(9)



  担任教諭は一時限目の授業をサボった友之たちに対し、沢海だけを放課後職員室に呼んだ。朝一のその授業を遅刻または欠席する事など、友之のクラスでは別段珍しい出来事ではない。実際、その日も何人かの生徒がその授業をサボっていた。
  けれどクラス委員長である沢海、不登校の経歴を持ち、他人と接触を持てない北川友之がそれをやったとなれば、話はまた別だった。橋本を筆頭としたクラスメイトたちは遅れて教室に入ってきた沢海に何かあったのかとしきりに問い質したし、友之もいつも以上に多くの人間から好奇の目を向けられた。その中には害意のある目、放課後呼び出しを受けたのが沢海だけという事に「何故北川だけはいつも特別扱いなのか」と不平不満をこめた目を向けてくる者もいた。沢海や橋本を気にしているのか、直接声を大にしてその事を友之に言ってくる者はなかったが。
  友之が一番心配していた当の古典教諭からも、友之は何も言われなかった。帰り際、廊下ですれ違った時もちらと一瞥されただけ。自分の一言でまたトウコウキョヒでもされたら困るとでも思っているのか。はたまた何かの弾みで自殺しそうだとでも思われているのか。真意の程は定かではなかったが、友之が周囲から腫れ物扱いされているのはいつもの事だったし、友之自身、沢海と遅刻して行った事を後悔はしてはいなかったから、どれもこれもどうでもいい事だと思った。
  自分のせいで沢海だけが担任に叱られているのだとすれば、その事だけは嫌だったけれど。



「 あれ、友之待っていてくれたのか?」
  だから昇降口の所で部活に向かう沢海を1人待っていた時、遅れてそこにやって来た友人は、1人ぽつんと立ち尽くしている友之を見て驚いた声を出した。
「 別に帰っていて良かったのに。俺だけ呼び出されて気にした?」
「 うん…。拡、怒られた?」
  友之が訊くと、沢海は下駄箱から靴を取り出しながら笑い、かぶりを振った。
「 怒られないよ。大丈夫、家にも連絡しないでもらったし」
「 え……」
「 友之、気にしているかと思ってさ。光一郎さんにバレたら殺されるじゃん。あ、殺されるのは俺か?」
  ふざけたように言って1人笑う沢海に、友之は呆気に取られた顔を向けた。それから、不意に。
  胸が微かに痛むのを感じた。
「 ………」
  そうなのだ。沢海の事を気にして待っていた事も本当だけれど、きっと自分はその事だって心配していた。担任から家へ連絡されて、授業をサボった事が光一郎にバレてしまったら。
「 友之?」
「 あ…っ」
  つい考え込んでしまった友之に沢海が声をかけてきた。慌てて顔を上げると、沢海はそんな友之にまた優しく微笑した。
「 本当に大丈夫だから心配するなよ? こんな時の為の優等生だろ」
「 え…」
  どことなく毒のある笑みを漏らして沢海はそんな事を言った。時々、不意に見せる意外な一面。
「 それにさ、思春期まっさかりの高校生なんて色々あるんだから。担任だってそこらへんの事は分かっているって」
「 ………」
  沢海が担任教諭に何をどう言って事を丸く収めたのかは分からなかった。が、それでもとにかくはこの件はこれで終わりなのだという事だけは友之にも分かった。安心の気持ちと、暗い気持ちと。何事も起きなくて良かったという気持ち、自分ばかり助けられて卑怯だと思う気持ち。それらの感情が胸の中でごちゃごちゃとない混ぜになりながら、友之は自分の元に近づいてきた沢海をただぼんやりと見上げた。
「 今日さ、本当に楽しかったな。友之と色々話せたもん」
  沢海が言った。
「 明日、今日話した本貸してやるな。絶対面白いからさ」
「 あ…うん」
「 じゃ、俺部活あるから。じゃな、友之!」
「 あ……うん」

  キョウ、アリガトウ。

「 あ……」
  けれどそう言おうと思って一旦息を飲んだ時には、もう沢海の姿は体育館の方へ向かって小さくなってしまっていた。友之は開きかけた口を再び閉じ、はっと息を吐いた。
  自分だってあの時間は本当に楽しかったと思えたのに。
  きちんと言えない、もどかしい自分。


