暮れの、心地良い風が吹く春も近い日。
九角天童はふっと目を覚ました。
「……何だ?」
始めはぼんやりとした視界の中で、自分が何者なのかも思い出せなかった。仰向けにだらり寝ている格好。しばらくじっとその姿勢のまま、何が起きているのかを考えてみた。そうして、次第に記憶が鮮明となっていくにつれ、己が何故ここにいるのかと疑問を持った。
俺は…生きているのか。
場所は九角の…自分の屋敷。見慣れた庭の景色も、自分が今いる縁側の床板の匂いも、はっきりと覚えている。
けれど何故現世に。自分がここにいるのか、天童には訳が分からなかった。
「御屋形様」
その時、不意に自分を呼ぶ声が聞こえ、天童は未だ縁側の廊下に寝転がったまま、視線を声のあった方へ向けた。
雷角だった。コイツも…生きている。
「準備が整いましてございます」
「準備…?」
「これを…」
忠実な家臣は膝を曲げたまま天童に近づくと、一枚の紙を丁重な手つきで差し出してきた。
天童はまだ起き上がる気がしなくて、けだるそうに腕だけを伸ばしてその紙きれを掴んだ。
「………」
「今宵は御屋形様の生誕の儀、我ら鬼道衆も盛大にお祝い申し上げようと、腕によりをかけましてございます」
「ほお……」
雷角が仮面の下で嬉しそうに笑ったような気が、天童にはした。生前の(…といっても、今現に生きているのだが)コイツには考えられない「氣」だ。穏やかで、妙に静かで…虫唾が走る。
「御屋形様。して、その中のどれに致しまするか」
「A・B・Cってのが良く分かんねぇな。説明はナシかよ?」
「は…? し、失礼…」
雷角は天童の言葉に不審な様子を示し、今自分が渡した紙をもう一度見て「ああ、これは…っ」と、多少慌てふためいたような声をあげた。
紙きれには、これだけしか書いていなかったのだ。
※お好みメニュー
緋勇龍麻 A
緋勇龍麻 B
緋勇龍麻 C
「も、申し訳ございませぬ、御屋形様。どうやら岩角の奴めが当初の手抜きメモを寄越したようで…」
「ふうん。アイツも生き返ったのか」
「は…? と、申されますと?」
「ああ、何でもねぇよ。どうやら俺は思いっきり馬鹿馬鹿しい夢を見ているようだぜ。地獄にも春の陽気ってやつが、時にこうやって幻を見せてくれるのかもしれねぇな。で、お前らは俺に『アイツ』をプレゼントしてくれるって?」
「は、ははーっ。左様にございまする。御屋形様のお好みのものをご用意してございますれば、どれでも好みの者を。たった三種類なのが残念ではございまするが、何にしてもここの管理人はいつもいつも突然思い立っていい加減に書きなぐってくるだけでございますれば…」
「まったく、くだらねえことを考えやがる。で、ABCそれぞれの違いは何だ」
「はい。簡単に申しますと、Aは良い子のひーちゃん。Bは普通のひーちゃん。そして、Cは悪い子ひーちゃんでございます」
「………」
「しかし、御屋形様。一つだけご注意を。どのひーちゃん様も、御屋形様があまりにもそのひーちゃん様の意に添わぬことを致しますと、ヘソを曲げまする。そうなると、もう手に負えません」
「ほお…手に負えない≪ひーちゃん≫…ね。力でねじ伏せようとしたらどうなる?」
「それはそれは目も当てられないほど悲しい顔で泣いてしまって、ゲームオーバーでございまする」
「……お前ら」
「御屋形様の生誕の祝儀でございます。ごゆるりとお楽しみくだされば、我等鬼道衆も幸いなれば―」
「ああ、分かった分かった。さっさと始めようぜ。じゃあ、この龍麻でいくぜ」
さて、天童様が選んだひーちゃんとは?
A 良い子のひーちゃん
B 普通のひーちゃん
C 悪い子ひーちゃん
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