(5)



  キミという人は毎度ボクを驚かせてくれるけど、と前置きをした後、数馬はいつものわざとらしいため息をついてから続けた。
「 『 気にしなくていいよ 』 くらいは言った方が良かったんじゃないの」
  遠出をする気が失せたと言って、数馬は友之をそのまま駅から百メートル程先にあった喫茶店に連れ込んだ。夕方のこの時間、店内はそれほど混みあってはいなかったが、友之はどことなく窮屈そうに周囲の客を眺め、最後に真向かいに座る数馬を見つめた。注文したコーヒーがくるまで数馬は一言も口をきかなかった。怒っているようではなかったが、呆れている風ではあった。
  だから数馬が声を出した時、友之はその言葉が何であれ、とりあえずほっとした。
「 友君、聞いている?」
「 あ…うん」
「 何をボンヤリしているのさ」
「 あの…数馬、ケガは……?」
  友之はいつもの調子になってきた数馬にいよいよ安心して、ようやく先刻まで気にしていた事を訊いてみた。けれど数馬はそんな友之の心配に、「やっぱり聞いてないじゃない」と不快な顔を見せた。そうして運ばれてきたコーヒーの中にスプーンを乱暴に突っ込むと、数馬はそれを無意味にがちゃがちゃと回した。
「 ボクの事はね、どうでもいいの。さっき手についていた血だって相手のなんだから。…もっとも、あまりの汚さに何回も手、洗っちゃったけど?」
  そういえば数馬はコーヒーを頼んでからすぐトイレに向かったが、なかなか戻って来なかった。手を洗っていたのか、と友之はぼんやりと思ってから、先ほどの数馬の振り上げた拳を思い返した。
  あの時、数馬の手は確かに赤い血で汚れていた。
  数馬は友之に突っかかってきた鎖の男の手を捻り上げると、いつもの口調で相手を挑発するような言葉を吐いた。それによって勿論相手は激昂し、傍観を決め込んでいた由真の友人の彼氏とやらもその喧嘩に参戦してきたが、それでも勝負はたったの数発で決まってしまった。数馬から繰り出された拳と蹴りは二人の青年の鳩尾と顎にそれぞれ決まり、顔をやられた鎖の男は更に追い討ちで何発か殴られ、そのまま地面に倒れこんだ。その出来事に駅構内は一瞬ざわめきと緊張に包まれたが、当の数馬は全く平然としていた。そうして友之の手首を捕まえると、後は何事もなかったように歩き出した。
  友之たちの背後で由真は何度も「ごめんね!」と叫んでいた。ちらと振り返ると、由真は何だか今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「 あの子。友君の数少ない友達なんでしょ」
  数馬が言った。
「 何があったのかは知らないけど、あの子の知り合いにバカがいたからって、それはあの子の罪じゃないじゃない。それなのにあの子は必死こいてキミに謝ってさ、そういうの可哀想でしょう? だから、『 気にしなくていいよ 』 くらいの事をキミは言わなくちゃいけなかったんだよ」
「 気にしてない……」
「 あのね、そんなのボクに言っても駄目。あの子に言わなくちゃ」
「 言っている…つもりだった……」
「 声に出さないと分からないの。ただでさえキミって人は表情がないんだから」
「 ………」
  それは本当に数馬の言う通りで、友之も言葉がなかった。
  あの鎖の青年が由真を好きで、そんな由真と話をしていた自分が面白くなくて。だから絡まれてもそれほど怖くなかったし、すごまれた時は嫌だったけれどそれを由真のせいだなどとは、友之は一切思っていなかった。それにすぐに数馬がやってきてくれたし、あの騒動にただもう驚いて、意識は完全にそちらに向かっていたし。
  由真は傷ついているだろうか。
「 友君。大体さ、キミにはプライドってものがないの?」
  考え込む友之のことを伺い見るように数馬は言った。友之もそうだったが、数馬はスプーンを手にしたまま目の前のコーヒーを一口も飲んでいなかった。
  ただ冷たい視線を友之に向けるだけで。
「 あのバカにあんな言い方されてさ。むっとしたりちょっとは刃向かったりとかってしようとは思わなかった?」
「 別に……」
「 ああ、また『別に』かい」
  いよいよ数馬は大きくため息をつき、掴んでいたスプーンをガチャンと乱暴に受け皿へ向けて投げ捨てた。それから1拍置く為だろうか、窓の外へ視線をやって数馬はそれきり黙り込んでしまった。
  友之はそんな数馬の横顔をじっと眺めた。
  あの青年は自分に対して一体何を言っていただろうか。
「 ………」
  数馬が怒るほどの事を言われた覚えがない。というか、あの青年の喚きたてていた言葉の意味の半分も友之は分かっていなかった。何度も何度も同じ単語を繰り返されていたと思う。「テメエ」とか。「ナメやがって」とか。
  ドウテイ、とか。
