(7)



「 友之を送ってくる、お前はそれまでここで留守番をしていろ」
  そう言えば必ず逆らってくるだろうと思われた口達者な後輩は、しかし意外にもそう言った中原に対して何も言い返す事をしなかった。ただ、いつもの冷たい視線と物の分かった風な余裕の笑みは相変わらずで、その後輩…数馬は、内心では居心地の悪い思いをしている中原に一言、「いってらっしゃい」とだけ言った。
  数馬が友之に押し付けたビデオカセットは中原が有無を言わせずに没収した。それについて2人は何も言わなかったが、数馬だけがそっとため息をついていたのには中原も気づいていた。
「 寒くないか?」
  駅に向かうのにはいつもの自転車を使った。漕ぎ手である自分の腰に遠慮がちに回される友之の手を感じながら、中原は振り返らずにそう訊いた。数秒後、後ろから「大丈夫…」という本当に微かな声が聞こえてきた。
  気分が重くなった。
  それでも中原は再び息を吐いてから自転車を漕ぐ足を速めた。これは明日には熱が出ているかもしれない。そう思ったが、中原としては自身の身体の具合など最早どうでも良かった。ただ自分の後ろにいる存在だけが重要だった。

  また友之は友之で、中原の背中を見つめながらただ鬱々とした気持ちを抱いていた。ゆっくりと流れる辺りの景色も目に入らなかった。見えるのは怖い「兄」の後ろ姿だけ、しかもその姿すらぼんやりと認識されるだけで。何故今ここにいるのかも、実際友之にはよく分かっていなかった。



  光一郎はまだ帰ってきていないはずであった。
「 お前のとこ、部屋灯りついてねえか…?」
  アパートに着いてから何気なく友之たちの部屋を見上げた中原は、後からついて歩いていた友之に向かって不審の声を上げた。それで友之も同じように自分と光一郎が住む部屋のある二階を見上げた。
  なるほど、部屋の電気が灯いているのが見える。

「 コウの奴、もう帰っているのか?」
「 ………今日、帰り遅いって」
「 まさか修司の奴じゃねえだろうな」
  実に嫌そうな顔をして中原がくぐもった声を出した。そうして「俺はお前を送ったら部屋には上がらずに帰る」と言っていたくせに、結局友之と一緒に階段を上がり、ドアの前までついてきた。
  2人で階段を昇る音はカンカンと辺りによく響いた。そしてその音を察知したのか、友之がズボンのポケットからドアの鍵を取り出す前に、部屋に灯りをつけていた人物が玄関の扉を開けた。

「 トモ君…ッ!?」
  裕子だった。
「 あ……」
「 裕子!?」
  途端、中原が意表をつかれた声を出した。呼ばれた方の裕子も、友之と一緒にいる中原の姿に驚いたようだった。
  それでもすぐに友之に目をやる。

「 トモ君……香坂君と一緒だったんじゃないの…?」
「 何でお前がここにいるんだよ?」
  2人はほぼ同時に声を出した。そして互いに構わず後を続けた。
「 トモ君、全然帰ってこないから心配したよ。だってあの子はトモ君を何処に連れて行くか分からないし。光一郎がいない時にどうしたんだろうってすごく心配で…」
「 だからお前は何でここにいるのかって訊いてんだろ!」
「 ねえどうしたのトモ君、何かあったの?」
「 おい、裕子!」

  騒がしい 2人に挟まれるような形でその場に立っていた友之は途惑った顔で双方の事を交互に見やった。それでも何とか自分も訊きたかった中原の質問を声に出した。
「 どうして裕子さんがいるの…?」
「 え……それは……」
「 だから俺がさっきからそう訊いてんだろ!」
  友之の台詞を援護するように中原もまた声を大にして繰り返した。これには裕子もむっとした顔を向けたが。

