友之は光一郎と過ごす夜が好きだった。

  基本的にはアルバイトで帰りが遅い光一郎だが、たまに早く帰宅してこられた日の2人での夕食は嬉しかった。何となくつけたテレビから流れる音も1人で聞いている時より楽しいと感じた。また、友之は学校の宿題なども居間の小さなテーブルでやっていたが、光一郎がいる日は1人の時よりも数段はかどった。光一郎自身も大学のレポート等を作成する為に色々本を開いているが、友之がちらちらと視線をやると「どこだ」と言って分からないところを教えてくれたし、そもそもそれはいつも丁寧でとても優しかった。友之も学校の教師に聞くよりもそんな光一郎に教えてもらう方がうまく飲み込めた。いつもは苦痛でしかない二次関数や三角比、確率が楽しいとすら感じられた。
「 コウは…こんなに数学好きなのに何でやめちゃったの?」
  いつだったか、友之は光一郎にそう訊いた事があった。以前、裕子から聞いていた事をふと思い出したからというのもある。
『 光一郎って元々理系人間だったのよね』
  文系だの理系だの、当時はその意味すら分からなかった友之だが、裕子の話によると光一郎は、高校では理系クラスというものに所属していて、学校では数学は勿論のこと、物理だの化学だのといった理数系科目ばかり勉強していたらしいのだ。
『 それが何を思ったのか、3年になって文転したのよ。あの高校は途中で受験型を変えてもクラスは変われなかったから、理系クラスにいたくせに受験勉強は国語とか歴史をやっていたの 』
  何であんな事したんだろ、と友之にその話をした裕子は本当に不思議そうに首をかしげた。
  友之は光一郎と2人で暮らし始めるまで、光一郎のそういった事を何も知らずにいた。高校の頃に所属していたクラスが大学の受験勉強と関係ない科目ばかりやっていたとか、担任が文系に転向すると言った光一郎に大反対したとか。父親もそんな息子に訝しげな視線を送ったとか。光一郎が好きな科目、嫌いな科目、将来何になりたいのか、何をしたいのか。
  そんな事、友之は何も知らずに今まできた。誰も教えてくれなかったから。

  いや、友之が訊こうとしなかったから。
「 裕子さんが言ってた。コウ、数学が得意だったって」
「 あいつの方が出来ていたと思うけどな」
  友之のシャープペンシルを器用に指先で回しながら、光一郎はつまらなそうに言った。それから何故いきなりそんな事を訊くんだというような顔をして、光一郎は友之に視線をやった。
「 高校入った直後なんて、普通は自分の将来まで考えてないだろ? それなのに入学当初いきなり進路調査なんて取られたからな…。何も考えないで渡された紙に理系って丸したらクラスも勝手に決められたんだよ」
  それでも多分数学は好きだったな、と光一郎は数年前を思い出すようにつぶやいた。
「 それなら何で法学部に行きたいって思ったの…?」
  ややぼんやりとした視線の光一郎を眺めながら友之は言った。光一郎はその友之の声でハッと我に返ったようになり、それから憮然として言った。
「 さあな。ただ…社会規範ってものが何なのか知りたかったんだろ」
「 え……?」
  言われた意味が分からずに友之が訊き返すと、光一郎は多少イラついたように投げやりに言った。
「 俺はバカだから。何でもいいから定められたきまりってやつを頭にめちゃくちゃに叩き込みたかった。でも……そんなもの、覚えるだけなら簡単だよな」
「 そんなのって…?」
「 ……世の中のきまりだよ」
  素っ気無く光一郎はそう言って、「がっかりしたか?」と自嘲するように友之を見て笑った。友之は慌てて首を横に振ったが、内心では驚いていた。以前から将来は法曹界に入るつもりだと言っていた光一郎。何か崇高な目的があって弁護士なり司法官なりを目指しているのかと思っていた。そんな光一郎を友之は尊敬していたから、正直今の答えは憧れの兄の回答としては物足りなかった。
「 お前はいい加減な気持ちで進路決めるなよ」
  考えこんでしまった友之に、光一郎は気を取り直したようになって言った。それから友之の髪の毛をくしゃりとかき回し、光一郎は優しく笑った。
( あ…もう)
  光一郎が物憂げになって何かを考えていたとしても、その時は本当に短い。
  コウはもう自分の兄の顔に戻った。
  友之は心の中だけでこっそりとそう思った。そして、密かに安堵した。