  友之はふと思い出して、それからそっと眉をひそめた。それから改めて数馬の事を見やる。不敵な同級生は未だ友之から視線を外していた。
「 数馬……。………って……何……?」
「 は……?」
  今にも消え入りそうな小声で友之が訊くと、数馬はようやく反応を示して不審な顔を向けてきた。
「 何か言った?」
「 ……って、何……?」
「 ………」
  数馬は友之のもごもごとした口許だけを見つめ、再び黙りこんだ。
  すぐ近くにいるのに、何を訊かれたのか分からなかった。いつもの事ではある。けれどもその自信のなさ気な友之の様子に、数馬は自分の胸の中がちりりと焼け付くのを感じた。
「 聞こえないよ。何?」
  それでも最初はなるべく優しく。
  この人はすぐに怯えてしまうから。
「 ………って、何……?」
  けれど声は大きくならなくて。
「 ……聞こえない」
  何なんだ、コイツは。
  心の中で思い切り毒づいていると、目の前の小さな友之はいよいよ困ったようになって一瞬目を宙に泳がせた。それから再度一生懸命に唇を動かす。この時になって数馬は初めて、ああそうか、知らない事を訊くのが恥ずかしいのかと心の中だけで納得した。
  ようやく友之の声がより大きくなり、その質問の内容が理解できたのは、数馬がその答えを導き出してからすぐの事だった。
「 ドウテイって……何……?」
  友之が言った。
「 ……………は?」
  店内は2人が入ってきたよりもざわついていた。人の入りが激しくなっていたからか、それともたまたま騒がしい客が多かったせいか。何にしても固まって動きのなくなった数馬と、そんな数馬をじっと上目遣いに見つめている友之の様子に気づいている者はそこには誰もいなかった。
「 何……? 何て言ったの、キミ?」
  数馬は1拍置いてからやっと声を返す事ができた。逆に友之の方は勢いがついてきたのか、もう一度、今度もしっかりとした声を出す事ができていた。
「 ドウテイって何?」
「 ……知らないの?」
  こくんと頷いてますます複雑な表情を見せる友之に、数馬は探るような目をしたまま黙りこくった。そうしてようやく今まで触れていなかったカップを手にし、少々冷めてしまったコーヒーを口にした。不味い。もうこの店には来ないと思った。
「 ……なんて事を考えている場合じゃないね……」
  数馬は珍しく自分自身に突っ込みを入れるようにそうつぶやいて、それからハアと嘆息した。いつもの友之に見せるそれとは多少種類が違っていたが。
  知らない? 知らないだって?
  俄には信じられないと思ったが、それでもその思いは勿論顔には出さなかった。
  そういえば中学の時は閉じこもっていたというから、知らないと言えば知らないのかもしれない。元々そういった話題にも頓着がないのだろう。周囲で友之にそういう事を教える人間がいるとも思えないし。
  それならあの青年に何を言われても感じないはずである。
「 でも友君はラッキーだよ。1番最初に訊いたのがボクでさ」
  数馬はそう言ってから、ようやくにっこりと笑った。そうして立て続けにごくごくとコーヒーを口にし全て飲み干してしまうと、両肘をテーブルについてから友之に囁くように言った。
「 じゃあ友君、セックスって知っている?」
「 ………っ」
  友之は数馬のそんな台詞にびくりと身体を揺らしてとても驚いた表情を見せた。その後みるみる朱に染まった頬を見て、ああ知っているのかと数馬は思った。それを良かったと思う自分と、何だか残念に思う気持ちと。数馬の心には両方の感情が居住していた。
「 数馬…何考えている……?」
「 え…?」
  不意に言葉を発した友之に数馬がはっと我に返ると、友之は何だかひどく不快な表情をしていた。そんな話題で自分をバカにするつもりなのだろうかという、それは恐れと抵抗の表情だった。
  だから数馬は出していた笑顔を引っ込めた。
「 考えという考えはないよ。たださ、友君はそういうのに興味あるのかなって」
「 そういうの…?」
「 セックスとかさ。女の人のハダカとか」
  敢えて「女」と言った。男と男なんて、きっと今の友之には刺激が強いと思ったから。
「 ………別に」
「 ないっていうのは嘘じゃない? ああ、じゃあさ。これからビデオでも借りて一緒に見ようか?」
「 え……」
  友之が意表をつかれたようになって顔を上げた。数馬はいよいよ可笑しくなった。ああ、こんな事を友之にしようとしている自分は、一体あの人たちに知れたら後でどんな目に遭ってしまうのか。
  けれど、知った事かと思った。
  自分だけだから。友之に何か仕掛けてやれるのは。
「 じゃあ友君、これから行こう。レンタルビデオ屋さん」
  言われた方の友之は、途端に上機嫌になり出したそんな数馬をただ見やった。結局自分が訊いた事への答えはくれないのだなという顔をしながら。

