「ふんわりきらり」
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第8話 友之が「この辺り…」と言って数馬を連れてきたのは、雪也の営む花屋から五百メートル程離れた国定公園のすぐ傍だった。ポプラ並木の向こうに見えるその市民の憩いの場所は、昼間こそ賑やかで中に並立されている美術館なども盛況なのだが、夜は木々の陰で外灯が届かない所もちらほらと見受けられる。友之は身を寄せていた親戚の家に居るのが辛く、そんな時分にもよくウロウロとその周囲を徘徊していたらしいのだが、数馬に言わせればそれは「攫ってくれと言っているも同じ」だった。 「 実は大した事件じゃないのかもねえ」 灰色のアスファルトをすたすたと歩きながら数馬は言った。 「 犯人は普通のサラリーマンでさ。普段は真面目で良識ある人なの。でも夜中にウロウロしている仔犬君を見てね、急にこうむらむら〜っときて、思わず誘拐! でもハッと我に返ったら怖くなって、それで君の事を投げ捨てて逃げた、とか」 「 ………」 何も答えない友之に数馬はニヤリと笑うと、更に調子づいたように続けた。 「 そうなると、何かカワイソウなのはその出来心を起こしちゃった犯人さんって気がするよね。悪いのは罪なキミってとこ?」 「 ……罪?」 「 うん」 「 ………」 「 キミが可愛いからいけないんじゃないの」 「 可愛くない」 数馬のからかいにやっとむっとした気持ちになったのか、それともとっくになっていたものを胸の内に抱えていただけなのか、友之は急に声を上げるとキッとした目を向けた。 「 ふうん」 けれど勿論数馬には何も利かない。 相変わらず歩調は止めず、公園内へ入ってからも背後からついてくる友之にちらりとした一瞥をくれるだけだ。もしこの場に沢海がいたのなら、「一体お前は友之を助けたいのか苛めたいのかどちらだ」と激しく詰め寄るところだろうが。 生憎この場にいるのは数馬と友之、2人だけだ。そうして数馬はひたすらマイペースに歩きたい所を歩いているだけのように見えた。 友之にはそうとしか見えなかったのだけれど。 「 本当にここに来るのか? 失敗は許されないぜ…!」 「 へえ、間違いありやせん。何せここ数週間の奴の行動パターンは徹底的に調べ上げましたからね!」 「 腹減った…」 けれど実際は勿論そんな事はなかった。 「 あー…」 数馬のぴたりと止まった足を不思議に思い、友之は地面の方ばかり向いていた顔を上げた。 園内奥の美術館へ向かう道すがら、そこから少し脇へ逸れた茂みの奥から珍妙な、それでいてどことなく切羽詰った話し声が聞こえる。 立ち止まった数馬がふいと首だけそちらへやると、視線を上げた友之も同じようにそちらの方角へ目をやった。生い茂った草木と大木のせいで話している人間の姿はよく見えない。おまけに身を乗り出してその様子を伺おうとしたところを数馬に頭を掴まれるようにして止められた。 「 か…っ」 「 ちょっと。待て待て」 数馬は視覚と聴覚は相変わらず茂みの奥へとやりながら、自分に抑えつけられて不満気な声をあげかけた友之を牽制した。 友之は片手で強引に抑えられた頭のてっぺんを庇うように数馬の手を払ったが、じんじんとした痛みは暫く消えそうになかった。 2人のいる位置からその会話の主の姿は見えないし、向こうからも見えはしない。ただ3人いる事は間違いなかった。そしてそのうちの1人だけはやたらと背丈のある大男で、大木の陰からその身体が少しだけはみ出していた。 「 まったく、この計画を立ててから既に1ヶ月以上経つ。今度ドジったら姐さんに何を言われるか分かったもんじゃねえ」 自分たちの会話を聞いている者がいるなど露程にも思っていないのだろう。内緒話ならもう少し人気のいない所でやるべきだろうが、物陰の3人は明らかに物騒な事を話しているはずであるのに、その声は割と大きかった。 「 し、しかし奴の拉致もそうですけど、大丈夫ですかね…。この間の方のも…もし仕事をちゃんと果たさなかったのがバレたら…。もしあのガキがここへ戻ってきたりしたら…!」 