  それなのに。


  今、光一郎が自分の「兄」の顔に戻らない。



  (12)



「 ……っ」
  ちらりと横を見ると、すぐ傍のキッチンフロアに四散しているガラスの破片が見えた。
  どうしたことだろう。吐き出す息が荒い。
「 は…ッ」 
  はぁはぁと断続的に唇から漏れるそれは、何だか自分のものではないような、何か別の物音に聞こえた。
  それでもこれだけは間違いない。身体が熱い。
  光一郎に触れられたところ全てが火傷したように火照っていく。
「 ひぅ…っ」
  喉の奥から情けない悲鳴が漏れた。光一郎が何度もしてくれたキスが首筋へと降りていく。優しく撫でてくれた手が自分のセーターをたくしあげて中に入ってきたのも分かった。
「 や…」
  素肌をさらりと撫でられてゾクリと背筋が震えた。目を開いていられず、友之は頑なに瞳を閉じて視界を遮断した。すぐ傍に大好きな光一郎の吐息を感じるというのに、何故こんなにも不安なのか、それが友之自身不思議だった。
「 …コウ…」
  試しに呼んでみた。
「 コウ……コウ兄……」
  もう一度。返事がないと分かると二度、三度。
「 コウ兄…っ」
  友之はうわ言のようにその名を呼んだ。声を出していても高まる熱を止める事はできない。耳の奥がぼーっとし、心臓がどくどくと激しく脈打つのを感じた。
  どうしよう。
「 ん…っ」
  けれど混乱する直前、再び唇に生温い感触があった。そっと目を開くとすぐ傍に光一郎がいて、キスしてくれたのだと分かった。縋るようにその腕に手を添えた。
「 コウ兄…」
  今度は目を見て呼んでみた。光一郎は黙っている。けれどその時気がついた。
  荒い息を吐いていたのは自分だけではなかった事。
「 ………ッ」
  友之に触れていない片腕をカーペットにつけ、拘束するように上から覆い被さる形でそこにいる光一郎。荒く息をつきながら友之を見つめるその姿は、やはりとても苦しそうだった。
  泣きたくなる。
「 コウ……」
  光一郎に辛い思いをさせているのは、間違いなく自分であろうから。けれどどうして良いか分からない。友之は自分自身でもどうしたいのか分からなかった。
  ただ。
「 熱い…」
  光一郎にキスをされた唇、首筋、光一郎に触れられた身体。全部がどくどくと火を吹くように熱かった。自分はおかしくなってしまったのだろうか。そう思うほどにどこもかしこもより一層熱くなった。
「 友之」
  その時、不意に光一郎が呼んだ。
「 え……」
  はっとして虚ろになっていた視線を友之はすぐに光一郎に戻した。やっと声が聞けた。嬉しくてもう一度聞きたいと思った。友之は光一郎の袖先に軽く添えていただけの手にぎゅっと力を込めた。
「 ………好きだ」
  その瞬間、光一郎が言った。ズキンと胸が痛んだ。
「 ぼ…僕……ぁ…ッ!」
  応える前に、けれど声を塞がれた。キスをされたわけではないが、再び服の中に入れられた手で胸を探られ、友之は思わず息を飲んだ。
「 や…や…」

