おふざけ童話

「みにくい龍麻くん」



 昔々あるところに、とても裕福な一家がありました。その名を、阿師谷と言いました。
 母親は何故かいませんでしたが父親の導摩、長男の伊周、次男の太一、三男の麗司…。そして、四男の龍麻。
 祖先が高貴な位にあったということで、阿師谷一家は近隣からの尊敬も浴び、何不自由ない生活を送っていました。

 ただ一人を除いて・・・。

「龍麻ッ! あんた、何やってンのよッ! アタシの靴、磨いておけって言ったでしょッ!!」
 朝方。形相からして恐ろしいというのに、趣味の悪い靴を掲げてそんな怒鳴り声をあげたのは、長男の伊周でした。
「み、磨いたよ…」
 おどおどとして兄の前に出た龍麻は、上目づかいに相手を見上げながらぽつと反論の言葉を述べます。
 けれど口ごたえをすれば、怖い伊周兄さんからすぐに平手打ちが飛んできます!
 伊周は龍麻を叩いた後、キンキンとした声で更に怒気のこもった声を出しました。
「嘘おっしゃい! ほら、ごらん! ここにも、ここにも汚れがついているわよッ!こんなんじゃ、出掛けられないってのよッ!!」
「ご、ごめんなさい…」
 龍麻が今度は素直に謝ると、伊周はようやく落ち着いたようになって、プシューと鼻で息を吐き出しました。
「…まったく、これだからアンタはドン臭いって言われるのよ。ただでさえ醜い面をしているンだから、仕事くらい人並みにしなさいよッ! ああ、あと! 書庫の整理も今日中に終わらせておくのよッ!? いいわね!?」
 長男である伊周は言いたいことだけを弟である龍麻に言うと、ぷんぷんしながら出て行ってしまいました。
 龍麻はふうっとため息をつきましたが、それで嵐は終わりません。今度は次男の太一です。
「げへへへ。おい、龍麻〜」
 でかい図体の太一兄さんが背後に迫ると、龍麻はどうしてもびくっとしてしまいます。慌てて振り返って兄さんを見つめました。
「な、何、兄さん…?」
「お前、今日の飯、すげー少なかったぞ。あんなんじゃ、俺は足りねえぞ」
「あ…ごめん…。今度からはもっとたくさん作るから…」
「仕方ねえから、おめえの分食っといてやったぞ〜。げへへへ、今朝はお前飯抜きだぞ」
「……うん」
「もし明日も飯足りなかったら、今度はおめえを食ってやるからな〜。げへへへへ…」
 よだれを垂らしながらそんな事を言う太一兄さんに完全に威圧されて、龍麻はじりじりと後ずさりをしました。
 すると、今度はさらにその背後から。
「龍麻…」
「わっ!?」
 暗く陰気な声で自分を呼んだ三男の麗司に、龍麻は面食らいました。何とか平静を装うよう試みますが、うまくいきません。
「君、こんなところにいられると邪魔なんだよね…。僕が学校に行けないじゃないか…」
「あ、ご、ご、ごめん…」
「ごめん…? 兄である僕に向かってそういう言い方、間違っていないかい、龍麻…」
「あ…。す、すみません…」
「……ふん」
 麗司はこれでもかという程冷たい視線を龍麻に向けた後、実にさり気ない所作で龍麻の足を蹴り飛ばしました。龍麻がそれでよろけると、嬉しそうにニタ〜と笑います。
「ああ、それから龍麻。家中埃だらけだよ。毎日どういう掃除をしているんだか知らないけど、きちんとキレイにしてよね。それから、太一兄さんの服もそこらへんに転がっていたから、洗濯もきちんとやるんだよ」
「は、はい、分かりました…。行ってらっしゃい…」
 それでも龍麻は気を取り直して、太一と麗司、2人の兄を見送りました。
「……学校かあ」
 表への扉が重く閉ざされ、しんとした空間の中、龍麻は一人つぶやきました。
 龍麻は学校へ行かせてもらっていません。
「龍麻」
 その時、不意に螺旋階段の上方から、父親である導摩の声が厳かに聞こえてきました。息子である龍麻のことを厳しく見据えています。
「何をそんなに物欲しそうな顔をしている」
「え…? そ、そんなこと」
「隠すな隠すな」
 父・導摩は意地の悪い顔をしてから口の端だけをくいっと上げて、龍麻を卑下するような笑みを閃かせました。
「お前も兄たちのように学校へ行きたいと考えておるのだろう? まったく、これだから浅ましい女の子供は困るわい…」
「………」
 龍麻は知っています。龍麻だけが3人の兄とは母親が違うことを。だからこんなに家族のみんなから冷たくされることを。
 黙りこくって父親の厭味を聞いていた龍麻でしたが、それでも導摩の蔑みの言葉は終わりません。
「お前のような醜い息子が我が阿師谷家にいるなぞ、それだけで一族の恥じゃわい。恥の種は、おとなしく家の掃除でもしておれよ。けっけっけ」
「……はい、父さん」
 龍麻が素直に頷くと、父親は面白くなさそうな顔をしてからぺっと唾を階下に吐き捨て、そのまま部屋に閉じこもってしまいました。
 再び静寂が訪れた家の中で、龍麻はこぼれそうになる涙を必死に抑えるのでした…。



 さて、そんな龍麻が最初に取り組もうとした今日の仕事とは…?

@ 館の掃除
A 洗濯
B 書庫の整理