「 それは言うなッ! 忘れろッ!」 「 しかし…」 「 大丈夫だ、あんなガキにここまで帰ってこられるだけの金も何もありはしねえ。大体、あんな恐ろしい目に遭ったんだ、そうそう戻ってこようなんて思わねえよ。身内にしたってあのガキは厄介者だったらしいし。わざわざ探すわけねえしな」 「 ならいいんですが…」 「 大体、こうなったのも全部このバカのせいだバカの!」 「 いでっ! いでえよ、アニキ…」 「 るせえッ! テメエのせいで俺たちゃ危ない橋渡ってんだろうが!」 「 だ、だって…」 3人のうち、1人はやたらとびくびくしていて、もう1人はやたらと偉そうな口ぶりで話している。この中のリーダーだろう。そしてそのリーダー格の男は唯一数馬たちの位置から見える大男を叱咤していた。 「 うーん」 間の抜けた会話を続ける彼らの声を全て漏らす事なく聞いていた数馬は、やがて腕組をした後不思議そうに首をかしげた。 「 ねえトモ君。あいつらの声に覚えある? キミを誘拐したのってあそこにいる人たち?」 「 えっ…分からない…」 「 分からないって。そりゃここから顔は見えないけど、声とか聞いて覚えないの? あの人たち、明らかにキミの事喋ってない?」 「 そう…なの?」 「 ……あのね」 呆れたように呟く数馬に友之は慌てて再び視線を茂みの方へと移した。昨日数馬にも話したのだが、友之は自分の事を無理やり拘束してあの見知らぬ路上へ投げ捨てた犯人たちの顔を見ていない。複数だとは何となく感じたが、何せいきなり薬のようなものを嗅がされて意識を失ってしまったので、その先の記憶はぷっつりと途絶えているのだ。 「 でもなあ…」 数馬はぽりぽりと顎先を掻きながら釈然としないように呟いた。 「 この街を覆う嫌な感じのオーラってあそこにいる連中とは違うんだよね。何ていうかもっとドロドロしているって言うか…」 「 うわっ!? お、おおお前はッ!!?」 隠れるでもなく堂々と茂みの前の通りに立っていた数馬にはこうなる事など分かっていたであろうに。 「 やあ」 片手を挙げて挨拶をしたのは数馬。しかし男は勿論そんな数馬は見ていなかった。 ひとしきりの会話を終え、不意に茂みから出て来た3人組のうちの1人が突然自分たちの前に現れた数馬…否、友之の姿を認めて大声をあげた。恐らくは3人のうちのリーダー格らしい男だ。 「 ガ、ガキ…! テメエ、どうやってここへ…!!」 「 バスで戻ってきたんだよ」 数馬は飄々として答え、自分たちの前に現れた男を見つめた。 小男。黒のスーツに身を纏ったその姿は如何にも「その筋の人間と思わせたが、背後から続けてやってきた小太りの男は、どちらかと言うと商人タイプだった。 「 あー! ガ、ガガガキ!!」 そして最後に現れた唯一影の見えていた大男は、頭の足りない用心棒と言ったところか。2人と同じように友之を認めて目を見開いている。 「 か、数馬…」 そんな3人の様子に友之は数馬の腕を引っ張るようにして不安そうに呼んだが、数馬はびくともしなかった。表情も憮然としたまま。 どうにも気持ちが悪いのだ。 友之を見て一様に驚いた顔をしているこの3人組は間違いなく友之を拉致した「犯人」だろう。心など読まなくても分かる。しかしこんなにあっさりと見つかって良いものだろうか、そんなのは面白くないし、大体やっぱり納得がいかない。 「 オジサンたち、あんな物影でこそこそ何してたの?」 「 んなっ…!?」 物怖じせずとぼけた質問をする数馬に、リーダー格の小男は一瞬意表をつかれたように身体を仰け反らせた。 しかし相手が子どもだという事で気が強くなっているのか、すぐに胸を逸らすと脅すように睨みをきかせる。 「 テメエ…聞いてやがったな?」 「 何を」 「 とぼけるなッ! 人の話を盗み聞きとは太ェ野郎だ! ガキでも容赦しねえぞ!」 「 どう容赦しないの」 「 おい! ブービー!」 「 おうっ」 怯まない数馬に小男はぎりりと歯軋りした後、背後にいる大男を呼んだ。男はブービーと言うらしい、ぬうと前へと出てきて、ボキボキと大仰に拳を鳴らす。 