  自分もそうだと、好きだと伝えたかったのに光一郎はそれを許してくれなかった。触れられ摘まれた胸の突起に羞恥心が湧く。けれどそちらに意識を集中させる間もなく、再び深い口付けがおりてきた。
「 ん…ん、ん…ッ!」
  息ができない。
  何度目かのキスの後、一瞬離れた隙に口を開けて酸素を求めた。けれどやはりそれも責められるように妨げられた。半開きになった口に光一郎は再度唇をあわせてきて、その口腔内に自らの舌をも差し込んできたのだ。
「 ふぅ…んぅ…!」
  激しいそれに恐怖を感じて、友之は光一郎の上着を強く掴んで引っ張り、自分から引き離そうとした。けれどそれを嘲笑うかのように、友之を縛る光一郎のキスはより激しさを増し、友之は舌をきつく吸われて喉の奥でひゅうと声にならない悲鳴を小さく漏らした。
  不意に涙がこぼれた。
「 あ……」
  ぽろぽろと何かが壊れてしまったようにそれは流れた。友之はそれに自分自身で驚いて閉じていた目を開いた。止まらない。ぼやけた視界、すぐ傍にいる光一郎の顔もハッキリ見えない。ただ火照る身体にズキズキする唇、そしてその口許から自分のものとも光一郎のものとも分からぬ唾液が汚らしく顎を伝うのだけが分かった。着ていたセーターとその下のシャツが随分上に持ち上げられてその顎先にまでかかっていたが、それについてはあまり実感が湧かなかった。肌が部屋の空気に直接晒されても寒くはなかった。
  ただ熱いだけ、だから。
「 泣くほど嫌か」
  光一郎がそう言うのが聞こえた。潤んだ目元もそのままに、友之が黙ってそんな光一郎を見つめると、再度言葉は投げられた。
「 嫌いになればいい…。お前の頼っていた兄貴なんてもういない」
「 コウ…兄…?」
「 いない。そんな奴」
「 そ……」
  おかしい。耳までじんじんとしてよく聞こえない。
  友之は必死に耳を澄まそうとしたが、信じたくない単語だけがぼんやりと聴覚に響いただけで。
  いないって、誰が?
「 いる…コウ兄……いる……」
「 いない」
  試しにそう言ったのに、また否定された。その声はとても冷たくて容赦がなかった。ぴしゃりと放たれたその言いようにまた悲しくなって涙が溢れた。今度は弱々しくだけれど首も左右に振って言った。
「 嘘…。いる…。コウ兄、いる……」
「 いない」
  けれども、また。
「 ひッ…ひぐ…っ…」
  ただ辛くて友之はひくひくと嗚咽を漏らし、呼吸困難になったように胸をひゅーひゅーと上下に揺らした。その時ようやく少しだけ寒いと感じた。
「 ふ…う、う…コウ…コウ兄…ッ」
  そして段々とその身体の感触を直に感じ始めた時、ズボンのファスナーを下ろされそのままずるりと下着ごとそれを下げられたのが分かった。友之ははっとして剥き出しになった自分のものと、それが見えるすぐ傍の光一郎を思って声を上げた。
「 や…や、ぁ…っ! み…見な…」
「 さっき…熱いって言ったな」
「 …っ!」
  光一郎の指先が自分の性器に触れてきて、友之はまた声にならない声を上げ、驚きと恐怖で目を見開いた。そして同時に、今までよりも更に熱い火がカッと身体中に灯り、反面背筋には嫌な汗がどっと噴き出してきたのが分かった。
「 熱いか、トモ」
「 やぁ…ヘン…ヘンだぁ…」
「 何が」
  さらりさらりと、悪戯のように触れては離れる光一郎の手がもどかしかった。それでも自分のものがどんどん興奮して熱くなっていくのが分かる。
  こんな感覚は初めてだった。友之はただ困惑した。

「 どうし…コウ…コウ、身体…おかし……んぅ…」
  もがくように両手を差し出した。片手が伸びてきて伸ばした片方の手だけ掴まれ、その甲にキスが一つ落とされた。
「 あ…」
  たったそれだけの行為が今の友之にはたまらなく嬉しかった。救済された気分になり、友之は目を開いてそうしてくれた光一郎を見つめた。
  その拍子にまた涙がこぼれたけれど。