*

  学校の門を出た後は、わき目もふらずに家へと向かった。朝方の重苦しい気持ちはそのままだったけれど、その事と早く家へ帰りたいという気持ちは別物だった。足だって勝手に速く動く。今はただ光一郎の待つ自分の家へ戻りたかった。
「 トモ君…」
  けれどそれも、駅の改札を出てすぐに掛けられた言葉に阻まれた。
「 あ……」
  裕子だった。
  明らかに友之を待ってそこに立っていたという風だ。ベージュのロングスカートに黒いブーツ、コート姿。いつものパンツルックとスニーカー姿に見慣れていたせいだろうか、控え目に立ちこちらを見ていた裕子は、何だかいつも以上に女性らしく綺麗に見えた。
「 …………」
「 トモ君、お帰り……」
  何も言わず、自分にも近づいて来ようとしない友之に、裕子は困ったようになりながらも必死に笑顔を向けてそう言った。自分から近づき、恐る恐るという風に声を続ける。
「 えっと…。トモ君の事、待ってたんだ。今日は6時間授業だから、帰ってくるの、このあたりの時間だろうなって。へへ…私、トモ君の時間割は全て把握しているしね。それこそ、自分のよりね」
「 どうしたの……」
  やっとぽつりとそんな言葉が出ると、裕子はそれだけでほっとしたような顔を見せた。おどけたように片手を頭にやり、ふにゃりとした笑顔を向ける。
「 あの、あのね。トモ君とさ、そこらへんでお茶でもしないかなって思って。最近、全然そういう事なかったじゃない? だからさ、たまには2人きりでデートするのも悪くないかなって……」
「 ………」
  早く家に帰りたい。
  友之はただそう思っていた。昨日裕子に言ってしまった事を謝らなければ、そういう気持ちだってあったはずなのに、今こうして綺麗な「姉」の姿を見てしまうと、その気持ちは何だかひどく薄らいで、ただもう嘘っぽいものに思えてしまった。
  裕子が自分と仲良くしたいのは、自分が光一郎の弟だから?
  そんな事まで考えてしまう。バカバカしい、そんな事あるはずないと一方で思っていても、そういう風に思ってしまう自分も確かに存在している。嫌だった。そういう風に思ってしまう自分も、こうして気を遣いながら話し掛けてくる裕子も。
「 トモ君…? 嫌かな。私と一緒にいるの」
「 ………」
「 ……早く光一郎の所に帰りたい?」
  裕子の問いに、友之は眉間に皺を寄せた。的を射られて癪だったし、すぐに素直な答えを出せない自分にも腹立たしさを感じた。友之は裕子から視線を逸らすとぐっと唇を噛んだ。
「 ねえトモ君…。怒ってるんでしょ。私が煩くトモ君たちの部屋に行ったから」
  伺い見るようにして裕子は言った。まだ通勤者の帰宅時間には若干早い。駅前の人通りはまばらだ。改札付近でぎこちなく向かい合わせになり立っている2人だったが、その事を気にする者はいなかった。
「 私がさ…しょっちゅうご飯作りに行ったり掃除したりさ…。トモ君迷惑でしょ。来て欲しくないんだよね」
「 別に……」
  嘘だ。
  本当は嫌だと思っているくせに、どうしてそんな風に答えているのだろうか。友之は自身の言葉に追い詰められて、苦しそうに身体を揺らした。
「 本当は今日も行ったんだ、トモ君たちの所」
  裕子の言葉に友之はぎくりとして顔を上げた。そこには真っ直ぐにこちらを見る、けれどやはり寂しそうな裕子の姿があった。
「 私ね、最近学校なんてどうでもいいんだ。前のトモ君と一緒だね。最近…私、本当に変なんだよ、トモ君」
「 裕子さん…?」
  追い詰められているのは裕子の方なのだろうか。
  必死に友之に向かって声を出す裕子の唇は、気のせいか微かに震えていた。友之はそんな裕子の顔をじっと見つめた。
「 この間、修司と喧嘩したって言ったよね…。本当にバカみたいな事で喧嘩したの。あいつも久々に本気で怒ったし…」
「 ………」
「 私…すごく怖かった。でも、それ以上に何だかすごく…何だかうまく言えないけど、置いてきぼりくったみたいな気持ちになっちゃって…」
「 どうして…?」
  裕子の言いたい意味が今イチ掴めず、友之は怪訝な顔をした。裕子の方はそれで自嘲するような笑みをふっと浮かべ、友之からつと視線を逸らした。
「 だって…。あいつ…光一郎は、私には何も話してくれないじゃない?」
「 コウが…?」
「 あいつ、お母さんと会ったんでしょ。弟さんとも会ったんでしょ?」
「 え……?」
  声にならない声で出た友之のそれに、裕子は構わず続けた。
「 はっきりとした事は知らないけど…。ううん、それ自体はきっと大した事じゃないんだよね。今更実のお母さんが会いに来たところで、あいつには何て事もないよ、きっと。だけど…修司や正人には話して、私には話してくれない。それが何だか寂しかったんだ。どうせ私なんてあいつの幼馴染というより、ただのご近所さんなんだもん…」
「 弟って…?」
「 えっ…」
  茫然としながら問うた友之に、ここで裕子は驚いたようになって顔を向けた。
