(4)



  数馬と共に教室を出た友之は、昇降口の所で沢海とばったり顔を合わせた。向こうはこれから部活動に出るのだろう、バスケ部のジャージを着て、肩からは大きなボストンバックを下げていた。
「 友之」
  そんな沢海は友之の姿を見てまずにこりといつもの笑顔を向けたが、背後に控える数馬のことを認めた途端、あっという間に引きつった表情になって顔をしかめて見せた。やや深いため息も一緒に。
「 ………お前は、またか」
「 嫌だなあ、今学期になってからは初めてだよ」
「 今学期は今日からなんだから当たり前だ!」
「 お、鋭いツッコミ。拡君も段々成長してきたねえ」
「 ………」
  相変わらず何を言っても全く動じない数馬に、沢海はすっかり諦めたようになって再び嘆息した。それでも気を取り直したようになって再び友之を見ると、沢海は言い聞かせるようなゆっくりとした口調で言葉を出した。
「 友之、嫌だったら嫌って言えよ? こいつに何処か誘われても、行きたくなかったら無視して帰ればいいんだから」
「 え……」
「 こいつ、強引だろ? もし友之が言えなかったら俺が言ってやるから」
「 何それ。まるでボクが友君を無理やり連れ回しているみたいじゃない」
「 事実だろ」
「 嫌になるなあ。ねえ拡君、もしかしてキミ、まだ先月の模試の事、根に持っているの」
「 ば…っ!」
  数馬のその発言に沢海は思わず大きな声を出しかけて、しかしすぐにはっとなると口を閉ざした。それから事態を飲み込めずにきょとんとしている友之をちらと見てから、どことなく決まりの悪そうな顔をしてからぽつりと言った。
「 ……お前、今度は本気でやれよ」
「 ボクはいつでも全力投球だよ」
「 ………」
  沢海は数馬のその発言に明らかに気分を害したようだった。思い切りむっとした顔をすると、バッグを担ぎ直しながら「……ふざけんな」とくぐもった声を出す。
  もっとも、それで驚いたような顔をした友之には、沢海はすぐに焦って無理に笑顔を見せていたが。
「 じゃ、じゃあ…練習始まるから。またな、友之」
  そうして沢海はそのごまかした笑顔をくっつけたまま、後はもうダッと体育館の方へ向かって駆けて行ってしまった。
「 あの人、本当分かりやすいよねえ」
  数馬が言った。
「 ボクには般若みたいな顔して、キミにはあんな風にいい人ぶった笑顔向けてさ。見ているこっちが恥ずかしくなるよ」
「 拡と何かあった…?」
「 へ? ……ああ。本気がどうの…ってやつ?」
  友之がこくりと頷くと、数馬は何やら薄い笑みを貼り付けたまま、どうしようかなというような顔をした。そうしてわざとそっぽを向くと、下駄箱の上に置いていた自分の靴を取ってそれを履いた。
  仕方なく友之も同じようにして靴を履き、昇降口を出た。
  学期始めとはいえ、校庭は既に多くの運動部で賑わっていた。元々冬休み中も毎日活動しているところが殆どだから、授業が始まったということ以外、自分たちのやる事に変わりはないのだろう。グラウンドを走る者、練習に必要な道具を運ぶ者など、友之たちは忙しそうに走り回る学生たちの合間をぬって、校門を目指した。
「 拡君とね、同じ予備校なんだよね」
  再び数馬が口を開いたのは、学校の門を抜け、駅への道を歩き始めてからすぐだった。
「 予備校…?」
「 まァ、実際ボクはあんまり行ってないンだけどね。でも、どうせタダだし」
「 タダ…?」
「 うん。塾だって実績作りに必死だよ。優秀な学生にはお金を払ってでも来てもらいたいってね。ボク達が行っている所はそういう出来る奴だけを集めた特別校舎なんだ。……あぁもっとも、そこではボクと拡君ははみ出し者。彼は部活があるし、ボクはボクで色々忙しいからねえ」
「 ………」
  さくさくと前を歩き続ける数馬は、背後の友之の表情は一切伺っていなかった。相変わらず気楽な風に1人喋り続けている。友之はそんな数馬の背中を見つめながら、数馬がそうやって塾に行っている事も意外なら、沢海が部活の合間をぬってそういう所へ通っている事も意外だと思った。
  そしてそんな事は今までまるで知らない事だったから、友之は内心でただ驚いていた。大体、そういうものにはまるで無縁の2人に思えたし。