*

  友之に初めて「子供の作り方」を教えてくれたのは、姉の夕実だった。いつの頃だったのか、恐らくは小学校の高学年あたりだったとは思うが、詳しい時期は忘れた。学校で友達とそういう話で盛り上がったと、夕実はいつになく興奮して友之に話してきたものだった。が、聞かされていた方の友之は、当初は真剣に「そんな事」、ただ夕実にからかわれているだけなのだろうと思っていた。それほど「セックス」というのは気持ちが悪く、想像のつかない怖いものだと感じた。
  友達もなく、いつも閉鎖的な空間で育ってきた友之にとって、そもそも異性や自分の身体の事など、いつでも興味の対象外だった。どうでもいい。他人も自分もどうでもいい。ただ、夕実が大切。夕実の機嫌を損ねたくない。友之の念頭にはいつもそれだけがあった。だから「そんな話」も黙って聞いたのだ。ただ聞いただけ。
  兄の光一郎と共に過ごすようになって、いつだったか初めて光一郎にキスをされた時はひどく身体が熱くなった。あの時の事を思い出すと友之は今でも自分がどうにかなってしまいそうな気分に捕らわれた。けれどあの行為が、そのまま以前夕実が教えてくれたような「それ」に結びつくかというと、そんな事はあるはずもなかったし、想像の範囲を裕に超えてしまっていた。
  考えないようにしていた、というのもあるのかもしれないけれど。