「 うるさいわね、何なのあんたはさっきから! 大体訊きたいのはこっちよ、何であんたがトモ君と一緒にいるのよ!? もしかして香坂数馬とグルだったの?」
「 何だよ、そのグルってのは!」
「 2人してトモ君をどっかへ連れて行って虐めようとしたとか!」
「 バカか、お前は! いい加減にしろ!」
  中原は心底呆れたように更に大声を出したが、やはり気分が悪いのか一瞬クラリと目眩を感じたようになって眉をひそめ、頭を抑えた。けれどすぐに立ち直ると、中原は力任せに友之の背中をぐいと押し、ドアの前にいる裕子には構わず無理やりその身体を中へと入れさせた。
「 どうでもいいけど、早く家入れろ。寒いんだよ……」
「 ちょ…って、あんたも?」
「 煩ェな…。俺はわざわざコイツをここまで送ってきてやったんだぞ。茶の一杯くらい飲んでから帰らせろ」
「 な…何、トモ君、正人の家に行っていたの?」
  あまりにも意外だったせいか、裕子は素っ頓狂な声を上げたが友之の寒そうな紅潮した頬を見ると、ようやく後ずさりして2人を中に入れた。
  友之は裕子の黄色いエプロン姿がただ気になっていた。
「 夕飯を作って行ったはいいけど、後から色々気になって…。トモ君、ちゃんとあっためて食べてくれるかなとか、そもそも美味しく食べてもらえるかなとか…」
  だから一度は家に帰ったものの、また戻る気になったのだと裕子は言った。
  裕子は友之と光一郎が住むこの部屋のスペアキーを持っていたから、普段から自由にここへは出入りが出来た。それでも裕子が頻繁に、それこそ友之の知らない間に部屋へ来て色々していくようになったのはここ最近の事で、それまでの裕子は2人の部屋の合鍵を持っているからと言っても、それを無断で利用する事は殆どなかった。
  当初光一郎が友之と共にこの部屋に越してきた時、唯一あったスペアキーを持っていたのは修司だった。けれどそれを知った裕子が「そんな事をしたらこの男は好き勝手に北川家に入り浸るから」と半ば強引にその鍵を取り上げたのだ。勿論、当時は修司もその事に多少の不平は述べたし、裕子に気がありつつもどうともできない状態だった中原もそれにはあまり良い顔をしなかった。
  けれど光一郎はこの事に関して何も言わなかった。

「 裕子に預けておけば失くした時も安心だしな」
  その一言で何となくその鍵の所有者は裕子で決定してしまった。友之にしても、その事を別段どうとも思わなかった。
  けれど、最近は。
「 ねえトモ君。香坂君が悪いって言うわけじゃないけど…いえ、はっきり言えば悪いって言いたいんだけど。こんな夜遅くまで何処かへ遊びに行くのってあんまり良くないよ。まだまだこの季節、暗くなるの早いし。危ないし」
「 ガキかよ」
  3人は居間のテーブルを囲むようにして座っていたが、身を乗り出すようにして友之に訴えかける裕子に中原は鼻で笑い飛ばしてそう言った。中原とて数馬と2人でいた友之にごちゃごちゃと言っていたのは同じであるのに、その事は完全に棚に上げた上での発言だった。
  その中原はひどくイライラしたようにテーブルの端をこつこつと指で叩きながら更に言った。
「 お前のその過保護な態度が、結局はコイツを駄目にしてんじゃねえのか」
「 煩いな! 自分だってトモ君にいつも張り付いているくせに!」
「 はあ!? 俺が何だって!?」
「 そうでしょ。何よ、自分だって香坂君がトモ君にちょっかい出していると烈火の如く怒るくせに、私が言うと文句言うわけ? 大体何でトモ君はあんたの部屋にいたの? あんたの事が大嫌いなトモ君が!」
「 テメエ、よくもそこまでハッキリ言いやがったな…。コイツが俺の部屋にいた理由? それはな―」
  けれど中原は勢いに乗って裕子にそこまでは言ったものの、ふと友之の顔を見た事ではっとなって押し黙った。それによって裕子の方は余計に怪訝な顔を向けたのだが。
「 ……何よ。一体男3人集まって何をしていたのよ?」
「 煩ェな…お前には関係ねえよ……」
「 関係ない事ないわよ、私すごく心配していたんだから!」
「 お前の勝手だろが。そんなのは!」
  中原はふいとそっぽを向き、それからはぐらかすように立ち上がると台所へ行って冷蔵庫などを開け始めた。そして「何かねえのか、この家は」などとぶつぶつつぶやきながら、キッチンに置きっぱなしの、裕子が作ったおかずなどもつまみ出した。それによって裕子はキッとなり何事かを叫ぼうとしていたが、しかしすぐに思いとどまったようになって傍にいる友之に視線を移した。
「 ……ねえトモ君。何していたの?」
「 え………」
「 私に言えない事?」
「 別に……」
「 言わなくていいぞ、トモ!」
  台所から中原が不意に割って入ってそう言った。裕子はそれで再びぎっと怒りの表情を中原に向けたが、やはりまたすぐに友之にいつもの優しい口調で言った。
「 別にいいなら教えてよ。何していたの、トモ君」
「 ……………」
「 今日光一郎が遅いの知っていたでしょ? だからわざと夜遊びしたくなったの?」
「 そんなんじゃない……」
  その言い方に少しだけむっとして、友之は言葉を返した後ぐっと唇を横に結んだ。
  裕子のこういった対応はいつもの事だった。
  裕子はいつだって「弟」である友之の事が心配なのだ。だからあれこれと世話を焼きたがる。知りたがる。自分には心を開いて欲しいと接近してくる。それは友之が夕実といた頃から変わらずそうであったし、夕実がいなくなってからはより一層その過干渉はひどくなった。友之自身も、そんな裕子を鬱陶しいと感じた事はなかった。いつもの事だから。当たり前の事だから。
  けれども、今は。
「 ……裕子さんには、関係ないから」
  今は、違う。
「 関係、ないから」
  だから冷たい言葉が出てしまった。
「 え……」
「 ………」
「 そう…なんだ……」
  言われた裕子は半ば茫然となり、そのまま友之の前で動かなくなった。
  ひどいショックを受けたようだった。