「 う…う、コウ…あぅ…ッ」
  けれどもう言葉は言葉になっていなかった。何かを言おうとすると、それを戒めるように光一郎が友之の性器に触れ、そしてそれを激しく上下に扱き刺激してきたから。
「 やぁ…ッ、ん…んぅ…ッ! ひぁ…あぁ…ッ」
  どんどん変化していくそれが信じられなかった。いつもあまり見ないようにしていたもの、見たくないと思っていたもの。それが今、光一郎に触れられ握られて、情けない動きながらもみるみる勢いを増して勃ちあがっていく。それは光一郎の所作に喜ぶ別の生き物のようだった。
「 ひん…ッ。ひ、ひぃ…やあぁ…ッ」
  実際、全身を駆け巡るような快感は身体の中にあった。それは感じた。けれども友之はその「別の生き物」と自分の身体が今こうしてくっついている事がただ恐ろしくて仕方なかった。何もかもが嘘に思えて、何もかもが汚らわしく思えて、とにかく暴れてその場から逃れたいと思った。

「 や…やだ、やだぁ…ッ」
  友之は力なくも膝を立てて両足をばたつかせた。上に光一郎が覆い被さっているから、それも結局はうまくいかなかったのだが。
「 コウ…! やあぁっ…あ、な…な…だ、駄目…ッ」
「 考えるな…」
  消え入りそうな声が聞こえた。息を吸う事さえ我慢していたような、ずっと沈黙していた光一郎の微かな声。
「 …今は何も…考えるな」
「 コウ兄…」
  それはパニックになって小さな身体を揺らしている友之に言っているのか、それとも殆ど衝動的にこういった行為に及んでいる自分自身に言っているのか。光一郎の陰鬱的な声は力ない友之の耳に微かに微かに届いた。
「 うぅ…ひくッ…」
  それでも、光一郎の声を受け取っても、変化していく身体が止まらない。必死に抑えている欲望がどんどん上昇していく。溢れそうになる。

  コワイ、コワイ。
「 あ…ひぁ…こ……にぃ! も…もう、出ちゃあ…!」
「 トモ…」
  光一郎の声。それが聞こえたと思った瞬間。
「 ――――――ッ!!」
  一瞬、頭の中が真っ白になった。
「 は…ッ。ハァ…ハァ……」
  気づいた時には友之は白い液を光一郎の手の中に放っていた。射精してしまったのだと分かったのは、それから数秒後のことだった。
「 ……っ」
  情けなくて声にならない声で泣いた。顔を逸らして光一郎を見ないようにしたが、すぐに慰めるようなキスが降りてきた時には、やはり嬉しくてねだるようにそれを貰ってしまった。薄っすらと開いた視界の先に光一郎はいる。その背後には煌々と部屋の明かりがついていて、友之は急に裸の自分が恥ずかしくなった。中途半端に脱がされたその格好はひどくおかしくて滑稽で、自分を抱きしめる光一郎は服を着たままだ。頬は紅潮し、更に涙でべとべとだった。露になっている性器が光一郎に剥き出しになってそこにある。居た堪れなかった。
「 コウ…離れて…」
「 ………」
「 僕…嫌、だ…。こんな、格好……」
  けれどやっとの思いでそう言ったその台詞は黙殺された。
「 あ…? や、な…何…?」
「 喋るな……」
「 え…コウ…?」
  光一郎は友之をまだ自由にする気はないようだった。
「 ひ…ッ!?」
  不意に下半身の何処の部分なのか分からない、自分でも知らないような場所に今まで感じた事のないような感触を与えられた。
「 ……ッ!!」
  痛い。
  驚きで声が出ず、びくんと肩だけが震えた。直後、何かを感じたようにやや立てた膝先ががくがくと小刻みに揺れ出した。
「 ひぃ…ぅあ…ッ」
  何かが中に入った。さっきまで腹の辺りに散っていた自分の精液がその周辺に塗られたのも分かった。それでも十分に濡れてはいない、乾いたその何かが自分の奥の入口に差し込まれて。
「 や…あぁ、ひぁ…っ」
  ひくひくと一生懸命に息を吸う。けれど苦しい。我慢できなくて目を開いた。光一郎と目があった。
  助けて。
「 コウ…痛……どうし…どうしよう…」
「 痛いか…」
  光一郎が優しく言った。これは助けてもらえそうだと思った。必死に頷いて口をぱくぱくと動かした。なかなか声にならない。それでも手を宙にかいて光一郎を求めた。
「 は、は…何か…何か…ヘンだ…奥…ん、やぁ…ッ」
  けれど助けてもらえると思った瞬間、中への質量がずんと増した。また何かが更に押し込められたと思った。声を上げた。痛い、痛い。そう言ったような気がするけれど、それでも光一郎は何ともしてくれなかった。
  いつも、困った時には必ず察してどうにかしてくれたのに。