「 ボクはともかく、拡君はあの学校じゃ当然かな」
  その時数馬がやはり歩きながらそう言った。
「 え……?」
「 だってキミたちの高校ってハッキリ言ってレベル低いじゃない。大学行きたい人には学校の授業だけじゃキツイと思うよ」
「 ………」
「 拡君ねえ、高校卒業したら留学したいンだって」
  友之が聞く前に数馬は言った。そしてここでようやくくるりと振り返って友之を顧みた。
「 知らなかったでショ」
「 ………」
  答えられずにいると、数馬は探るような目をしてじっと視線を友之に向けた後、再び前を向いて歩き始めた。それで友之も慌ててそんな数馬の後について歩を速めた。数馬はいつでも歩くペースが速かったから。
「 あの人って、キミと同じ高校行く為に他のトコ全部ワザと落ちたんだって? いい加減バカすぎるけど、まあそういうのも時と場合によっては嫌いじゃないよ。それに今はああやって自分の先の事ちゃんと考えて勉強したりしているわけだし。偉い、さすがに優等生って感じ。感心しちゃうね」
  とても感心している風には思えない無感動な口調ではあったが、数馬はとりあえずそう言って沢海を誉めた。そうして友之をちらと振り返ると、いつものバカにしたような声を上げた。
「 それに引き換え、君という人は相変わらずぼうっとしているねえ」
「 ………」
「 どうせ拡君が何で君から離れようとしているかって事も分からないんでしょう?」
「 え……」
「 まあ、いいのか。どうせ君には興味のない事なんだろうし」
「 何で……」
「 ん?」
  数馬の言いようにさすがに友之もむっとして進めていた歩を思わず止めた。眉をひそめ、先を行く数馬に向かって声を出す。と、数馬の方もすぐにぴたりと立ち止まってそんな友之を振り返り見た。
「 何で…そんな言い方……」
「 イラつくから」
  数馬はすぐに応えた。
「 いつまでもノロノロしたキミが」
  いつもの揺るぎない強い視線。それは真っ直ぐやってきて突き刺さり、友之にあるはずのない痛みさえ感じさせた。けれどそのお陰で、どうやら数馬がひどく不機嫌なのだという事に、友之はようやく気づく事ができた。
「 数馬……」
  ただ名前を呼ぶ事しかできなかった。数馬が怒っている事、自分に対して苛立ちを覚えている事、それは分かったけれど、そしてそれは今に始まった事ではないけれど、それが何故急に起きているのかは友之には分からなかった。どうして良いか分からない。動く事もできない。友之はオロオロとしたまま、それでも視線を外せずにその場にいた。
  やがて数馬はふっと息を吐いた。
  どうやら許してくれるようだった。
「 あのね。前にも言ったじゃない。ボクはあの人嫌いなんだよ」
「 え……」
  混乱する友之に数馬はつかつかと歩み寄り、まずそう言った。そしてそのままひどく冷めた目で友之を見下ろしてきた。同じ年だというのに2人の身長差にはかなりのものがあった。背の高い数馬に比べ、友之は中学の頃から何ら背丈に変わりがなかったから。
  自然、威嚇した格好になったまま数馬は続けた。
「 でも、あの人はあの人でかわいそうだなと思うところもあるよ。自分の事で精一杯のくせにキミの事も心配してさ。でもさ、やっぱり嫌じゃないの、キミは。あの人が家にいて嫌でしょ?」
「 何…何が……」
「 あの人って誰とか訊かないでよ? 拡君の事じゃないよ。あの人はまあどうでもいい。今ボクが言いたいのは裕子さんの事。決まっているでしょ。ねえ、キミと光一郎さんの所にいるあの人が嫌じゃないの」
「 何で……」
「 何でじゃないよ。裕子さんは光一郎さんのことが好きなんでしょ。そんな人が光一郎さんの傍にいて嫌じゃないの」
「 だって…裕子さんは……」
  とても優しい人で。
  自分にとっても大切な人で。
「 ………」
  けれど友之には先の言葉を続ける事ができなかった。黙りこむと、数馬はいよいよ呆れたようになってふうと疲れたように大きく息を吐き出した。
  そして言った。
「 だからキミは子供だと言うんだよ」
「 な……」
  あまりにもきっぱりと言われて友之は思わず鼻白んだ。光一郎に言われた時とは、今受けた衝撃はまるで違った。同じ年の数馬に言われたせいだろうか。ひどく悔しくて、何だかじりじりと胸の焼ける思いがして、友之は思わずぎっとした目を数馬に向けた。
  やっぱり相手は何ともないという顔をしていたのだけれど。
「 そんな事…ない…」
  精一杯意地を張って言ってみた言葉も、まるで通用しない。分かっていた。数馬はいつだってこうやって自分を挑発して、何かを、友之すら気づかない感情や思いを引き出してくる。それはとてもありがたい事のはずなのに、時々とても怖いもののような気がした。
「 そんな事……」
  だからやはり段々と萎んでしまう小さな自分の声が。
  友之はとても情けなかった。それをどうする事もできなかったのだけれど。
「 じゃあ、友君は自分の先の事とか考えているの? 卒業した後どうするの? 何したいの、何か夢ある?」
「 え……」
  恐々と顔を上げると、そこにはいつもよりは柔らかい笑顔を向けた数馬の顔があった。言っている事はきつかったが、もう友之を責めるつもりはないようだった。
  数馬は言った。