「 ………」

  それでも友之は俯いたまま、裕子にそれ以上言葉をかけなかった。かけたくなかった。裕子は自分を心配している。夜は危ないから、数馬は自分に冷たいから。光一郎は留守だから。
  ダカラ、ダカラ。
  だから裕子は自分に優しい。
「 違う……」
「 え……?」
  思わず声に出してしまうと、裕子がそれを聞きとがめたようになって聞き返してきた。けれど友之は焦ったようになって下を向くと、再度裕子を無視した。それで裕子もまた悲壮な顔をして黙りこくった。裕子の黒い綺麗な髪の毛が視界の端にちらとだけ見えた。加えて裕子の驚きと戸惑いと哀しみも。友之には何だか一緒に見えた気がした。
  それでも。それでも、胸なんか痛まない。痛まなかった。

  裕子がここにいるのは、光一郎に会いたいからだ。

「 ごめんね…何か…煩く言っちゃって」
  どれくらいの時が経ったのか、ようやく裕子がそれだけを言った。やっと精一杯、それだけを言えたという感じだった。2人はテーブル越し、向かいあわせになった体勢のまま、後はまた沈黙した。
「 おい」
  その時、台所からその様子を眺めていた中原が声を出した。
「 トモ。裕子に謝れ」
「 え?」
  はっとして顔を上げ、そう言ったのは裕子だった。裕子が向いた先、台所にはビールの缶を取ったままひどく真面目な顔をしている中原の姿があった。けれど中原自身は自分に視線を向けた裕子には構わず、ただ友之を見たまま再度口を開いた。
「 お前の今の態度は、そりゃ何だ? いいから早く謝れ」
  先刻まで自分が裕子に言っていた事を友之は繰り返しただけであるのに、中原の表情はすっかり厳しいものになっていた。友之の裕子へ見せた反応を見過ごす事はできないという、それは本当の兄のような父親のような態度だった。
「 な、何よ…! べ、別に私はいいんだから、そんな言い方…!」
  裕子が半腰を上げて反撃しようとした声も、中原は一も二もなく、かき消した。
「 煩ェよ。別にお前の為に言ってんじゃねえ。トモの為に言ってんだ。黙れ」
「 な…何…よ……」
「 大体よ」
  そうして中原は自分の台詞によってすっかり蒼白になってしまっている友之から一旦視線を外すと、ようやく裕子の方に目を向けて眉間に皺を寄せた。
「 お前も一体何なんだよ? お前、修司の彼女なんじゃねえの?」
「 え……」
「 未練がましくよ、ウロウロしてんじゃねえよ」
「 な……何で……何であんたがそんな事……」
「 イラつくから」
  そう言った中原の口調はどことなく数馬に似ていた。
「 お前、こうやってしょっちゅうここに来てんのか? 俺ァ、そんなの全然知らなかったよ。この事、修司の奴は知ってんのか?」
「 か、関係ないわよ…あいつなんか…」
「 関係ない? はーん、じゃあ、やっぱお前らって付き合っているわけじゃねえんだ?」
「 だからあんたにも関係ないわよ、そんな事は!」
「 ………関係あんだよ」
「 え……?」
  いやに静かな声でそう言った中原に裕子もはたと冷静になって怪訝な表情を向けた…が、中原はそれ以上裕子にその後の言葉を投げかけなかった。
  中原が裕子を気に入っているという事は、当人である裕子以外の人間は周囲の者全員が気づいている事だった。けれどそれを知らない裕子にとっては、中原の不機嫌な理由はただのお節介にしか見えなかっただろう。