  いない。

  先刻見捨てられたように出されたその言葉を友之は思い出した。
「 ……コウ兄……」
  光一郎はここにいる。いないなんて嘘だ。
「 コウ兄…!」
  意地のように友之は光一郎を呼んだ。それでも返答がないと分かり、また顔がくしゃりと歪んだ。
  光一郎だって言ったじゃないか。弟でもいいと思った時もあると言ったじゃないか。それなのにどうして、今はあんなに暗い声で思い詰めたような顔をして、お前の兄貴はいないなんて言ったのだろう。
  どうして自分にこんな事をしているのだろう。
  これは一体、何だ。
「 友之」
「 あ……」
  心の中で問い掛けていたはずなのに、光一郎が応えてくれたように声を出して呼んできた。友之はぼやけた視界を一生懸命開いて光一郎を追った。どこにいるのか、近くにいるはずなのに分からない。
「 友之。力…抜いてろ」
「 な…に…?」
  分からなくて訊いた。中に入った異物感はまだある。痛い、気持ち悪い。
  けれど。
「 あ…どうし…何で…?」
  けれど、何かがおかしい。中に差し込まれた何かは自分の腸壁を圧迫しているのに、苦しいのに、どこかでそれがもっと違う風に動いてくれれば、もっと掻き毟るように動いてくれればいいのにと。
 そう、思っている。ゆっくりと優しく動かされているのをもどかしく感じている。

  そんな自分が。
「 怖いか」
  光一郎が聞いた。
「 うん…」
  友之は応えた。どうなるのか、こんな自分がどうなるのかが怖い。光一郎の顔が見たい。友之は目を開けたり閉じたりしながら、何とか今の視界を明瞭にしたいとぱちぱちと何度か瞬きをした。その間に力の抜けた両足をぐいと広く開かれたのが分かった。訳が分からないまま、おとなしくされるがままそうした。光一郎に向かっていやらしく股を開いている。そんな自分がここにいる。恥ずかしい。みっともない。分かっているのに、その両足の間に光一郎の身体を挟み込むようにして受け入れている。友之はまた涙を落とした。
「 嫌……コウ兄……」
  嫌われる。
  光一郎に嫌われるのが嫌だ。そう思った。
「 コウ兄…僕…どうなっちゃう……」
「 …………」
  光一郎は応えてくれなかった。その代わり、ぐ、と先刻までまさぐられていた中への入口に先刻のものと比べ物にならないものが当てられ押し入られようとしているのが分かった。
「 ひぅ…」
  更に足を開かされた。その拍子に間の抜けた声がもれた。そして、その瞬間光一郎が全身を自分の方に向けて沈めてきた。
「 ――――ッ!」
  パンパンと何かが割れるようなひどい衝撃が全身を駆け巡った。
「 …ッ…かは…ッ、ひ…は…!」
  どうしたら息が吸えるのか分からない。そうこうしている間にも光一郎は腰を進め、友之の中を蹂躙してくる。怖くて恐ろしくて縋るように両手を掻いた。光一郎の手がそんな友之の手を掴んだ。
「 コウ…ッ」
  痛い。引き裂かれそう。
「 んあ…あぁッ…! い…たぁ…痛い、よぅ…!」
  懇願した。光一郎の動きが一瞬、躊躇したように止まった。ぎゅっと抱きしめられ、そっと囁かれた。