「 だってトモ君…。トモ君だってこの話知ってるんでしょ? 正人がトモ君も光一郎から聞いているって言っていたよ…?」
「 ………」
「 聞いてない…の?」
  黙り込む友之に裕子はさっと蒼褪めてやや後退した。けれどすぐに慌てて取り繕うように言葉を継ぐ。
「 だからっ、きっと本当に大した事じゃないんだよ、光一郎にとっては…! だからトモ君に余計な心配も掛けたくなかったんだろうし…っ。それで…」
「 弟って…?」
  もう一度同じ言葉を繰り返すと、裕子はもう逃げられなくなったかのような顔をしてぐっと息を詰まらせたが、やがて思い直したようになると重々しく口を開いた。
「 よくは知らないけど…。その、光一郎たちのお母さんって、おじさ…トモ君たちのお父さんと離婚してからすぐに再婚していたらしいのよ。その再婚相手の人との子供が1人いるって」
  最初は遠慮がちに、しかし段々と早口になって裕子はそこまで言った。
  それから1拍置いて。
「 だから…異父兄弟って言うの? そういう子がいたって事なんだよね…」
「 ………」
  知らなかった。
  光一郎は母親と会った話はちらと話してくれたが、弟の話うんぬんには全く触れなかった。どうでもいい事だったのか、それとも何か含むところがあってそこだけ友之に隠したのか。いずれにしても友之の中で正体の知れない大きな不安が胸の中にどんどんとこみ上げてきて、裕子に対してはまた何の言葉を出す事もできなくなってしまった。
  代わりに裕子が必死に言葉を繋いでいたのだけれど。
「 修司なんかさ…光一郎に聞いて、勝手に1人だけその弟さんに会いに行ったりしてんだよ。あいつ、いつだって1人でどんどん先に行って…」
「 え……」
  ぎくりとして顔を上げると、怒りを思い出したように頬を紅潮させた裕子とばっちり目が合った。それで裕子もはっとして興奮しかけた態度を抑え、ふっと息を吐いてから改めて静かな声を出した。
「 だから…私、色々聞きたかった。光一郎の口から色々聞きたくて。でも何も話してくれなくて。思い余って煩く訊いたら迷惑そうな顔されて…修司には怒られて……」
「 修兄は……」
「 え?」
  喉の奥から掠れたような声を出した友之に裕子が聞き損じて問い返すと、友之は再度顔を上げて弱々しい声を出した。
「 修兄、今何処にいるの?」
「 修司…? さ、さあ…。あいつと喧嘩してから、全然連絡取ってないし。家には帰ってないみたいだけど」
  そういえば最近はまた修司の姿が見えない、と友之も思った。年が明けてから一度だけ電話で話をしたが、それ以来また「放浪の旅」とやらに出かけたらしく、まともに顔を合わせて話をしたのは年末にまで遡るのではないかと思う。いつも頼りになる居心地の良い「兄」、修司。けれど、その気ままさは周囲も呆れるところであり、本人もよくよく自覚しているところだった。
  また彼は誰にでも優しかったが、その優しさをいつでも与えてくれるわけではなかった。彼は息が詰まると自然と町から離れ、皆から離れ、一人になりに行っていたから。
「 ……今何処にいるか知らないけど、でもトモ君が電話すれば、会いたいって言えば、あいつの事だからすぐに飛んでくるんじゃない?」
  友之の心根を読み取るようにして裕子が言った。上着のポケットから携帯電話を取り出し、友之に差し出す。
「 話したいなら掛けてみれば…あ、でも私からのじゃ、あいつ出ないかも…」
「 いいよ……」
  1人で話を進めようとする裕子に、しかし友之はしばらく考えた後、首を横に振った。
  確かに修司には会いたいと思った。光一郎の話も聞きたいと思った。
  けれど、どうしてか。
  今電話を掛けて修司に頼ったりしたら、自分も裕子のように怒られるのではないかという気がした。修司に怒られた事など一度もないくせに、修司の怒る姿など想像もできないくせに、何故だかこの時はそう思った。不安な気持ちに襲われていた。きっと自分に疚しいところがあり過ぎるからだろうと友之は思った。
「 トモ君……」
「 あ……」
  また考えこんで黙りこくっていると、裕子が心配そうな声を出した。友之はハッとして顔を上げ、それからまた俯いた。さっきから裕子にひどい態度を取っている。それなのに裕子に気を遣わせてそのままだ。ひどいと思う。
「 ……あの、裕子さ……」
「 何かごめんね、トモ君。こんな引き止めちゃって!」
  けれど言いかけた時、裕子が先に言葉を切った。途惑って口を開いたまま声を失うと、裕子はまた気の抜けたような笑顔を閃かせてから、何かを誤魔化すように両手を振った。
「 ホント、トモ君だって学校から帰ってきて疲れているのに、無理言ってごめんね。しかもこんなに引き止めてさ…。今日はさ、私…帰るね」
  そうしてそこまで言ってから裕子はもうくるりと踵を返し、友之に背を向けた。そして去り際、本当に小さな声で、ぽつりと。
「 私ね、何だかんだ言って…。光一郎とは2人きりになれないみたい…」
「 裕子さん……?」
「 本当は逃げ出してきたんだ」