  数馬はレンタルビデオショップに入る前、誰かに携帯で話をしていたが、その電話の相手が誰なのかはすぐに教えてはくれなかった。ただ、その誰かに向かって話をしている数馬の顔が妙に浮かれたものに見えて、友之は内に込めた不安をより一層大きくした。
  そしてその不安は、ビデオを借りた後そのまま引きずられるようにして連れて来られた場所に着いて、より確固としたものになった。
「 ……怒られないの?」
  さすがにその「家」の前まで来た時は友之も怖気づいた。数馬は涼しげな顔をしたまま余裕の態度だったのだが。
「 大丈夫だって。さっき電話で確認しておいたんだから。あの人、今日は帰らないって。それに上映会もしていいって許可貰ったもん」
「 本当にいいって言われたの?」
「 ボク、先輩の部屋って結構借りるから。1人になりたい時とかに」
  何でもない事のように数馬は言った。
  1人になりたい時が数馬にあるのか、と友之はその事がまず気になったが、とりあえずは背中を押されるままに主のいない「その部屋」へと足を踏み入れた。
  数馬の先輩であり、光一郎の親友であり。
  自分にとっても幼馴染の中原正人の部屋に。
「 ………」
「 うわあ、相変わらず汚いなあ」
  数馬は第一声でそう叫んでから、ズカズカと上がって部屋をぐるりと見渡した。以前にも来た事があるから驚きはしなかったけれど、中原の部屋はとにかく汚かった。ビールの缶や煙草の吸殻が小さなテーブル上に山のように放置され、その周囲には読みかけの雑誌や着替えなどがところどころに転がっていた。足の踏み場もないとはこの事だろう。
  ツンとくる煙草の匂いに友之は胸が悪くなりながら、ただ茫然とその場に立ち尽くした。
「 まあ、ビデオが見られればいいんだし。適当に座ろうよ」
  突っ立ったままの友之に数馬はそう言ってから、借りたビデオカセットの入った袋をぽんとテーブルに置いて、自分は台所へすたすたと歩いて行った。それから「あ、何もない」と失敗したように声を上げた。
「 上映会にはビールとおつまみがいるよねー」
「 ………」
「 しょーがないからボク買ってくるね。友君、ちょっと待っていてよ」
「 え……ここで?」
  突然のその提案に友之はぎょっとした。数馬の方はやはり飄々としていたけれど。
「 外で待っていたら寒いよ?」
「 でも…」
  落ち着かない様子で尚も困惑する友之に、数馬は勝手知ったるような顔でにやりと笑った。
「 大丈夫だよ、中原先輩は絶対帰ってこないから。大体、ここにキミ連れ込んでいるのバレたら、ボクがタダじゃ済まないもん」
「 ………」
「 ましてや一緒に見ようとしているビデオがあれじゃあねえ……」
「 本当に見るの?」
「 見るとも」
  実に嬉しそうに数馬は言った。数馬は恥ずかしくないのだろうか。友之は心底不思議に思いながら同級生の顔を眺めたが、逆にじっと見つめ返されてすぐに焦って先に俯いてしまった。
  数馬は笑った。
「 何なら先に見ていていいよ? 一緒に見るの恥ずかしいんでしょ?」
「 別に……」
「 ボクは別にどうでもいいもん。友君に見せたいだけだし。まあまあ、でもこういうのってさ、ホント健全な男の子なら長い人生のうちで一回は見るものだと思うよ」
「 数馬は…見た?」
「 見たよー。こういうのってさすがに同じやつは何度も見てられないんだけど。中学生になったばっかりの頃ね、友達になった人がいっぱい借してくれた事があったんだ。その人すごいマニアで、実際自分も出演した事もあってさ。綺麗な若いうちに自分の姿を撮ってもらいたかったんだって」
  呆気に取られている友之には構わず、数馬はぺらぺらと好き勝手に話した後、本当にそのまま1人で部屋を出て行ってしまった。慣れない中原の部屋に1人置き去りにされて、友之は躊躇した。中原は帰ってこないと数馬は言っていたが、他の人間はどうだろう。中原の昔の友達が訪ねてきたりはしないのだろうか。元々荒っぽくて乱暴な中原が友之は怖かったから、その当人の部屋でしかも数本のアダルトビデオと一緒に置き去りでは、どうして良いか分からなくなるというものだった。
  それでもしんとした部屋の中で友之は袋に入っているテーブル上の「それ」を眺め、それから先刻のもの凄い形相で自分に迫ってきた青年を思い浮かべ、最後に泣きそうになっていた由真の顔を思い浮かべた。
  由真に謝らなくては。
  気にしていない、何も言わなくてごめん、と。
「 ………っ」
  はっと息を吐き出して、友之はぎゅっと目をつむった。何もできない自分。子供な自分。それが嫌で、何かしたいと思ったのに。だから今日家を出て来たのに。一体何をしているのだろう。光一郎に何も言わず、中原の部屋で1人。
  知らない言葉を数馬に訊いて、呆れた顔をされた。居た堪れない。
「 ………」
  友之は目を開くと意を決したようになってガツリとテーブルに置かれた袋に手を伸ばした。四角いケースの感触があった。友之は袋を手にし、それを開いた。

