹿だとか頭おかしくなったのかって言って…。前付き合ってたのも男だったから俺にだって望みはあるって言ったら、そしたら…何か話が勝手に…うまくいったら奢るだの奢らないだの…そんな風に話が勝手にでかくなってって…。知らない間に他の奴らにも広がってて…。それで…」 「だから…そんな事どうでも…」 「あいつは絶対に俺が近づけさせない! もう絶対…! なあツキト、俺はお前が好きなんだ、本気で好きなんだ! だから…だから俺から離れないでくれ…なあっ」 「離…っ」 「俺が絶対守るから! あいつから…俺が絶対…ツキト!」 何度も身体を揺さぶられてツキトは眩暈を感じた。ふっとそれを感じた瞬間、突如としてどっと冷たい汗が全身から噴出し、ツキトは目の前で泣きそうになっている刈谷のことすらまともに見えなくなってしまった。 「あ…」 「ツキト…好きなんだ…!」 「………」 刈谷の悲痛な叫びも遠くで聞こえた。汗が流れてきている。そのはずなのに、今度は一気に悪寒がした。そうだ、熱がまた蘇ってきたのか。いや、元々下がっていなかったものを今頃思い出してしまったのか。再びぼやける感覚の中で、ツキトは刈谷に抱かれ、けれどそうされ続けるのは嫌で堪らなくて、ただ力なく首を何度も横に振った。 「ツキト…!」 「お願…離し…」 「………」 「離して…」 「……離したら」 何度も小さく繰り返すと、やがて刈谷が居た堪れなくなったように叫んだ。 「離したらどこ行くんだよ!? あの志井って奴の所かよ!?」 「……っ」 突然出されたその名前にツキトはぎくりとして遠のきかけていた意識を戻し、目を見開いた。 それによって刈谷の怒りは更に膨れ上がった。 「ずっと…あんな、お前を捨てた奴のこと呼び続けて…! ずっと呼んで余計にあいつを怒らせて…めちゃくちゃにされて…! それでもそいつがいいのかよ!? 志井の所に逃げるのか!?」 「な…に…志井さんは…」 もう関係ない。 志井の元へなど行けるわけがない。 「もう…」 そう言いかけて、けれどツキトは開きかけた唇を刈谷に強引に塞がれた。 「んっ…!」 「ツキト…ツキト、ツキト…!」 「ぃや……んぅっ」 一度押し当てられた唇はすぐに離されたものの、またすぐに重ねられ舌を取られた。刈谷は何度もツキトの名前を呼びながらツキトに自分との口付けを強要した。 「俺といろよ、俺と…!」 「う……」 「ツキト…俺のものになれよ…!」 「やぁ…っ」 やがて刈谷の唇はツキトの口元から首筋へと落ち、未だ肌を晒した鎖骨へと落ちていった。ツキトが熱に浮かされた身体をどうにもできない事に気づいていないのか、刈谷はムラジがしたようにツキトの胸の突起を口に含ませると、そこを蹂躙した男の痕を消すように何度となく柔らかい舌で舐め上げた。 「い…ぁ…」 「ツキト…!」 けれど刈谷が再び身体を仰け反らせたツキトに溺れかけようとした時だった。 プップーと高いクラクションの音と共に、刈谷を呼ぶ友人の声がアパートの外から聞こえてきた。余程急かされてきたのか、刈谷を責める声が周囲を気にする事なくいやに大きく響いてくる。 「くそ…!」 刈谷はぴたりと動きを止めるとツキトから身体を離し、ちっと大きく舌打ちした。 「煩ェよ!!」 そうして刈谷は自分が呼んだその友人を責め返す言葉を吐くと、そのまま立ち上がって部屋の外へ向かって行った。 「………」 ドアのすぐ前の所で刈谷ともう1人の言い争う声が聞こえる。 「…ぅ…っ」 ツキトは何ともなしにその声を聞きながら、もう何度流したか分からない涙をまたぽろりと零した。 |
To be continued… |
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