  怖かったから。

  裕子の声にならないそんな声が、友之には聞こえたような気がした。友之は裕子のそんな背中に何も声を掛けてやる事ができなかった。
  裕子が光一郎を好きな事など、もう随分と前に裕子自身から教えてもらっていた事だ。大体、そんな事は聞かずとも当の昔から気づいていた。知っていた事だった。それなのに今の裕子に何も言えない、そんな自分を友之はずるいと思った。
  裕子が「置いてきぼりをくったような気持ち」と言った事の意味。その事の意味が友之にはよく分かった。自分も同じだったから。幼い頃、本当は光一郎や修司や正人の仲に自分も入りたくて、一緒にいたかったのにできなかった。いつもあの3人を羨ましいと思っていた。夕実も裕子も大好きだったけれど、それでも光一郎たちと一緒に野球がしたいと、一緒にいたいと思う気持ちは止められなかったのだ。
  いつだって。
  それが今は、光一郎とも一緒にいられ、ぶっきらぼうで少し怖いけれど正人にも良くしてもらい、修司はいつだって優しい。自分は恵まれていると思う。そんな中で、今度は自分が裕子を置いていってしまっていたのではないか。自分だけ良い位置に甘んじて、裕子をないがしろにしてきたように思う。
  それなのに、裕子が光一郎と一緒にいて嫌だと思うなんて。
 
  ジブンノコトバッカリ。

「 ………っ」
  気づくと友之は駅前通りを全力で走り出していた。行き交う人がちらとこちらを見てきたような気がしたが気にはならなかった。ただ、「嫌だ嫌だ」という気持ちでいっぱいだった。自分の事ばかり、光一郎の事だって不意に現れた家族にどう思ったか、本当は話す機会もたくさんあったはずなのに訊こうともしなかった。
  それで光一郎の元に、ただ帰りたいだなんて。
  息もつかずに夕暮れに染まる町並を友之はただひたすらに走った。何処へ行こうとしているのか分からない。けれど、何も考えたくなかったからただがむしゃらに走り続けた。色々な思考は常に頭の中を駆け巡るのだけれど、それでも走っていればまだ気分も幾らか楽だった。とにかく今は走って、何処かへ。
  ああ、何だかめいっぱいバットが振りたいと思った。