「 ねえ、ちゃんと大人になってくれるんだよね?」

  ボクはね。キミの事がいつだって心配なんだよ。

「 ………子供じゃ、ない」
「 どうだか」
「 違う」
「 …そう? ふうん。じゃあさ、今日はこれから夜遊びとかしちゃおうか」
「 え………」
  数馬の言葉に途惑った返答をすると、相手はいよいよ可笑しそうに笑った。
「 はははっ。夜遊びなんて却って子供のする事だったりして? でも…うん、そうだな。キミが行った事ない所とか。連れて行ってあげるよ」
「 行った事ない所…?」
「 うん。友君が望むなら、の話だけどね」
「 ………うん」
  意外にもすぐに自分の中で答えが出ていた。友之は数馬に向かって頷いていた。

「 行く? …そう。じゃ、さ。一回家帰って着替えておいでよ。ボクもそうするから。それと裕子さんにはボクと一緒なんて口が裂けても言わないように。監禁されて家から出してもらえないに決まってんだから。そうだなあ…うん、あの人使っちゃお。中原先輩ン家に行くとでも言いなよ。どうせあの人今日も遅いんだろうし。裕子さん、中原先輩には連絡とかしたくてもできないでしょ」
「 ……分かった」
  光一郎は。
  一瞬、そう思ったがすぐにその思いをかき消した。確か光一郎は、今日はバイトで帰りは遅いはずだ。
「 光一郎さんには本当の事言っていいよ」
  その時、数馬が何を思ったのか見透かしたように言った。
「 あの人に隠し事したら怒られそうじゃない。ボクと遊びに行くって言っていいよ。場所訊かれたら知らないって答えればいいし。実際どこ行くかはまだ考えてないから」
「 ………いいよ」
「 何がいいの?」
  友之の返答に数馬は再び不快な表情を見せた。友之は慌てて口を継いだ。

「 コウ、帰り遅いから……」
「 ………内緒にしたいの?」
「 そうじゃないけど……」
  やはり意地になっているのだろうか。
  数馬が自分を何処へ連れて行くのかは知らない。けれど、夜出歩くという事自体が友之にとってはもう普通とは違う事だったから、それを言えば光一郎は駄目だとは言わないまでもいい顔はしないかもしれない。本来なら光一郎が駄目だという事はしたくはないけれど、それでも。
「 ……行きたい」
  そう言っていた。
  どうしてだろう。
「 それじゃあ、18時に駅でね」
  友之の返事に、数馬はそれだけ言った。

  家に帰ると、裕子は既にいなかった。アルバイトで帰りが遅い光一郎の代わりに、裕子は友之の為に夕飯の支度だけして帰って行ったらしい。そんな裕子に嘘をつかなくて済んだ事に、友之は心の中で安堵した。制服を脱ぎ、セーターを着て再びコートを羽織った。それから学校へはしていかなかった、裕子から貰ったマフラーを巻いた。外へ出て鍵を閉める時、ちらりと、光一郎が帰ってくる時間までには戻れるかなと思った。
  辺りはもう夕闇が迫ってきていた。