「 ……偉そうに言わないで」
  裕子はぴしゃりとそう言い放ってから深く息を吐いて立ち上がった。それから着けていたエプロンを取り、たたんだそれを傍の棚の上に置くと、再び友之の方を見やった。その視線を感じて友之がそっと顔を上げると、そこにはいつもの優しい表情の裕子がいた。その顔は改めて見ると、以前よりも何だかやつれて見えた。
「 帰るね、トモ君」
「 ………」
  裕子の声に友之は半分だけ口を開きかけたが、それでも声は出なかった。中原の顔も見えたが、それでも言葉を出せなかった。
  けれど裕子が友之に背中を向けて玄関へ向かおうとした時だった。
「 来ていたのか」
「 コ…コウ、ちゃん……」
  光一郎が帰ってきた。
「 ……何だよ、コウ。早いじゃねえか?」
  台所にいた中原も裕子の隣に来て驚いた声を出した。光一郎はそんな2人を交互に見て頷いて見せてから、その背後に座り込んでいる友之に目をやった。
「 どうした、トモ?」
「 ……っ!」
  いつもの光一郎だった。
  何かあるとすぐに察してそう訊いてくれる。
「 ………ぁ」
  けれどやはり友之は声が出なかった。まるで呼吸の仕方を忘れたかのようだった。苦しかった。
「 何だ、まだ夕飯食べてないのか?」
「 ………」
  それでも友之は真っ直ぐ光一郎に甘える事はできなかった。本当は今すぐにでもこの居た堪れない気持ちをどうにかして欲しくて、抱きつきたくて仕方なかったのに、一方で今は顔を見せたくない、何も話したくないと思う気持ちも強く存在していた。


  ジブンノコトバッカリ。

  今また裕子を傷つけたばかりだ。どんな顔で光一郎を見られるというのか。
「 トモ?」
  優しい光一郎の声が痛い。友之はぎゅっと強く唇を噛むと、だっと立ち上がってすぐさま隣の寝室へ駆け込んだ。
「 おい…? トモ…?」
  背後で呆気に取られたような光一郎の声が聞こえた。それでも友之はそのまま寝室に入るとドアを閉め、そのまま自分のベッドに潜り込んだ。何もかもが嫌だ。そして、一番は何よりもこんな自分が嫌だと思った。
  何もかも訳が分からない。
「 どうしたんだ?」
  隣の部屋で光一郎が2人に訊いている声が聞こえた。耳を塞いでも光一郎たちの声は蒲団をかぶった友之にもろに聞こえてきた。自分の聴覚はいつもより冴えているような気すらした。
「 いじけてんだよ、ほっとけ」
「 何よ、その言い方!」
  中原と裕子の声が聞こえた。中原は友之に対して心底呆れているようだったが、この期に及んでまだ友之をかばっている裕子の声よりは、中原の台詞の方が友之の心には楽だった。
  ただ、3人の会話はそれ以降友之の耳にも届かなくなり、何事か話しているだろうぽつぽつとした音だけが部屋から時々漏れ聞こえてくるのみになった。