*

  中原正人は最近富に疲れていた。
  仕事が重なったということもあるし、そこで幾つか面倒なトラブルに巻き込まれたという事もある。生来が短気で喧嘩っ早い中原は、ちょっとした事ですぐ不機嫌になるくせに、その思いをそのまま吐き出したら吐き出したで後々不快な気持ちがよりぐっと増してしまう人間だった。だからなるべくつまらない事には首を突っ込まないようにしよう、ストレスはためないようにしようと、最近は仕事場でも当たらず触らずうまく交わして過ごす事を心がけていた。
  けれど、それがどうにも親友の光一郎の真似をしているようで、また面白くなかった。
「 ったく…だりい…・・・」
  おまけにその光一郎が最近身内の事でまた何かあったようなのに、自分にあまり話したがらない。実の母親が来たという事をちらと言ったきり、後は何も言わないのだ。それがまた中原の中でイライラを募らせていた。
  自分にくらい愚痴を言っても良さそうなものなのに。
  それにもう1人。
「 あいつ、飯食ったかな……」
  今日は光一郎の帰りも遅いと思ったが。そんな事をちらと考えながら、いやいや過保護はよくないと1人首を左右に激しく振った。
  現在のイライラの根源というか、見るとつい説教をしたくなってしまう子供…光一郎の弟である友之は、この頃は週に一度の練習日にもより熱心に取り組み、チームの大人たちに対しても徐々に強張りながらの笑顔を向けられるようになっていた。
  それなのに、自分に対しては相変わらずの態度だ。
「 鬼でも見るような顔しやがって…」
  中原はまた無意識につぶやいてしまい、再び首をぶんぶんと左右に振った。
  友之はこちらに対しては未だに怯えた顔しか見せない。こんなに色々心配してやっているのに、あいつは何だっていつもああ自分から距離を取りたがるのか。
  つまるところ、それが。
  また中原の中で、毎週日曜日を楽しみにしつつ重苦しい気持ちにさせる要因でもあった。
「 はあ…だりい……」
  再度同じ台詞を繰り返した。
  中原は体調不良を理由に、その日いつもより早く退社した。本当は社長に頼まれるまま、その日は長距離の仕事をこなそうとしていたのだが、どうにも頭が痛く肩も重かった。そういえば帰ろうかどうしようか迷っている最中にナマイキな後輩の数馬から部屋を貸して欲しいなどという電話がかかってきていたが。断れば良かっただろうかと、中原は心の中だけで舌打ちした。
「 あいつがいたら…とりあえず追い出して寝るか……」
  早い退社とは言ってもすっかり暗くなってしまった道のりをオンボロの自転車を漕ぎながら、中原はまた独りごちた。数馬が自分のいない部屋に上がりこんで何やらしているのは何も今日が初めてではなかったが、また自分の知らない連中を上がりこませていたら面倒な事だと少しだけ思った。
  結局、その「面倒」は全く違う形で中原の前に姿を現したわけなのだが。

『 ……あぁっ…あっ、あ、あぁん…ッ!』

  ドアを開けるなり鳴り響くように聞こえた、女の大袈裟な嬌声に中原はまず深くため息をついた。あいつもそろそろ高校2年になろうというのに、今更エロビデオでもないだろう。そもそも、あの数馬にそんな「オカズ」が必要だとも思えない。
「 ったく、あのバカは何考えてんだ…!」
  ぶつくさとつぶやきながら靴を脱ぎ、中原は玄関から直結している居間に向かいながら、部屋の電灯よりも煌々と光る画面に見入っている背中に声をかけた。あまりよく見もせずに。
「 おい数馬。お前、何やって―」

  けれど瞬間、中原の頭の中は真っ白になった。

「 あ…………」
「 あ…………」
  どちらからともなく、声にならない声が漏れた。中原の声にくるりと振り返ったその人物は、茫然としながら、けれど明らかに意表をつかれたようになってその場で硬直していた。無論、それは中原もそうだったわけだが。
「 ト……」
  けれどうまく言葉が出なくて。
「 友………」
  何とかその名前を呼び、それから一歩だけ前進した。

『 はぁ…ッ、アアッ、あ、い、いいッ! いいわぁーッ!』

  ばかやろう。何が「イイ」んだ。
  心の中でツッコミながら、中原はただその場に小さく座りこんでいる親友の弟を見下ろした。黙りこむ2人をよそに、ブラウン管からは激しい女の喘ぎ声と、ベッドを軋ませながら腰を揺らしている大男の鼻息が聞こえていた。
  2人は何ともいえない顔でしばらくの間、互いに見詰め合っていた。



To be continued…



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