*

  時間より少し前に駅に着くと、やはりまだ数馬は現れていなかった。数馬の家はこの駅からは少し離れているし、着替えてすぐ出たとしてもきっと18時は過ぎるだろうと言う事は分かっていた。数馬が自分を何処に連れて行ってくれるつもりなのかは分からない。実際、当人も何も考えてはいないだろう。それでも友之は駅の改札付近で更に冷たくなる風に身を縮めながら、じっとその場に立ち尽くして数馬の事を待った。
「 よ!」
  その時だった。もしかするといるかもしれないとは思ったが。
「 駅前に用があるならあたしにも声かけてって、いつも言っているでしょ」
  由真だった。
  友之より一つ年上の高校2年生、元気な女の子由真は、出会った当初から比べるとすっかり落ち着いた風貌に様変わりしていた。明るい茶系の髪を肩先まで垂らし、派手なメイクはやめて肌も以前よりぐっと白くなっている。その変貌は、修司にフラれ、この駅の近くの写真屋でアルバイトをするようになってから間もなくの事だったが、実際彼女がこれほど長くアルバイトを続けるとは由真の友人たちは誰1人予想していなかったらしい。「遊べないから早く辞めろって毎日言われるよ」と、由真は困ったような、それでいてどことなく嬉しそうな顔で友之によく話していた。
「 年明けてから会うの初めてじゃん? 私も今年初だし。ここのバイト!」
  駅前でぼうっと突っ立っている友之に気がついてすぐ飛び出してきたのだろう、由真は写真屋で働いている時にいつもしているエプロンをしたまま、友之の前に立ってにっと笑った。そんな由真は、友之が心配そうな顔をしている事にすぐ気づいたのか、「平気平気」と軽く答えてから片手で髪の毛を軽くかきわけながら言った。
「 もうあたしの労働時間は終わっているもん。帰る支度していたら友之が見えたからそのまま突っ走ってきちゃっただけ。それより、こんな時間にいるの珍しいね。何処か遊びに行くの?」
「 うん……」
「 へえ、そうなんだ。偶然。あたしもこれから友達と遊びに行くんだけどさ。ホント言うと、ちょっと乗り気になれないんだ」
  由真は言いながら、徐にジーンズの尻ポケットから自分の携帯を出すとそれを開いてちらと見やり、はあとため息をついた。それから意を飲み込めないような友之に苦い顔をして見せる。
「 超大きなお世話な友達がさ。自分の彼氏とその彼氏の友達の4人で飲みに行こうとか言うんだけど。そいつが何かすっごい趣味じゃないって感じの男でさ。でも友達にしてみればそいつとあたしをくっつけたいみたいで。あーあ、何か超メンドくさいんだけど。あたしはまだ男作る気になれないんだって言っているのにさ!」
  話していくうちに段々と熱が入ってきたのか、由真は再び携帯を見てから「やっば、もうそこまで来ているらしい!」とつぶやき、それからまた友之に縋るような目を向けた。
「 もうホント付き合い良いと苦労するよね。その友達の顔も立てなきゃいけないけど、相手傷つけないように断るのも難しいしさ。でもホント、あーあ。何かこのまま友之とどっか遊びに行きたいかも!」
「 え…」
「 ねえ友之は誰と何処行くの? あ、あのカッコいいお兄さんとご飯でも行くとか? まさか荒城さんとデートじゃないよね?」
「 そんな……」
  しかし由真がそうやって友之にまくしてたてていると、不意にどやどやと数人の人間が真っ直ぐにこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
「 ゆーまッ!」
「 あ……」
  そして由真が振り返りざま実に嫌そうな顔をしたのを見て、友之は自身もどくんと胸が鳴るのが分かった。
  友之たちの所にやってきたのは、以前の由真のような金髪で派手なメイクをした女の子と、毛糸の帽子を目深にかぶっただぶだぶのセーターとズボンを履いた肌の黒い長身の青年2人だった。その2人はどちらも似たような格好をしていたせいで友之には彼らの区別がイマイチつかなかったのだが、そのうちの1人が異様にジャラジャラと音のする鎖を手首に巻きつけていたのは目を引いた。
「 何してんの? バイト終わったー?」
「 終わった。何よ、あんたら。来るの早いじゃん」
  由真は投げやりに言いつつ、友達らしい女の子には少しだけ笑って見せた―…が、背後に立つ二人の男には一切愛想を振り巻くことをしなかった。由真が彼らの事をあまり好きではないのだろうという事は一目瞭然だった。
  けれど無愛想な由真に対して青年たちは別段何も感じないのか、ただニヤニヤとした笑いを張りつけたまま、「由真、すげえ真面目なカッコしてんじゃん」と冷やかすような、馴れ馴れしげな口調で話しかけていた。
  そして、ちらちらと友之にも視線を向けてきていて。