小男はそんなブービーの背に身体半分隠された状態で勝ち誇った声を上げた。 「 おいクソガキ。テメエ、こっちのチビガキとどういう関係かは知らねえが運が悪かったな。こいつは俺たちのエモノでね。こっちへ寄越してもらうぜ」 「 エモノなのに何で突然放り出しちゃったの?」 「 うっ、うるせえっ!」 「 ガキ〜…」 焦る小男に反し、ブービーが更にもう一歩歩み出て友之に据わった目を向けた。友之が驚いて数馬の背後に隠れると、ブービーは苛立たし気に細い目をしょぼつかせた。 「 こっちへ来い〜」 「 おい…。ブービー、テメエ、病気はよせよ?」 「 そうだぞっ。こ、今度こそ、このガキを遠くへ捨てて…!」 「 遠くへ?」 商人タイプの男が発した台詞を数馬が拾うと、小男がギラリと濁った目を剥いて叫んだ。 「 パール! テメエは黙れ!」 「 へ、へいっ」 「 ………」 数馬はすうっと目を細めると、つまらなそうにため息をついた後、ぽつりと言った。 「 そのさあ…姐さんって人は、何でトモ君やそのツキト…君? 2人をこの街から追い出したいの?」 「 なっ…!?」 突然心を読み取った数馬に小男がびくついたように目を見開いた。 そして責めるようにパールを見やる。 「 パールっ。テメエ、喋ったのか!」 「 ひっ。ホ、ホセの旦那、貴方私の横にいたでしょう!? 私は何も喋ってませんよ!」 「 じゃあ何でコイツは事情を知ってんだ!?」 「 あー…何か頭軽い人の考え読むのって逆に疲れるんだけど」 数馬は言いながら片手を出して2人の言い争いを制すようにしながら続けた。 「 煩悩あり過ぎてて読みにくいなあ…。でも、君たちにとって邪魔なのはここにいるトモ君だけじゃないわけだね? そのツキト君って人がここに来るんだ? それで待ち伏せしてた。彼も誘拐するの?」 「 う……」 すらすらと言葉を出し始めた数馬の瞳はいつの間にか金色に光っている。それに友之は「あ」と声にならない声をあげた。 あの時も数馬の瞳はこんな風になっていた。きっと昨日話していた《力》を使っているのだと思った。 「 な、何なんだ、テメエ…!」 当然の事ながらそんな尋常でない様子の数馬に男たちも恐怖を感じたらしい。じりりと後ずさりをし、だらだらと冷たい汗を掻いているのが友之の位置からもよく分かった。 それでも数馬は止まらなかった。意地悪くにっと笑うととどめとばかり冷たい声で告げる。 「 へえ…報酬貰ったらメイミさんって人をデートに誘うの? キザな台詞考えてるねえ。恥ずかしくてとてもここでは言えないね」 「 ……!!」 「 それでそのお小遣いをくれる姐さんって人は…何者なの?」 「 う、うわああ!!!」 「 あっ、旦那っ!?」 「 アニキー!!」 転がるように逃げ出すとはこの事だ。リーダー格のホセなる小男は数馬の次々と繰り出す台詞に先刻まで脅しを掛けていた事も忘れ、恐怖の叫び声を上げながら一目散に駆け出して行ってしまった。慌てた残り2人もそんなホセの後を追い脱兎の如く去って行く。 後には唖然としている友之と平然としている数馬だけが残された。 「 やっぱり追いかけた方がいいかなあ…」 「 数馬…?」 まるで追いかける気がないような数馬の独り言に友之は恐る恐る声を掛けた。 瞳の色は元に戻っている。 「 うーん。でも何か気持ち悪いんだよなあ、うーん」 「 大丈夫?」 今度は考え込むように首を捻る数馬に友之はますます心配になる。数馬は相変わらずのテンションだけれど、この街に来てから具合が悪いと言うし、あの不思議な力を使うと余計に疲れるのはきっと間違いない。自分の為に無理をしているのならそれは申し訳ないと思った。 「 どこかで…休む?」 そこでおずおずとしながらそう提案すると、数馬は驚いたように目を瞬かせ、思い出したようにそう言った友之の事を見下ろした。 「 うん」 そして急にニコニコとし始めると勢いよく頷いて言った。 「 休もうか。美味しいコーヒーとか飲みたいかな」 |
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