  「アラキ」が休業日だという事は知っていたけれど、友之が自然と足を向けたのはやはりそこだった。そこくらいしか行く所がなかったとも言える。
  そんな店の中からは、実に小気味良い金属音が断続的に聞こえてきていた。
「 ………?」
  誰かが打っているのだろう。連続してボールを当てているその音は、かなり遠くまで飛ばしているだろう事が容易に予測できた。
  店の前に近づき、思い切って扉のノブをガチャリと引くと、それはいつものように簡単に開いた。カランカランと鈴の音が鳴り、友之は灯りのついていない店内にそろりと足を踏み入れた。入ってすぐに見えるカウンターにいつもの優しいマスターの姿はない。それでもボックスでは相変わらずボールを打つバットのカキンカキンという音が連続して聞こえてくる。一番奥、球速の調整が利く速い球が打てる場所だ。いつもあそこを利用するのはチームでも中原や数馬、それに打撃に自信のある数名だけだった。
  誰だろうと更に友之が足を進めてそこへ近づいた時、カチャリとコインの切れる音がして、そのボックスの扉がギイと開いた。
「 あ……」
  もうそろそろ外の街灯もつくだろう暗さの外から店の中へとやってきたのは、修司だった。
  随分打ち込んでいたのだろうか。珍しく疲弊したような顔をして、修司は持っていたバットを引きずるようにして店内へ戻って来た。
「 あれ…?」
  けれどいるはずのない人の気配を感じてふと顔を上げた修司は、すぐ目の前にいる友之に目を見開き、途端に驚いた声を上げた。
「 トモか?」
「 修兄……」
「 ……あれあれ、どうした。珍しいなあ」
  そうして修司は薄っすらとした笑みを浮かべ、傍の壁にバットを立掛けるとやや伸びた髪の毛をかきあげてから改めて友之を見やった。久しぶりに見た修司の顔はやはりいつもと変わりなく、ゆったりとした優しい表情をしていた。Tシャツから覗く腕の筋肉は以前よりも大分ついたように見えたが。
「 ん…もしかして久しぶりか? 結構経つかもなあ、トモと最後に話してから」
「 うん……」
  カウンターに向かいながら声を出す修司の姿を追いながら友之は返事をした。修司はそんな友之に視線は向けていなかったが、尻ポケットに突っ込んでいたタバコの箱を取り出し、トントンとそれを叩いて一本を取り出すと再び視線を戻してくれた。そして煙草を口に咥えながら淡々とした様子で言葉を出す。
「 いつもはこの曜日に来ないよな。どうした。今日はうち、休みだぜ?」
「 あ……迷惑なら……」
「 ……はあ?」
  慌てたようにそう言う友之に修司は口から煙草を一旦外し、思い切り苦笑してから、傍にあった足の長い椅子に腰を下ろした。それからこいこいと友之を手で招くと、改めて咥えていた煙草にカウンター上にあったマッチで火をつけた。
  落ち着いた様子の、いつもの修司だ。
「 俺が愛しいトモの事を迷惑がるわけないだろうが。いいからおいで。何かあったんだろ。大好きな修兄ちゃんに話してみな?」
「 ………」
「 誰かにいじめられたか? そんな奴いたら殺してやるよ?」
「 え」
  いきなり物騒な事をさらりと言った修司に友之が思い切り面食らうと、修司はくっと笑ってから目を細めた。自分の傍には来たものの、椅子に座るでもなく目の前で立ち尽くしている小さな「弟」を物珍しそうに眺める。
「 まあ、こんな可愛い子をいじめる奴なんかいるわけないか…」
  そうしてどことなくからかう風に修司はそう言った。友之は思わず表情を翳らした。
  いつもの修司…と思ったけれど。
「 修兄…?」
「 ん……」
  ふうと煙を吐き出し、くぐもって返事をしてきた修司は声を掛けてきた友之を見てはいなかった。友之はいよいよ不安な気持ちになった。
  修司は、もしかしてイラついている…?
「 あの……」
  やはり帰る、しかしそう言おうと思った時だった。
「 トモ、顔見せてみろ」
  修司は唐突に言った。そうして煙草を灰皿に押し付けると、両手で友之の両頬を包みこむようにし、修司はふっと顔を近づけてにやりと笑った。
「 あー…やっぱり可愛いわ」
「 しゅ…修兄…?」
「 ん…?」
「 な…何……」
「 何って何が」
「 は、放し…」
「 嫌だね」
  そうして、修司はぐしゃぐしゃと友之の髪の毛をかき回した後、ぐいとその頭ごと引き寄せて。
「 ん…ッ…」
  途惑い、言葉の出ない友之の唇に、そっと掠める程度のキスをした。



To be continued…



8へ10へ