「 ねえ、ところでそこのコ、何?」
  最初に話を振ってきたのは由真の友人の女の子だった。訊きながら友之を見てにっこりと笑う。そして背後の1人に「可愛いじゃんね?」などと言っている。
  友之は途端に身体が硬直した。
「 あたしの友達」
  そんな友之の様子に気づいたのだろうか、由真はすっと彼らから視界を遮断するように移動し、間に入るようにしてからそう言った。それからくるりと振り返って友之を見つめ、「それじゃ、またね」と言って彼らを連れて行ってくれようとした。
  けれど不意に鎖をつけた青年がすっと歩み寄ってきて友之をじっと見下ろした。間近で見るとやはり随分背が高いと思った。自然と友之は彼を見上げる形になったのだが、くちゃくちゃとガムを噛むその青年の視線はひどく冷たいものに思えた。
「 由真、お前こういうのが趣味なのかよ?」
  ざらついたような声で不意に青年がそう言った。
「 俺にはすっげえ冷たいのによー」
「 はあ? バカじゃないの、あんた」
  由真はその発言にひどく腹を立てたように言って、力任せにぐいと青年の腕を掴んだ。それから「いいからもう行くよ!」と荒っぽく声をかけ、青年と友之との距離を遠ざけようとした。友之が竦んでいるのが分かって焦っていたのだろう。
  それでも何故かその青年の方は由真を無視し、ただ微動だにせず固まっている友之をじっと見やり続けていた。
  そして再度バカにするような声で平然と言った。
「 ボクちゃんも由真とヤりたいクチ?」
「 え………」
「 初めての時は由真みたいな女がいいだろ? リードしてもらえて安心だもんな?」
「 このバカ男!」
  青年の言いように遂に由真が大声で怒鳴り声をあげた。周りの通行人がちらちらとこちらを見たが、由真は真っ赤になって怒り心頭で、周囲の事に気を配る余裕などないようだった。そうして友人が持っていたバッグを無理やり奪うと、由真はそれをすかさず青年の頭に思い切り叩きつけた。
「 ってえなあ! 何すんだよ!」
  するといきなり鞄で殴られた青年も由真の方に向き直って目を剥き、怒りの形相で声を荒げた。由真は全く動じなかったが。
「 あんたがバカな事ばっか言うからでしょ!」
「 テメエがこっちの約束シカトしてっからだろうが! 調子乗ってんじゃねえぞ!」
「 乗ってんのはテメエだ! もうリカ! コイツ、マジもう勘弁! アンタの彼氏の友達でもマジ勘弁だから!」
「 ちょ、ちょっと由真……」
  ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した2人にリカと呼ばれた金髪の少女がオロオロしたような声を出した。もう1人の青年はこの騒ぎにまるで興味がないのか、煙草を取り出すと一人で悠々とそれを吸い出している。友之はただ唖然としてその様子を眺めるしかなかった。夕刻で仕事帰りのサラリーマンや買い物帰りの主婦も多い。友之たちは興味本位の視線を痛いほどに向けられていた。
「 おい! テメエ、この童貞! 何スカシてやがんだよ!」
  その時、ふっと存在を思い出されたようになり、再び鎖の青年が友之に向き直って叫んだ。友之はそんな相手の顔を見ながら、この人は由真が好きで、だから由真と話をしていた自分に怒っているのだなという事を1人頭の隅で考えていた。だからだろうか、青年が突っかかるような目をして友之の胸倉を掴もうとした時も、あまり恐怖は感じなかった。
  結局掴まれる事もなかったわけだが。

「 もう。キミはボクがいないとすぐに問題を起こすんだから」

  不意に横から現れたもう一つの大きな影が友之の顔に覆い被さってきた。それと同時に、こちらに向かってきていた青年の顔が苦痛に歪んだのがちらと見えた。
「 数馬……」
「 数馬じゃないでしょ。全く面倒くさい人だね、いちいち」
  数馬はわざとらしく渋い顔をしてみせてから、ぐっと掴んだ相手の青年の手首をぎりと捻ってみせた。鎖の青年はそれで苦痛の声を微かに漏らしたが、数馬は全く動じなかった。
  相手を締め上げる数馬の目はただひたすら冷たかった。



To be continued…



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