「 トモ…ごめんな…っ」
「 コウ…助け…」
「 俺は…」
「 助けて…助けてぇ…」
  けれど連続してそう言うと、今度は光一郎の動きは急に早まった。友之は内側を侵食するずくずくした感触に悲鳴をあげた。

「 いぅッ、ふ、ひぁあ…っ!」

  ぎゅっと手を握り返し、やっとの思いでは、は、と息を吸う。瞬間、光一郎の唇がまた降りてきた。
「 ん…んぅ…ん…」
  何度もついばむように繰り返されるキス。けれどそれはとても嬉しいキスだった。とにかく触れていてもらわなければどうにかなっていまいそうだったから。唇を突き出すようにして光一郎の上唇を吸った。母親に乳をねだるように友之は光一郎に口付けをねだった。
  ぴちゃりと唾液が交わる音がした。同時に、今頃ようやく理解した、肛門を刺し貫かれたその感触が今ではぞわぞわと全身を蝕み、これが光一郎によって与えられているのかと思うだけで友之は頭がおかしくなりそうだった。
「 友之…っ」
  光一郎が呼んだ。徐々に腰が動かされる。友之はそれでまた背中をびくんと反らせ、掴んでいた光一郎の手を更に強く握った。
「 ひぐ…、あ、あ、あん…ッ」
  中をぐちゃぐちゃにされる感触。より早くなっていく光一郎の動き。
「 だめ…だ、め…コウ…コ、にぃ…ッ!」
「 う…く…!」
  喘ぐ友之の後、光一郎が初めて苦しそうに言葉にならない声を漏らした。それでも友之にはもうそんな光一郎の声を判別できなかった。上下に揺さぶられてそれどころではなかったから。
「ひ…あ、んあぁ…ッ!」
 突如、ぎくりとして友之は身体を震わせた。どうしたことか、萎えていたはずの自分の性器がみるみる勃ちあがっていくのが分かった。
「は…やぁ…んぁ…ひあぁッ!」
 おかしい。痛いのに、苦しいのに、何だか。
「 コ…コウ兄ぃ…ッ!」
「お前…感じてるのか…」
  茫然とした光一郎の声が聞こえた。軽蔑されている。また涙がこぼれた。
  こんな風になる自分はやっぱりおかしいのだと思った。

 
  何にも感じない人間だと思っていたのに。

「 や…ひぁ…ッ! こ…あ、あぁーッ!」
  そしてあっという間に果てたと感じた後、光一郎が何か耳元で囁いたと思った。
「 ………ッ」

  分からなかった。何を言われているのか。けれど問いかけようと口を半分開きかけた瞬間、耳の中を光一郎の舌が舐ってきてゾクゾクと神経が総毛だち、また何も考えられなくなってしまった。ただ光一郎の激しく突いてくる腰の動きにあわせて、友之は吐き出されるままに声を押し出すだけだった。
「 はぁ…あ、あ、あぁ…んッ」
「 友、之…ッ」
  もう、何が何だか分からない。光一郎の呼ぶ声にも反応できない。

  そして弾ける、と思った瞬間。
「 ひぁ…ッ!!」
「 く…っ」
  中が破裂したと思った。友之の数秒後、光一郎も果てたのだと分かった。
「 あ……あぁ……」
  視界が今度こそ真っ白になった。駄目だ、死んでしまう。そう思った。
「 コウ……」
  光一郎が自分と一緒にいる。光一郎と一つになっている。だから、本当はそれで良いはずなのに、何も間違っていないはずなのに。意識を手放してしまうのは嫌なのに。
  どんどん薄暗くなっていく中で、友之はすぐ傍にいる光一郎の姿を必死に追った。
  暗くなる。暗くなっていく。光一郎が見えなかった。


  もう何も、見えなかった。



To be continued…



11へ13へ