  中原は何を言っているのだろう。
  裕子は、自分に無視された事を光一郎に話すだろうか。

「 ………」
  けれどそんな思いも一瞬で消えた。 
  話すわけがない。裕子は、いつだって自分の味方だから。
  そんな事、とうに知っていた筈なのに。
「 う……っ」
  訳が分からないうちに、何だかまた苦しくなった。はあはあと一生懸命息を吸おうとするが、頭から蒲団をかぶっているせいで余計に息苦しかった。それでも、この闇から脱出する事は今の友之にはできなかった。
「 裕子、悪いな」
  その時、隣の部屋から光一郎の声が聞こえた。
「 送っていくか?」
  そうして、優しく気遣うそんな声も。
「 ……ッ」

  ズキリと、胸が引き裂かれそうに痛むのを感じた。
「 光……」
  けれど起き上がって呼ぶ事も、そのまま目をつむることもできなくて、友之はそのままの格好で石のように横たわっていた。ひどく長い時間、そうしている気がした。
  実際はそれほど経っていなかったのだろうが。
「 トモ」
  その時、とても近くから光一郎の声が聞こえた。どきりとして身体を揺らすと、蒲団越し、光一郎が自分の背中をさすってくる感触があった。
「 あ……?」
  そろりと蒲団をめくって顔を半分だけ出すと、いつからそこにいたのか、ベッドに腰をおろした格好ですぐ傍に光一郎がいた。こちらをじっと見つめてきていた。
「 コウ……?」
「 どうした。何かあったのか」
「 ………裕子さんは?」
「 帰ったよ」
「 ………」
「 何だ?」
  物言いたげに黙る友之に光一郎は相変わらず静かな表情のまま訊き返した。友之はごくりと唾を飲んでから、また少しだけ顔を出した。
「 送っていかなかったの…?」
「 ああ…正人が行くと言ったから」
「 ………」
「 裕子は迷惑がっていたけどな」
  少しだけ苦笑して光一郎はそう言い、後は2人の事などもう忘れたようになって友之の顔を再度覗きこんだ。背中をさする手もそのままだ。
  その所作はひどく優しかった。もしかするといつも以上に。
「 ……正人に聞いた。お前があいつの部屋に行くなんて珍しいな。数馬が連れて行ったんだって?」
「 う、ん……」
「 2人で何してたんだ?」
  中原は詳しい事は光一郎に言っていないようだった。友之はこちらを見据えている光一郎をじっと見つめ返した後、そっと言った。
「 ビデオ見てた……」
「 ビデオ? へえ……」
「 ………」
「 面白かったか?」
「 ………ううん」
「 何だ、つまらなかったのか?」
「 コウ……」
「 ん?」
「 ………」
  呼んではみたものの、何を言って良いのか分からなかった。あんなに顔を見られないと思っていたくせに、今は傍にいてくれる事が嬉しい。こうして背中を撫でてもらえるのが嬉しい。もっと傍にいて欲しいと思っている自分がいる。
  裕子の傍ではなくて。

  オンナノヒトの傍ではなくて。

「 どうした、トモ?」
  光一郎の不審そうな声が聞こえた。友之ははっとして、それから再び蒲団をかぶると光一郎から顔を隠した。かっと熱くなる身体。訳が分からない。分からない。
  数馬が貸してくれようとしたあのビデオには何が映っていたのだろう。
「 ……う……ぅ……」
「 トモ? お前……泣いているのか?」
「 ううん……」
「 なら顔出せ。おい、トモ…友之」
「 何でもない…!」
  吐き捨てるような、強い口調が飛び出た。自分自身でその声の大きさに驚きながら、それでも友之は光一郎から顔を隠したままぎゅっと目をつむっていた。


『 お前は光一郎の気持ちを考えた事が…』


  分かるわけがない。
「 …ふ…ッ…」
  友之は自分の頭の中で聞こえた中原の言葉をかき消してそう思った。
  分かるわけがないのだ。そう思った。

  自分自身のことすら、よく分かっていないのに。



To be continued…



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